竜人の里の中へ
「それにしても、我らは下の立場である人間を守る役目にあるのだぞ? この程度で苛立ちを覚え、なおかつ手を上げるとは。貴様は我らの価値を下げたいのか?」
「そ、そんなことは滅相もございませんっ!」
さっきまで俺達を殺そうとしてた目の前の竜人の態度の急変は、まるで怯えた犬のようであった。アルトを目の前にした魔族もこんな感じなんだろうな。
しかし、へこへこと頭を下げる方向は俺達ではなくてあくまでも白髪の強そうな竜人に向かってである。こちらに謝るべきと思うのだが、それは置いておこう。
(ソラ、ファラ。ちょっとお願いしたいことがあるんだがいいか?)
(ぬ?何じゃ)
(せっせと働きますよ。大体言いたいことは分かっていますが)
目をつぶって意識を集中すれば図書館を彷彿とさせる本棚が大量にある空間で、ごろりとやわらかそうな絨毯の上で寝転びなから漫画を読んでいる光景が浮かび上がってくる。こいつら幸せそうだな。
(分かってるならいいんだが……竜人の里の中で、魔族探知に反応する施設があるらしい。その場所とそれに関する情報を探ってきて欲しい)
(うぬ、任されよ。そのくらい容易いのじゃ)
(どんと任せてください)
そういって想像の中の二人は立ち上がると、瞬く間に光となって消えていった。召喚する必要は無いようだ。霊体化のようなものが出来たことが驚きだが、これで情報収集にとても便利な仲間を得たということだろう。
(頼んだ)
そう心の中で呟き、うっすらと目を開ける。突然目をつぶったため怪しまれるかと思ったが、誰もこちらを見ていなかったためほんの少し安心した。
しかし、安心したのも束の間であり、今度は強そうな白髪の竜人がこちらに向かってくる。そして視線は魔族であるアルトに向いている。まさかとは思うが今度こそバレたのか?
ピリピリと緊張が走る中、竜人は口を開けた。
「悪いがこいつの前でだけでも謹んでもらえないか? こいつは最近妻と別れたばっかりでな」
「……そいつは悪かった」
思いの外後ろにいる彼もヘビーな裏を抱えていたようだ。同じ立場だったら俺も殴りかかろうとはしなくても憤りは覚えるはずだろうな。なにせ相手からしたら下の立場のものに傷をえぐられるようなものだから。
「僕にそんなことは関係ないよね?」
「「…………」」
全く反省する態度を示さないアルトは相変わらず こいつ嫌いオーラ を発しつつ平常運転である。しかし白髪の竜人はそのようすにムッとすることもなく、それどころか笑い始めた。
「ほう、我らに緊張を覚えない少年少女達よ。若い割にずいぶん魔力が精錬されているな。しかもその後ろの娘は……ずいぶん珍しい種――」
「おっと、話すのはそこまでにしてもらおうか。俺達もここに来るのが楽しみだっからな。少しぐらい里を見て回りたいんだが。布教するためには少しぐらい観察は必要だろ?」
嘘八百どころか嘘しかないのは内緒である。ただ単にこいつと語り合うのは危険と感じたからだ。恐らくだがレムの正体がバレてしまったときには、後々種族が明記されたものと違う等面倒くさいことを言われる予感もするし、区切るのが得策であろう。
「ガイア様、生徒の言う通りお話もそろそろここまでにして、生徒達の里への案内をお願いしてくださいませんか?」
「おっと、そうであったな」
テュエルも話してくれたことにより、簡単に竜人は引き下がってくれた。どうやらアルトが魔族とはバレなかったようである。レムに関しては分からないがとりあえず一安心であった。
「あの人、強そう……です」
「一応族長って言われてるらしいからな。戦うならちょっと面倒くさそうな相手だ」
「そうかな? ボクには大して強いように思えなかったけど」
竜人を信仰するとは思えない会話をしつつ、生徒達が集まっているところに戻る――途中で、静まり返っているのを感じた。そしてその向かう先の集団を見て不意に足が止まる。まるで神話に出てくるメデューサに射抜かれたようだ。そのメデューサとは
「「「…………」」」
生徒達の視線であり、生徒会、参加者全員がこちらを射殺さんとばかりにガン見していた。アルトは全然気にしていないが、流石に思い当たる節がありすぎる。
視線をくぐりぬけて戻るといきなりラクナが背中の制服をつかんで必死声を抑えつつ言葉を放ってきた。
「三人ともなにやってんの?! 竜人様だよ?!」
「種族違うだけだろ。知ってるか? 天は人の上に人を作らないんだよ。上に作ったのは作ったのは髪の毛だけだ」
「……は?」
「ボクからしたら下の立場だよね?」
「そりゃそうだな」
「きらい……なのです」
「えっと、三人とも、竜人様は上の立場の人だからね? 普通はこんな粗相許されないんだからね?それと、下の立場は自分達なんだけど……」
「気がついたら気をつけるよ」
「はーい」
「たぶん……わかりましたです」
「ええ……なんかみんな適当じゃん……」
ラクナはうなだれて俺達に対する説得の効果があまり感じられないことを悟ったようだ。
そんな適当な受け答えを続けていると、横からのしのしと歩いてくる女子生徒の気配を感じた。完全に敵意を持っている。
そしてその女子生徒が止まったと思……っ
「っと、何だよお前」
「受け止めるな! この無礼者っ!!」
唐突過ぎる女子生徒から放たれたグーパンチをラクナに視線を向けたまま左手をパーにして受け止める。アルトや聖霊達の訓練で鍛えられた反応速度ならこの程度は赤子の手をひねるより容易い。
「いきなり殴ってくる方が無礼だろうが」
「あなた分かってますの?! 竜人様なのですよ?!」
その時にアルトはすぐさま威圧オーラを放ち出して喧嘩腰で女子生徒にメンチを切り始めた。ヤンキーかこいつ。
「へぇぇ人間、僕のユウに手をあげるなんていい度胸してるじゃん?」
「あわわ……あると……落ち着いて」
「それよりアルト嬢、貴方が一番可哀想ですわ。よりによってこんな礼儀もしらないどうしようもない男に毒されて……先程の言葉もこの駄男に命令されたものでしょう? ほんっとうに……最低ですわ」
「……え?」
「彼女は独特な視点をお持ちのようだ。アルト落ち着け。相手にするなよ」
「ゆう……声に出てます」
「はぁ!? 反省もせず私に対する侮辱とは!? 何ですの貴方は?!」
半分はわざとだがついつい声に出してしまった。なかなかあの場所をそう捉えられる人は少ないだろう。レムは慌てたようすでツッコミを入れると、アルトは何だか呆れたような表情を作る。こいつに何いっても駄目だと感じたのだろう。
「黙れ貴様ら! さっきから話を聞いているのか?!竜人様の御前であるぞ!!」
怒った表情でついにテュエルがこちらに向かって歩いてくる。さっきまで面倒ごとを起こさないように説明していたのだが、いきなり起こしてるとはもう説明の意味があったものじゃない。
「こいつがちょっかい出してくるんだよ。どうにかしてくれ格闘姫サマ」
「この人間無理です。お姫サマ」
「ふたりとも……真面目に聞くです……」
「レムの言う通りだ。ってお前ら今度は私を馬鹿にしていないか?」
「「してない」」
「真面目になる……です!!」
「この人ったら……本当に礼儀を知らない駄男なんですの……」
そのようすをみて、少しだけ周りから笑い声が漏れたような気がする。多分生徒会だろう。
結局のところレムから怒られて俺達は今だけでも大人しくすることを話し何とかテュエルを元の場所に帰らせる。やっていたことが完全ヤンキーだったため、思い返してみると自重しなくてはと思う。ある意味いい教訓になった。売り言葉に買い言葉は戦闘の時だけに抑えておかなければ……
「では、ここからはこの竜人様が案内をして下さる!特にその三人、粗相のないように!」
「今日から数日間、しっかりと俺達の凄さを伝えろ。いいな?」
「「は、はいっ!!」
俺が罵った竜人が生徒達に布教を推し進めた後、ちらりとこちらを見るが俺は自主的に目を外す。何かまた因縁つけられたらたまったものではない。もうとっくに付けられているかもしれないが。
「それと、今日の最後に会う予定であったが、ここの族長がこのガイア様である!! 再び挨拶に向かうが、ここで挨拶をしておく!」
「人間の代表者達よ。第一村族長。ガイアだ。この一日二日は我らの里で過ごすことになろう。どうかここの文化を満喫して欲しい。ではまた後で会おう」
「「はい! ありがとうございます!!」」
どうやら強そうな白髪の竜人がガイアというようだ。まさか族長であったとは驚きだが、なぜこんなところに族長であろう者がいるだろうか?
「では時間をかなり押している。短くなるが、要所見学と行こう。付いて来い」
どうやらやっとのこと竜人の里の見学が始まったようである。時間がかかった原因は俺達なのだがそこは気にしてはいけない。
生徒会の集まりを見てみると周りをスケッチしながら歩く人や、何かを計算しながら歩いている人。全員が周りを見渡しつつ何かを書きながら歩いている異様な光景である。
テュエルは後ろから歩いて付いてくるようなので、ここで抱いた疑問を解決するためにアルトとレムを引き連れて彼女に話しかけに向かった。
「おい、姫様。いくつか質問があるんだが」
「貴様に敬語を使うという頭はないのか」
「時と場合による」
「何で、族長がこんなところにいるの? ってユウがいいたげにしてるよ」
「そういうことだ。っていつの間に魔法をかけたんだよ。心を読む時は先に言ってくれ」
テュエルに聞くことは大きく分けて三つ。一つは何故族長とも言われる人物がこちらに来たのかということ。二つ目は区画とは何か。三つ目に今回の直接依頼された内容についてだ。
「……一応言っておくが私は王族だからな?……ごほん。それでだ。なぜこんなところに族長がいたのか、だな?」
「ああ。こいつら竜人は人間を下に見ているんだろ? わざわざ徒労をかけて見るまでも無いと思う気がするんだが、族長とかの偉いやつが来るのは毎度の事なのか?」
「それが私にも初めてのことなんだ。普通に考えて竜人様が私たちに気を使ってくれたと考えるのが妥当だろう?」
傲慢な態度をとるあいつらが人間に気を使うとは思えない。族長でさえあの態度であるし、だいたいの竜人は人間に対してこれからもこの関係は変わらないだろう。王家はよほど竜人に信頼を寄せてるのか、はたまた依存しているのかは俺には分からない。
「そうは思えないんだけど」
「それは敵国だからだろう? 敵のいい点なんて私でも認めたくない」
アルトの質問にテュエルはきっぱりと断ち切る。敵国であるが故に良い点に気が付かないということは分かるが、それとこれとは別の気がする。
「なんか、突然で……あやしくない……ですか?」
「ただの心配のしすぎだ。質問は以上か?」
「いやまだ二つほどある」
「そんなにか……面倒くさいから心を直接読ませてもらうぞ?」
「最初からそうして欲しかったんだが」
ジト目で睨みつけるが相手は完全に無視である。彼女は目をつぶって集中し、しばらく経つとパッと目を開く。目をつぶっていた時間はおおよそ十秒だったが、なにやら悟ったような表情をしている。
「なるほど、区画と今回の私からの依頼についてか。依頼については後から話すとしてまず区画というものから説明しよう」
どうやらしっかりと伝えたいことが伝わったようである。区画ってなにか分けられているようなイメージがあるが、やはりそうなっているのだろうか?
「区画とは、里の中で別けられた人間でいう貴族と平民の格差みたいなものだな。上区画、中区画、下区画の所有できる人間と済む場所が違うんだ。もちろんのことながら上区画の方が全ていいんだが……今回見学するのは下区画だけだ。中区画からは本当に選ばれたものしか入らないからな」
「ちょっと待て、いま人間を所有するとか言ってなかったか?」
「ああ、言ったな」
ここで本気で竜人の人間に対する思いが分からなくなってくる。いったいこいつらは本当に何を思っているんだろうか。
「見えてきた……です!」
レムの声が聞こえたため、で考えることを中断し見える風景を目に焼き付ける――が
「だめだ。どう考えても知ってる風景だ」
高覧感謝です♪




