罪の意識
「……なんだよ、お前ら。俺に守る意思が欠けているって言いたいのか?」
「…………」
背中の痛みを無視して話しかけるが、変わらずソラとファラは睨みつけていると言っていいほど冷たい目線で俺を射抜いていた。
その表情、視線からは失望、そして蔑みの意志が込められているとも感じられる。
しばらくの沈黙の後、ついにソラが口火を切った。
「……先程言った通りです。今の貴方の態度は我らが敬仰したマスターではありません」
「さよう。今のお主は弱々しく、もとの主殿と比べて見る影もない。例えるなら小さくて弱い雀のような存在に見えるわ」
「どういうことだよ、それ。逃げるのがかっこ悪いって言いたいのかよ――って、お前ら……?」
ふと気がつくと。ソラとファラの服装は破れていたり、切れていたりして血が出ている箇所が多々あった。間違いなく戦闘をした形跡がある。それも俺が食らったような切り傷なような傷跡。
「これぐらいどうってことないです。問題なのがこの里の状況と貴方です」
「お主の視界はずいぶん狭くなっておるようじゃからな、よく目を見開いて遠くを見てみい」
「遠くってどこを――」
ソラとファラが俺を見下ろしていた壁から降りると、二人同時に俺の背後に移動しそのまま壁に手を向けて衝撃波放つ。
「なにを――!?」
壁が破壊されたと気がついたと同時に爆発の衝撃波と凄まじい振動が巻き起こる。
それにより、いつもでは大したことの無い衝撃で体制を崩して尻餅をついてしまう。
この原因は背中にダメージがあるためなのかそれとも別の原因があるのかは分からない。
「っ!、急になにするん――」
大きく穴が開いた壁から竜人の里が見下ろせる。ここは上区画であるため全ての里区画の様子を知ることが出来るのだ。
そして、そこから見る光景により俺の推測の甘さを知ることになる。
「おい、これって――」
「あの魔族が召喚した竜人が今でも増え続けて暴れておるのじゃ。なおかつあれは同族に伝染るらしくてな。長老達も殺さず抑えるやらで大パニックじゃ」
「貴方は竜人ではないようですので大丈夫でしょう。ただ、先程言ったように、それより重大な問題があります」
メラメラと燃える家々に、焼けあ跡から吹き上がる黒い煙。さらに竜人と竜人が戦っている光景も小さく見えた。
風流であり里の物静かな雰囲気は、地獄のような阿鼻叫喚が聞こえてきそうな無残な光景に変わっていた。
「……これ以上の問題があるとでも?」
「お主、こちらがなんど言うてると思っておるのじゃ。いつものお主のいつもの考えと違うからこちらが怒っておるのじゃろう?」
「怒って、る? お前らが何に対して怒っているのかが分からないのだが、俺の態度が悪いと?」
「ええそうです。そのグダグダな態度でさえ腹が立ちます」
俺が逃げようと考案したことが悪かったのだろうか? 逃げるなと言いたいことであるのだろつか?
「勝てない敵は逃げる。これの何が悪い?」
「お主、ふざけておるのか……っ!」
「ファラ!」
ファラは怒りの視線で俺を強く睨みつけ、同時に銃口を向けてくる。
表情はとても険しく、決して遊びではないこともよく読み取れる。
「……お主は、この世界にて、殺人を行ってしまった。これは揺るぎない真実じゃ」
「っ……知ってるのかよ」
「当然です。たっぷり情報は頂いたので」
思わず視線を逸らすが、ソラはそれを許さないと言いたげに一歩前に詰めて更に責め立てる。
「貴方は自分の持つ力に酔ってアルト、そしてレムを守るということを自己主張にしていた。これは分かりますか?」
「……ついさっき気がついたよ。これに怒っているのか?」
「お主の言動を考え直してみろ。どんなことをしてきたかの? それによって相手がどんな気持ちを抱いたのか、すこしは考えたことがあったか?」
「…………」
「守る、なんて言ってるのじゃから、危機が予想される状況になる前に、仲間をその危機から逃がすことが守るってことではないかの?」
「もう一度考えてみてください。力を誇示したいがために、自ら傲慢な態度を取り、相手からの攻撃を待った。違いますか?」
ぐうの音も出ない。彼女達が言いたいのは力の強さに酔った後の周りに関する態度。
最も最近の出来事で考えれば竜人に関する態度がある。
格上の立場であるのに傲慢な態度を取り、攻撃を待つ。
もしそこで攻撃されたとしても、正当防衛という自認により自分は悪くない、と判断している俺がいた事。たった確信に変わった。
「なのに何でしょうね。今の状態は?」
「人を殺せば悲しむじゃと? 当然であろうが!! 誰ひとりとして殺人をされて悲しまないものはいないのじゃ!! お主はもう既に殺人してしまったのじゃろう?!」
「……だから、これ以上は」
「殺さないというのですか? 例えば仲間が命の危機に瀕しても、仲間がめちゃくちゃな苦痛を受けていてもなお、貴方は敵を殺さないという善人を貫き通せるのでしょうか」
「聞くまでもない。それは不可能じゃ。いくらほかの世界から来たとはいえ、一度殺人まで踏み切ってしまったことがある者に、その既でとどまることは無理じゃ」
「っ……なら、どうしろっていうんだよ!? 逃げるしか無いだろう?! 戦いはどちらかが逃げれば中断にはなるじゃないか!」
「なら、ずっと逃げて生活するのですか? 仲間が傷つこうとも、仲間が倒れようとも貴方は逃げて逃げて逃げて逃げながら生活するのですか?!」
「……ならどうすればいいんだよ。冷静な思考なんてできやしないんだよ!?」
もう考えなんてない。ただ単に思ったことが口から出るだけ。
今でさえ人を殺したという罪悪感に押しつぶされそうで、そのしてしまった事の大きさを体感している。
「……お主はもう殺人をしてしまった。これは揺るぎない真実じゃ。だがな、それによって救われた者もいるのじゃ」
「我らが怒っているのは、何もせずとっとこ逃げようとする態度に関してです。そこに守れる命、実力を持ち合わせているのにも関わらず、それを全て放ってしまう。それは我らの親しんだマスターだはないと感じます」
「いい加減に行うべき事に気づかんか? 人間の姫の状態異常を解くことであったとしても、あのよく分からん魔族を倒すとしても、あの魔王と九狐の協力があれば決して不可能なことではないはずじゃ。我らが親しむ ナミカゼ ユウ の心情である“焦らない、慌てない”の精神はどこに消えたのじゃ?」
身体に雷が落ちたような、痺れる衝撃が途端に全身に走ったような気がした。
俺がこの竜人の里に来た理由は俺自身の興味が半分。そしてもう半分は最愛であるアルトやレムを守るためにはるばる来たのではないのか?
「……ああ、馬鹿だな。何をしてたんだ俺は」
人を殺してしまった罪悪感は未だに重く心にのしかかっている。しかしそれは仲間を守らない理由にはなりえないだろう。
だんだんと頭が冷たい風に冷やされて冷静な思考が可能になって来る。
意識が変わったようにしっかりと目を開けて、はっきりと声を張り上げてこう語りかけた。
「ソラ、ファラ。お願いだ。お前らが竜人の里を守ってやってくれ。聖霊であるお前らなら負けることは無いだろうし、気絶させることも可能だろう?」
目の色を変えて途端に話し出した俺を見て彼女達は目を見開いた後に、にやりと同時に口元を緩める。
「ふっ! やっと調子を取り戻したようじゃな!」
「のろのろです、マスター」
「もう俺は叱られてやっと自身の過ちに気がついたんだ。言われるまで気が付かないやつなんかお前らの主人と呼べるほど立派な人物じゃない。もう敬称はやめてくれ。じれったいしな」
「……これは成長した、と言えるのかの?」
「した、と見てあげましょう。このぐーたらな、ユウを、ね」
「なはは! そうじゃな!ユウ!」
「叱ってくれて助かったが、状況が状況だ。話すのはまた後にしよう」
自分でも少々口元が緩んでいくのがわかる。罪悪感は一時的に忘れていただけであり、思い返せば心が鉛のように重くなる。
だがそれも俺の行ってきた事実であり、その選択をしたからこそ、今の俺があるのだ。
この選択を受け止めて前に進まなければ、仲間を守ることなんてとうてい不可能である。
「了解じゃ。助けが必要ならいつでも呼ぶが良い!」
「ズバッと助けに向かいますので」
「ああ。そちらは任せた 回復魔法は――」
「いらぬ!」
「ご自分で使ってください。では」
そういってソラとファラはジャンプして穴の空いた壁から駆け出していった。彼女達にはめちゃくちゃ感謝しなければな。
「今すぐ行くぞ。アルト、レム」
己の傷を魔法によって回復しながら俺は彼女らと真逆の方向に駆け出していった。
~~~~~
「らぁぁッ!」
「ヴぉォぉッ!」
尋常ではない威力が込められた四肢による攻撃を回避、または撃墜しながら相手に関して違和感を覚える。
戦っていて数分はたってるはずなのだが、彼女は人間では再現不可能な動きを限界を超えて使用してている。
彼女のスタミナ、身体は未だに健康そのものである。
(やっぱり、国の代表で来るだけあって実力は申し分ないね。だげと――甘いかな)
ゆらゆらと、そしてぼんやりとした赤い光を纏っているテュエルの姿は夕が気候術を使用している姿と酷似していた。
(纏っている魔力の密度はユウより荒い。けど力は圧倒手にこの人間の方が上。力技で攻めていくのが彼女のやり方かな?)
「ハぁッァっ!!」
「フッ!!」
飛びかかってきた相手が、こちらに触れる前に地面から黒くて極太の針を生やし串刺しにしようと試みたが、
「ウぁッ!?」
魔力を探知して驚いた声を上げつつも生えてくる針が生える前に足をついて回避、右へ急転換し、一瞬でアルトの背後に回られる。
「でも遅い」
「ガっ!?」
後ろを振り向くことなく彼女は背後に向けて馬のような蹴りを繰り出す。
予想されるとは思っていなかったのか、テュエルは回避する暇もなく蹴りが鳩尾にクリーンヒットし、呻き声を上げ、踏ん張っているのに大きく後ろへ押し飛ばされる。
「ふぅ、やっと慣れて来たかな。おねーちゃんなら一分もあれば相手の行動を把握できるようになるのにな」
「グぁァ……っ!」
魔族は観察することが得意であり、戦闘時間があれば嫌でも相手の次の手が見えてくる。
さらに彼女の姉には及ばないものの天賦の才能をもった魔王の子孫となれば、その再現力は凄まじいものとなる。
そのため戦況は徐々にアルトに傾いていった。
「マけナぃ……マおウ……二は……マけ……ナいィぃッ!!」
「敵意の部分だけ残された感じかな? かわいそうにね」
変わらず無表情で返しつつ刀を構え直すアルトは、彼女を殺すことに躊躇しないようだ。
魔族から召喚された竜人は誰彼構わず飛びかかってくる。勿論の事アルトも対象であるが――
「邪魔」
「グぎャ?!」
背後から飛んできた竜人にも何ら動揺せずに刃を振るう。
数閃の光が走れば、竜人達は血を吹き出さずに、なおかつ数人同時に地に落ちる。
「マぞク……マおウぅッ!!」
「はぁ、できればユウがこっちに来てくれればいいんだけど……やるしかないかな」
アルトにも少しだけ夕の状態を察せることは出来た。
先程の夕は明らかに殺すことに抵抗があることも分かっていた。それも過剰なほど。
「来ないの? ならもう終わりにする?」
遂に作戦もそこをついたのか、テュエルは無言で飛びかかってくる。
思わずアルトも不審な表情になるが、この一撃で再起不能にしようと刀に魔力を溜めて振りぬこうとしたのだが
「ァッ!!」
「っ……まぶしっ」
テュエルの拳から放たれたのは金色の輝きを持った拳の一撃。
だが、長年戦ってきたにアルトとっては視界が封じられるだけでは攻撃を中止するに至らない。もちろん攻撃は見えなくても回避は可能である。
(これで、終わり)
最低限の動きで回避した後に刃を振りぬこうとした時に、背後から飛んできた声がアルトの行動を差し止める。
「あると!! 逃げて!!」
「時間稼ぎご苦労」
上空でめいいっぱい飛んでいた竜人を気絶させていたレムとミカヅキであったが、嫌な魔力を感じ取りレムが狐耳を立てながら叫ぶ。しかしそれは少しだけ遅く、背後の魔族が暗い笑みを浮かべ魔法を唱える。
「《霧毒牢》!」
「え……ッ?!」
声だけしか聞こえなかったので、咄嗟に防御魔法の結界を貼った彼女であったが、それが無意味なものであると数瞬後に知ることになる。
「これ……ッ!?」
気がつけば霧で出来た小さな牢獄に入れられてしまった。それも紫色で毒々しいものであった。
(とりあえず脱出――)
「かふっ……!?」
「さて魔王、君は何分持つかな?」
「アルト!?」
「なに……これ……ぁ……」
ついに滑舌すらおかしくなってくるアルトは余りにも毒のまわりがおかしいことに気がつく。
テュエルは技を放った斬新のまま固まっており、魔族は高らかに笑っている。
「レム! アルトは……ぁ!?」
そこでユウは見てしまった。
アルトが毒によって吐血して、倒れ、さらに生命力が著しく減っていくその悲惨な姿を。
高覧感謝です♪