テストと特訓
霧がかかっている山に、ドォォン、ドォォン、と重々しい音が繰り返し響き渡る。その音が響くと同時に、砂煙が巻き上がって木々が倒されていくのも山の外から確認できた。
「おらぁぁっ!」
赤いスカーフをたなびかせて小さな影は大きな影に向かって不規則に移動し、飛んでいく。蜂のような動きとスピードで向かっていくが、大きな影はなんら動揺したようすもなく、数メートルはありそうな熊のような形の手を地面に叩きつけるようにして振り下ろす。
地面が破裂し、鼓膜が破けそうな程の爆砕音が再び山に木霊する。大きな手は小さな影の先を読んでいて、更に多い被せるように振り下ろしたため、傍から見ればそれが潰されたのかと思ってしまうものであった。しかし
「っ!ぶねぇ!」
小さな影は煙を払い除けて先程同じスピードでその場を抜ける。体に傷はなく、泥がついているだけであった。
大きな熊のような魔物は仕留めきれなかったことが不愉快だったのか、周りの弱った木々を倒すほどの大きな声を上げて全力で憤りを表す。
「グアアアアアアアッ!!」
「うるっさい!」
少し魔物から離れると、すぐに投擲用のナイフを三本同時に取り出して投げる。狙った位置は足を二箇所と胴体に一箇所。
かなりのスピードで狙った場所に飛んでいくナイフは、ドスッと音を響かせて速度を落とさずに熊の魔物に突き刺さる。しかし、突き刺さっているのにこれも効いた様子はない。
「ガァッ!!」
「こいつ……きかないっ!?」
先の接近よりも更に倍以上のスピードで肉薄してくる熊は、小さな男の子の驚くようすを気にすることなく赤いスカーフをめがけて大きな爪を振り下ろす。
「!」
外見が完全に少年であるのに彼は、驚きはしたものの怖がることはなく、必死で熊の攻撃をバックステップにより躱す。だが熊も一度攻撃を外した程度で手を緩めることはなく追撃を仕掛けようとした。が、これが魔物にとってあだとなった。
「引っかかったな!」
幼い声と同時に、手を熊の魔物に向けて広げると、大きく上に手を振り上げる。
手を振り上げると同時に出てきたのは、鋼で出来た槍の先。それが、熊の影から熊に向かって二つ吐き出される。
「グオオオオ?!」
予想打にしない真後ろからの攻撃に、熊はバランスを崩しながら転がり、痛みによる悲鳴を上げる。体制が崩れた隙を見逃すことなく、背中に差していた短刀を引き抜きながら彼も一気に接近する。
「これで終わりだっ!」
転がった熊の硬い皮膚と筋肉を無理矢理に弱点をめがけて、こ腰に装備している短刀で貫く。貫いた場所から赤い血が吹き出るが、血に動揺することはなく、短刀に入れる力は緩めない。
熊もこのままではいけないと必死で抵抗をするが、何かに縛られたようにジタバタとした小さな動きしかできない。四肢は全ては操作不能であった。
「こんのぉっ……!」
短刀を限界まで刺したのに、未だにジタバタと抵抗を続ける魔物に焦りを感じたのか、彼はもう片方の短刀を抜き、更に胸に差し込む。
「ガ……ォ」
致命的なダメージを受けたため抵抗がだんだんとなくなっていき、苦しげな顔のまま魔物は動かなくなる。その表情を見て安心したように血濡れになってしまった男の子は熊から両方の短剣を抜く。
「よい……しょっと。ふぅ、危なかったぜ」
にんまりと笑顔を浮かべながらこの魔物の討伐した証である熊の肉球くり抜く。この少年は魔界で夕達と一緒にいた赤紙の少年であった。
「これで、里のみんなは認めてくれるよな?」
より一層笑顔を作りながら一つだけ抜き取ると、なにか魔法を唱えて熊の死体が沼に落ちたようにズズズ……と沈む
「うっし!影に収納おわり! あとは村のみんなに見せるだけだよな!水浴びして帰ろっと!」
そういって笑顔のままに帰っていく彼はどこか期待したような気分であった。
彼が今いるのは竜人の里の中腹にある山の中だ。里に行くには空を飛ぶ以外に、ここを通らなくてはいけない。
また竜人の里は聖域と言われるが、その一説の理由として里に向かうまでに出てくる魔物が非常に凶暴であり、人間がここには来れないのに、竜人はここで生きていくことが可能である。という尊敬の考えもある。
霧を掻き分け、木々を飛び移って一気に里の門へたどり着いた赤髪の少年は笑顔で竜人の門番に話しかける。
「終わったぞ!!」
「……入れ」
歓迎の意志どころか、嫌悪の意志を感じさせるような冷たい視線を送られる。しかし少年にとってはいつも通りであるのか、気にすることは無かった。この竜人たちに赤髪の少年はあまり好かれていないようだ。
ガラガラと門の代わりであった橋を下ろしていくと開いた場所から大きな木が見える。その木はわずかに発光しており、神秘性を感じさせるものであった。
「さて!はやくじいちゃんに報告しないとな!」
村に入ると最初に目に入るのが、大きな木。そしてその周りにたくさんの和風の家々が連なっていた。門の外は完全に樹海であるのに対して、こちらは高い壁に区切られている別世界 といっても過言ではないほど、綺麗に整備された土地になっていた。この和風の世界が聖域と呼ばれる竜人の里である。
そこらじゅうに竜人が歩いていたり、会話していたりするので、人間が見たらこんなにも神が住んでいるのか、と感動するほどのであった。
「っと、世界樹のてっぺんにじいちゃんはいるんだよな? バレないように登らないとまた怒られそうだ」
そう呟くと世界樹と呼ばれる僅かに発光する木を目指して、ゆっくりと歩き出す。しかし、これをよく思わない竜人が、赤髪少年の後ろにある建物の陰に隠れて憎々しげに呟いていた。
「もうすぐであいつを潰せる準備は整う。証拠はあと少しで完璧だ」
逆だった青い髪、空を切ることもできそうな羽を開いた竜人は、赤髪の少年をチラリとみてに、やりと笑う。その手に持つのは水晶。そして移り込むのは片翼は魔族の羽、もう片方が竜人の羽を生やした彼であった。
「召喚士……我はお前に負けてから耐え難い苦痛を味わった。絶対に許せることではない。だが、あの人間を痛めつけるには十分な強さが必要だ」
そういうと魔力を流して赤髪の少年が魔族の羽を生やしながら戦う場面を再生する。そうして更に笑みを深くする竜人。
「そのためにあのガキを食いつくし、力を手に入れる。あの混ざり物が我の力になれば、確実に召喚士は殺せるだろうな。くはは……」
流れる映像を見ながら静かに嗤う竜人。己の力のために、命を狙われていることを赤髪の少年はまだ知らない。
~~~~~~
「はい、時間です。テスト用紙を回収します!」
「……くしゃみでそうだ」
「ん?ユウ風邪ひいたの?」
「だいじょうぶ……ですか?」
「ああ。収まったよ」
くしゃみが出そうで出ないときが嫌いなのは俺だけではないはず。それとくしゃみが出るのは自身に対する噂が原因とか聞いたことがある。
「またあいつアルトちゃんやレムちゃんと仲良くしてるよ」
「どうせテストも出来ないんだろうな」
「聞いた? 遠征あの人だけ成功しなかったらしいよ。まじ召喚士って役に立たないよね」
陰口はバッチリ聞こえている。ここはエリート学校なので実際にいじめということは起こらないのだが、間違いなく俺は嫌悪対象となっている。空から落ちた時もそうだが、変に目立ちすぎた。他に理由として考えるなら闘技大会のことが原因だと思う。
「ゆう……? ぼーっとしてどうしたんですか?」
「考え事だ。気にしなくて大丈夫だぞ」
「なんでみんなユウの優しさが分かんないんだろう……」
プリントを回収されて筆記テスト終了となり、今日はこれで放課となる。現在時刻は午後四時。どの世界にいてもテスト開けはテンションが上がるものだ。
「やっと終ったな 」
「えっと、明日もあるよ?」
「明日は……実技……です」
「忘れてたな」
竜人の里に向かうには山を通らなくては行けないらしい。なおかつその場所には魔物も出るために、Cランク程度の実力を持ち、自己防衛が可能な者が好ましいらしい。
文武両道ってことだろうな。なおかつ出てくる魔物はDランク程度の強さらしい。
「えっと、どんなルールだっけ?」
「バトルロイヤル……? でしたよね?」
「うん、そうだね。バトルロイヤルなら囲まれている中でも逃げる力も見ることが出来るからそれにしたんだと思うよ。ただ、人数が多いから二回戦うかもっていってたよ!」
自己防衛とは言えるのかわからないが、逃げる力も重要視させるらしい。そんなに危ないところに行かせるなって話だが、生徒達は竜人に会うため必死なのだ。
怪我をしても行きたいという人がほとんどらしく、怪我が怖いという理由で全く人気がなかった遠征とは比べ物にならないくらいの人気だ。
信仰力ってやっぱり恐ろしい。
「男女別だったよな? 二人とも落ちてもいいから無理するなよ 」
「落ちたくない……です」
「ユウ、ボク達が落ちると思う?」
「……そりゃ万に一つもないと思うが」
ふふんと鼻を鳴らしながら胸を貼るアルト。この状況ではむしろ彼女達が負ける可能性の方が低いとおもうが、取り敢えず無茶はしないことを約束してもう。
また、この試合は全学年混同なので、先輩と戦う可能性もある……というか確実に戦うだろう。
アルト達は大丈夫だとして、生徒達は俺への嫌悪感、そして俺を弱いと踏んでいるために完全に最初に狙ってくるだろう。いきなり負けになるのもしゃくなので今回は少しばかり力を出していこうと思う。
本気出したらいまの彼らの対応は変わるかもしれなきしな。
「ってやるの明日か。早いな」
「ワタシ……緊張します」
「女子生徒も男子生徒もそんな強い人はいないと思うぞ。リンクス達参加出来ないし」
彼らも竜人に会いたがっていたそうだが、残念ながら参加出来ない。学園長は一応平等であるらしい。生徒平等で薬品ぶっかけるのはやめて欲しいのだが。
「取り敢えず……がんばります……!」
「うん! がんばろー!」
「二人なら頑張らなくても勝てそうだが」
こう見えても俺達は八岐大蛇を倒したのだ。ギルドで話を聞く限りそれはSS級であったため、バトルロイヤルに参加するとしてもそう強い人が学園にいるとは思えないので、俺達三人が誰かに負ける可能性はごく薄いだろう。
「ゆう……ワタシ特訓したい……です!」
「レムはやる気あるな」
「ふふふ、じゃ、一緒に頑張ろ?」
「はい……あると……!」
場所は変わって、いつも訓練を行う獣人界のど真ん中の広々とした場所にいる。今回の特訓は魔物を見つけたら一撃で仕留める。という特訓をしている。この訓練は的確に急所を狙える力を鍛えていると思う。あくまで考えだが。
「よっと」
「ガッ…………ァっ」
突撃してきた狼の魔物の攻撃をかわし、そのすれ違いざまに彼女は狼の延髄にチョップを入れる。その瞬間に狼は意識を切られて速度を保ったまま空中で気絶し、遠くの方で胴体着地を決める。お手本を頼んだら望んでいたものをやってくれたようだ。
「こんな感じかな?」
「ああ。バッチリだ」
「かっこいい……です!」
説明しただけでこなしてしまう彼女はやはり天才という分類のかもしれない。ソラとファラに協力を仰いだが、いま忙しいのでパス と言われたことだ。どれだけ漫画を読めば気が済むのだろうか。
「グギギャ!」
「こんな感じ……か?」
後ろから急接近するゴブリン。気配探知で最初から分かっていたので、不意打ちでも余裕で対処できる。錆びた剣で切りつけようとしようとしたつもりだろうが、やはり甘い。
手が届く範囲に来た瞬間、刃が体に届くすんでのところで鳩尾を狙って重めの一撃。ただの腹パンである。気絶させるための訓練であるため、無理に延髄を狙わなくてもいい。
「ごぁっ……」
ゴブリンはそのまま地面に倒れる。それと同時に全く手応えが足りないことを感じ取った。
「ゆうもいちげき……です」
「おっと、このゴブリンなんかしたな。ゴブリンの仲間がガンガンくるし……人数が多い。逃げるか?」
気配探知に多数の気配。どれも低レベルで、魔法一回でどうにかなるものだが、周りの被害と、訓練ということを頭に置くとそれはできない。
「え? 今こそ訓練時だよね?」
「仕留める……です」
にっこりと笑顔を浮かべるアルトと、真面目な表情を浮かべるレム。
「戦闘狂にならないでくれよ……」
そう心から思う俺であった。
ドドドと地面を揺らしながら、大量に歩兵ゴブリンがこちらへ向かってくる。外見的には人間界のゴブリンと変わったような点は見られない。
ただ、人数がこれまでにないくらい多い。ゴブリンの巣が三つぐらいが連合を組んだのかのではないかと思うほどだ。因みに巣一個あたり百匹とされている。
簡単に逃げようとした理由はあまりにも多いためであったのだ。びびったのではなく、面倒くさかっただけだ。断じてびびってない。
しかしそんな思いを揺るがせるが如く、気配探知に映る点はどんどん増えていき、どんどん近づいてくる。対面までおおよそ600m、相手の人数は下手したら三百匹程度いるかもしれない。しかも未だに増え続けているので、ゴブリンの総力がこちらに向けて突き進んでいるとしか思えない。
「……お、思いのほかおおいかも。訓練って言ったけど、魔法使っちゃう?」
「あるとだめ……とっくん……です」
「うっ……でもこの状況だと、素手で一人百匹以上倒せってことだよね?」
「軍団をやっつける……です!」
「とはいえいくら何でも多くないか?」
もう六百匹に達してしまったのではないかと思うほどの尋常ではないゴブリンの数。これを素手縛り、不殺縛りでやるつもりらしい。なぜ追加して不殺縛りを行うかというと、不殺し縛りを行うことにより、力の出す塩梅を見極めることが出来る。それはいずれ習得しなければいけないため、練習しておく。
「この状況はやっぱりおかしいけど、とりあえず力の加減を調整するのに丁度いいかもね!」
「ならさっさと終わらせるか」
「先……いきますです……っ!」
ゴブリンまでの距離が100mを切ったところで、レムはどぅっ!と砂埃を巻き上げつつ、大群に正面から突進していく。軍隊に突っ込むようだ。
「はぁッ!」
第一波はおおよそ数十人。この時点で緑が多すぎて気持ちが悪い。しかし銀の髪としっぽをなびかせて突撃したレムは、残像ができそうなほどのスピードで数多のゴブリンに一撃づつ気絶を誘発させる重い攻撃を放ち、前方すべての方向から放たれる攻撃をいなしながらそのまま直進していく。そのようすは緑一色のキャンパスに銀の線が一直線に描かれているかのようだった。
バキッ!ドゴッ! とアニメでよく聞くような効果音と共に四方八方にゴブリン達は吹っ飛んでいく。あれ?レムってこんな子だっけか? いつと大人しい彼女がゴブリンを吹き飛ばしまくるのはかなりギャップを感じる。
「レムやる気あるね……実技も頑張りたいってことなのかな?」
「やる気があるのはいいが、安全第一を頭に入れておいて欲しいものだ。さて、俺も右の方からから攻めていくか。多人数戦としていい訓練になるな」
「そう考えるなら経験かもね! ボクも左からから素手で攻めてみるよ!」
「なら、どちらが多く倒せるか競争するか?」
「いいね……! 負けないよっ!」
その瞬間アルトは消えたのではないかと思うくらいのスピードでゴブリン達の軍団に近づくと、一拍おいて左のゴブリンたちが次々に吹っ飛んでいく。
そのようすは竜巻に巻き込まれたゴブリンのようであった。
「これは負けてられないなっ!」
そう言って俺も駆け出す。走り出せばすぐそこにいる大量の緑色のゴブリン。俺が走ってきたことが分かられていたので、相手は大きく錆びた剣を振り上げるが
「やらせねぇよっ」
振り下ろされる前に蹴り殺さないように力を加減して鳩尾に向かってキック。ドゴォッ!と小気味よい音がした後、ゴブリンは前方に向かって吹っ飛ぶ。
足が貫通はしていなかったので、力は加減出てきていただろう。だが、ボーリングのピンのように倒れていくゴブリンたちは滑稽この上ない。
「さて、大量のゴブリンさんよ。俺達を倒せるかな?」
残り数百匹程度残っているが、こちらがは敵を集めるために、緑の波に向けて挑発をした。効果があるのかないのか分からないが、やはり挑発するとスイッチが入る気がするな。
鍛え抜いた体術、いまこそ披露の時だ。
投稿遅れてごめんなさい
高覧感謝です♪