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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第七章 心の距離感
127/300

覚悟を決めて

 転移石を使用した時と同じく、眩い光と内蔵が浮くような浮遊感に包まれる。空中歩行や、いままでの経験によりこの感覚になれたのだが、やはり気持ちいいけのか気持ち悪いのか良くわからない。


「転移石にしてはずいぶん時間がかかるな」

「そりゃめちゃくちゃ遠いからなぁ……それと兄ちゃん達人間だから、竜人の里についたらそっこーで転移したほうがいいぜ!」

「襲われでもするのか? 竜人にかぎってそんなことはしないだろ? こう見えてもおじさんは竜人と会話したことあるんだぞ?」

「え? 勘違いじゃないかな。当たり前のように領地に入ってきた人間なら襲いかかってくるよ」

「嘘だろおい」


 と、いうと彼らは縄張り意識が高いのだろうか? 人間が格下に見られていることは闘技大会で対面したことがあるため、彼らから言わらせれば家畜にプライべーな空間を荒らされるという感覚だろうか?

 もっとも俺は家畜でもないし、竜人をそこまで高貴な存在とも思っていないが。


「竜人は人間を格下に見てるしな。そんなもんだろ」

「だが、少年は足蹴にしたけどな!」

「えっ」

「……気のせいだろ」

「だよなー……そういえば竜人の里から出てったライガーの兄ちゃんどこ行ったんだろうなぁ」

「何処かには居るだろう。伝説の種族(笑)なのだからな」


 赤髪の少年が驚愕の視線を向けてきたため二人から目を逸らす。ドリュードが笑いながら俺に肩を回してくるので腹立たしい顔に裏拳を振りぬこうとした時に、彼は丁度よく話しかけてくる。


「んで? あのお嬢ちゃんに何を貢いで嫌取りをするんだ?」

「今それを聞くか」

「あっ! それオレも気になってた!」


 にこにこしながら赤髪の少年もこちらを見る。ドリュードに関しても笑顔を深めるばかりで本気で殴ってしまおうかと思ったがやめておいた。

 俺が今からとる行動は、アルトの機嫌を取るという行為とは逆であり、アルトの心を奪い取るという、有名な盗人のようになってしまっている。とても恥ずかしいうえに、こいつらに教えてしまったら大笑いされそうだ。


「まぁ……な?」

「んん? なーに勿体ぶってるんだ?」

「恥ずかしいの? ねぇ? 恥ずかしいの?」

「いずれ分かるさ」


 ここは逃げの姿勢に徹するがここでふと考える。アルト奪うということは、魔族を奪うこと。魔族を奪うためには、戦闘が必要だ。


(こんなこと話しているが、戦闘に勝てなかったらどうするんだろうなこれ)


 あの占い師が言っていたことは【全てを賭ける】ということ。全てを賭けるということは、所持品どころの話ではない。俺の体、命も勿論のことベッドにされる。もし負けてしまったら本当に全てを失うだろう。


(軽く考えていたが、事はかなり重大だな)


 ワイワイしている二人には分からないだろうが、命懸けの戦いである。彼女とは戦ったことはあるが、今一度考えてみると本当に勝ったとは言えないだろう。なにせ、あのまま戦ってたらスタミナの面でも負けていたし、力でも及ばなかった。それに勝てた理由も彼女の大技を破ってその隙をついただけなのだから。要するに彼女の慢心を突いただけである。


(全力全開の彼女が相手。慢心などしないはずだし、殺しにかかってるくるだろう…なおかつ今回はダメージ変換などという甘いものはない。今のアルトは完全に俺のことは眼中にないはずだし、本気の殺し合いだな)


 勿論俺も彼女の事を瀕死状態まで追い込まなくてはいけないだろう。なのでこれからも仲良くしたいのに互いに死の危険性がある戦いをしなければいけない、という矛盾を超えて戦闘を始めなくてはいけない。


「なんだ少年、緊張してるのか? まぁ分かるよ俺もあいつに話し出すまでにはそんくらい緊張したもんさ」

「ドリュ兄も?! すげぇ興味ある!」

「ははは、お前らには話さねぇよ!」


 彼の言葉を最後に浮遊感が収まってくる。ついに竜人の里に着いたか。一目見てブックマークすれば転移先に追加されるだろう。勿論アルトとの戦いに負ければ死ぬ訳だし、能力を使う機会もなくなるわけだが一応外観だけでも見ておくことにする。この時俺は彼女のことを考えても緊張するだけであり、死の恐怖は感じなかった。なぜだろうな。


「ふう、ここら辺でいいかな?」

「おお!人間界だ! ってもう空は真っ暗かい?!……ってなんだあれ?!」

「あれが竜人の里か? 相当高いところにあるな」


 多数の気配を感じて空を見あげれば、高い山の上に大きな壁を確認することが出来た。山の上に視界いっぱいの壁が作られているのだ。そして壁は空中を貫くほどに高い。侵入防止にしては凝っているな。


「ふぁあぁ、オレもう眠いから帰るね!」


 にょきっと竜人のトレードマークである尻尾と片翼の竜の羽を出した後、ふわりと空中に浮かぶ。片翼で飛べるとかどうなってんだこいつ。


「色々ありがとな。お前がいなかったら魔界から出れなかったかもしれない」

「うん! いつか会いに行くからね!」

「若少年、またいつか会おうな!」

「ドリュ兄にもまたいつか会いに行くよ! じゃ、バイバイっ!」


 ギュォ!と風を切りながら凄まじいスピードで空へと飛んで行った赤髪の少年。彼は名前も無いし色々苦労してるのだから、アルトとの戦闘で生きていたらなにか手を差しのべるぐらいのことはすべきだろうな。不必要ならそれでいいが、どうにも彼が本当に幸せには見えないのだ。


「やっぱり俺は子供に弱いのかな」

「それは分かるわ。少年は子供好きだもんな」

「ロリコンじゃねぇよ。ほっとけないだけだ」

「ろりこんだろそれ。意味わからないがその意味は子供が好きなヤツの意味でいいんだな?」


 大体あってるのだがどうもムカつく。なんでこいつに

 俺の先手を取らせなければいけないのだろうか。だが、こんな話を出来るのも今のうちだよな。


「はぁ、ドリュードよ」

「ん? なんだよ少年」

「あとでシメる」

「…………帰ろうぜ少年」

「それがいいな」


 そういわれて早速 転移魔法 を発動し学園へ帰還することにした。今は何時であるかは分からないが、夜中であることには変わりない。レムの安全はソラとファラが守ってくれたはずだ。気配探知のマーカーも至って正常。

 アルトは学園にはいなくてどこか別の場所にいる。回復中のようだが、戦闘でもしているのだろうか? 今向かっても精神面でも負けそうなのでとりあえず位置把握にとどめておく。


「さ、帰還だ」


 そう言うと俺達は光とともに竜人の里前から消えていった。誰かが転移魔法を見ていた気がするのでちょっと心残りであった。



 ~~~~~~



「ゆうぅ……なんで長い間居なくなったの? ぜんぜんすぐじゃない……」

「ごめんごめん、長いあいだ一緒にいれなくて悪かったなレム」


 ドリュードとは正門の前で分かれたので、いまは

 寮の中の食事場所に居る。ちなみに食事は終わっている。食事モードが解けたレムは若干怒ってしまっていて、とても心配させたようだ。時間は午後十時と少しである。


「主殿よ、真面目にどこおったのじゃ?」

「我らは全く持ってマスターの気配を感じられませんでした」

「何回も呼んだのだがな」


 未だになぜ呼べなかったのかは不明である。こいつらが来てくれたら比べ物にならないくらい早めに帰れたはずなのだが、どんな理由で来れなかったのか聞いてみようか。知っているかもしれないしな


「なぁ、召喚って呼び出す距離に限度はあるのか?」

「主殿でいうレベル、というものが高ければなくなると思うのだがの。いまの主殿のレベルでは飛距離は無限ではないようじゃ。伝えてなくて申し訳ないのじゃ……」

「我らも気配を感じ取り、マスターまで近づけば良かったのですが、全く分かりませんでした。申し訳ございません」


 二人はぺこりと頭を下げて反省しているようだ。声音は至って真面目でありふざけているようすは全く見えない。どうやら召喚される側として色々思うところがあるようだな。


「戻ってこれたから気にすんな。とりあえずレムを守ってくれてありがとな」


 俺の気配を感じなくなったころに、二人は何らかの危険を察したためすぐさまレムの元へ来てくれたようだ。この判断はかなり助かるといえる。


「ソラさんと、ファラさんには……助けられました」

「そういえば、なにやら不埒な輩か我らが姫君に触れようとした者がいての」

「視線でぼっこぼっこにしてあげました」

「おいおい、大事は起こしてないよな?」

「大丈夫じゃ。視線、なのだからの」


 調子に乗った何者かが、レムにちょっかいをかけようとしたため、二人が視線による攻撃によりなんとか大事は回避したようだ。視線による攻撃というのがかなり気になるが、目からレーザーのような類いでなければ恐らく大丈夫だろう。


「ゆう、それでどこいってたんですか?」

「色々あって魔界まで行ってた」

「その色々が気になるのじゃが」

「まぁ、色々だ」

「我らは記憶を覗けることをお忘れなく」

「……どうせ知られるし、教えてもいいか」


 こいつらにも爆笑されそうだが、いずれ分かるのだ。レムにだって教えておいても良いと思う。こんな事言うのもあれだが、死ぬかもしれないしな。今現在においても死ぬことに対して全く恐怖を感じないのは不思議だが。


「まぁ、簡単に言えば俺の勘違いが起こした失態だよ。そのせいでアルトとは仲が最悪の状態になってな。今あいつは良くわからない場所にいるし、俺との関係を全面的にカットしてるようだ」

「ゆう、ワタシ……人の気持ちを理解してって言ったはずなんですよ……?」

「はぁ、おぬしついにやらかしたか。あの出来事が原因かの?」

「それはマスターが悪いです。アルトのあの態度はどんな男性でも『俺に気がある』とは感じるはずですよ」


 全員にジト目で見られて、嘲笑しているというより呆れているという表現が正しいように思えた。俺が勘違いした理由は彼女の俺に対する行動は、誰にでもするような行動と思っていたためだ。男として色々情けない。


「それで、ゆうはどうするの……ですか?」

「しっかりと気持ちを伝える。これに限るな」

「主殿の話によれば、彼女(アルト)が聞く耳持っていないと思うのじゃが、そこは大丈夫かの?」

「ああ。行動は明日する。お前達にはできる限り来て欲しくはないのだが……くるのか?」


 ここで報告もせず、勝手に行くことをとってしまったら再びレムを怒らせ、悲しませることになるだろう。俺はもう彼女のことは悲しませたくないので、報告という手段を選んだ。


「行きます……!」

「我らはできる限りついていきたいのじゃがな、出来るがきり主殿の意見を尊重しようと思う」

「今日のようにマスターを助けられないのなら、我らが存在する意味は殆どありません」


 レムは問答無用で着いてくるようだ。かなり即答であるため、俺の言葉を聞いた時から決めていたのかも知れない。

 対してソラとファラはあくまでも俺の意見を尊重してくれるそうだ。彼女達は召喚される側として、俺が思っているより事を重く感じているようだ。そこまで意識を持ってくれているだけ嬉しい気もするが、流石に置いてきぼりは可哀想であるため、条件付きで連れていくことにした。


「なら連れていくが……この約束だけは守ってくれよ。もし、俺とアルトが戦闘になったとしても止めないでくれ」

「?! どういうこと……ですか?」

「ま、あやつも魔族だしそういう可能性もある、という事じゃの」

「大丈夫ですよレム。いまのへなへなマスターにアルトを傷つける事なんて不可能ですから」

「へなへなって……」


 可能性があるではなく、絶対に戦闘になる。なにせ彼女を()()に行くのだから。召喚陣に二人を戻したら確実に知られるので、レムが暴れそうになったら止めてもらうことを二人に頼んでおこうか。

 それと、へなへなマスターと言われたが、俺も戦うということをしっかりと分かっていないかも知れない。覚悟を決めて相手と戦わなければ、こっちが殺される。こういう部分において、魔族というものが本当に分からないな。これが種族差なんだろうか。


「約束してくれるな?」

「……うん」

「「了解です(なのじゃ)」」


 ここの学園祭は生徒に対する制限は厳しくないので別にサボってもバレないはずだ。バレたらバレたでその時考えるとしよう。


「今日は疲れたから早めに寝るとしよう。レム、出発は明日だからな。向かうまでに戦闘があるかも知れない。戦闘準備はしておいてくれ」

「分かった……です。ゆう、そらさん、ふぁらさん、おやすみ」

「お休み」


 そう言って席から離れ、レムは自室へと戻っていく。さて、ここからは訓練だ。寝るわけにはいかない。魔力の回復は体魔、体力の回復は食事によるもので回復できるため限界ギリギリまで詰めるつもりだ。


「さて、ソラとファラ」

「なんじゃ?」

「なんでしょうか」

「一回戻ってくれ。説明するより、共有した方が早い」

「なるほどの」


 そう言って二人は光となり、消失する。こちらに戻れば二人の魔力は回復する他に、持ち合わせている情報を共有することが出来る。なのでスパイとして使う事も可能なのだ。

 彼女らを戻してしばらくするとどちらの声だが分からないが「あっ……」という何かを察したような声が聞こえた。共有したので察したのは当然なのだが。


(うぬぬ……なるほどの。これなら戦うのは確実とと言えるの)

(しかし、マスターが出会った本当にあの占い師を信用していいのでしょうか? マスターとアルトを戦わせて疲弊したところを叩く、という戦法も考えられるはずです)


 ソラの言い分はもちろん分かるが、信じるに値する証拠が十分にある。まずはあの占い師の過去把握能力。そして、予知能力。さらにソプラノ魔王と話していた、なおかつ気軽に話せる関係。これも家系であるためであろう。なので、あの占い師を疑うには少々説得力が有り余っている。確かに魔族だし、信頼するには危険だと思われる。


(まぁ、その時はお前らに守ってもらうよ)

(と、いうと我らは手出し無用ということじゃな?)

(危険な時には助けに向かっても?)

(その場合でも手を出さないでくれ。これは俺とアルトの問題だからな)


 これは個人的な思いである。一体一で向き合うのは基本中の基本だ。他の者に邪魔して欲しくないという俺の我儘である。


(ふぬぅ、まぁその時考えればよかろう。それで、これからはどうするのじゃ?)

(磁力魔法について一からお前らから教えてもらおうと思ってな)

(ほう、マスターも磁力魔法の魅力に気が付きましたか)


 脱出する前に魔族の装備を逆に利用し、動きを封じたのはとても良かったが、コントロールが効かずに味方の武器まで引っ張ってしまう出来事があった。これをどうにかして、なおかつ磁力魔法一日でマスターしようという考えだ。


(だが、そこまで魔法もあまくないぞ? )

(やってみなくちゃ分からないさ。さ、行くぞ)

(ぐいぐい行くマスターですね。これでこそ、我らが塔から見ていた貴方です)


 転生させられた魔界の洞窟には転移魔法を奪われてからたどり着けていない。恐らくレベルが足りないのだろう。なので、魔界にほど近い薄暗い場所で毎日訓練をしている。人間界であるのだが、魔物が凄まじく強い。訓練にはうってつけだ。転移によりそこに向かうことにした。


「さて、時間が惜しいしさっさと向かうことにしよう」


 誰もいなくなった食堂で、俺は光に包まれて消えていった。胸にはアルトと魔法の事でいっぱいであった。



 ~~~~~~





「フッ!!」

「ガァァ?!」


 気合い一閃と倒れる巨大な影。鮮血と共に舞うのは灰黒色の髪であり、大きな羽を持つ魔族。俊敏な動きで周りにみえる巨大な影を次々と切り刻んでいくその姿はまるで暗殺者のようだ。


「らぁっ!」


 魔物達は飛び回る閃光に翻弄され、一体一体その場に倒れていくのにも関わらず、魔物の数は減るどころか次々と増えていく。


「ああもう、逃げ回るべきじゃなかったよッ!」


 3mはある巨大な斧の攻撃を小さな身体で受け止めて流す彼女は凄まじい衝撃波を身に受ける。悪態を吐きながら辺りにいる魔物に目を配り、どれを倒せばここを抜けられるか考え、行動に移す。


「これはもう……むりかな」


 低空飛行から急上昇。天井まで50mはありそうなタイル張りのこの空間はダンジョンの中である。それも人間界で最難関と言われているタンジョンだ。

 突然の上昇に追いつけない魔物達は目を上に上げるだけで精一杯であり、攻撃を与えることは出来なかった。

 彼女が飛行しながら向かうのはダンジョンの中の休憩エリアと呼ばれている場所。

 ダンジョンには、休憩エリアという魔物が寄り付かない場所がある。そこは大きな湖の近くであったり、隠された場所である可能性が高い。ユウが転生した場所も実は休憩エリアであったのだ。しかし、魔物が一人でも入ってしまえば、そこはダンジョンの恩恵を受けなくなり、休憩エリアではなく、ただのダンジョンの一部になる。

 勿論それがないダンジョンもあるが、この人工ダンジョンにはあった。


 低空飛行で魔物達の魔法や飛び道具を避けながら自らが作ったほら穴に入ってゆく。突風が吹くほど凄まじいスピードで入った後は最速で土魔法による穴埋めを始め、魔物よけの結界を解く。


「はぁ……はぁ……魔物の強さが……おかしいよ」


 結界を解いた後、アルトは横になり身体を休める。ダンジョンには今日入ったのだが、魔物は倒れるだけであり仕留めたのはほんの数匹。実は仕留めきれていないのだ。


「でも、これで苦戦してるようなら……おねーちゃんには遠く及ばない。おねーちゃんに追いついて、元の優しい人に戻すために僕は、人間を……捨てたんだから」


 彼女の脳内をかすめるのは魔族の王様。この王様はアルトやソプラノがまだ王の座についていなかった頃の先代魔王だ。それと、彼女の人間へ理解はこの王様譲りのものだ。


『人間はな、弱いがそれ以上の絆ある。そして多人数で協力し、通常の倍以上の強さを発揮することが出来る。これは我ら魔族も見習うべきことなのだ』

『人間って、いい人たちなの?』

『かもしれぬな。だが、我ら魔族はあやつらにどうも好かれんらしくてな。我らは使者を出したりしているが、全く持って良い返事は帰ってこない。なかなかうまくいかないものだな』


 まだ人間とは戦争すらなかったこの時代。父は人間を愛していた。母はむしろ嫌っていたものの、父は意見に流されなかった。

 だが時は流れ、人間はそんな父の思いを踏みにじり、父を殺した。そのことが分かった時には当然彼女は姉の人間を滅するという意思を尊重し、人間を恨み、滅ぼそうとした。


 あのメッセージを見るまでは。


『アルトー、ちょっと出てくるから代わりに仕事お願いしていい?』

『えー、やだよ面倒だもん』

『じゃ、よろしくね! 半日もすれば帰ってくるから! お土産も買ってくるからねー!』

『……もー』


 その日は毎度お馴染みである姉のサボリの後始末をしていた日であった。そのときは本を読むことが楽しみであったアルトは付近に本を置いた後、汚くなった部屋を掃除して姉の仕事をこなしていた。


 ある程度終わりのメドが見えてきたので、後は任せようと思い付近に置いた本を取ろうとした時に気がつく。


『……あれ? こんなものあったっけ?』


 見つけたのは床に落ちているよつ折りの紙。大量の本がその部屋にあったためページが破けてしまったのかと広げてみると、そこに書いてあるのは魔法陣であった。


『結構難しいけど、起動できそうだね』


 この時のアルトは全魔法を知るものの称号は持っていないが、魔界では一番の知識人とされていたので難しい魔法陣でも起動方法を知っていたのだ。


 そして魔法陣から伝えられたのは、人間を恨むな。という簡単なメッセージと、アルト達の将来への不安と激励。簡単であったため考えは深く及んだ。


 何年も考えた結果、人間を激しく恨む彼女と、その一方で人間を愛したいという二つの存在が現れた。その存在は勇者の強襲により混ざりあい、いまの彼女である 親しい人間は愛する。敵意のある人間は殺す。という端的で過剰な存在となった。


 だが、今の彼女はその存在が再び二つに分かれようとしている。本当に人間は愛するべきなのか。それとも魔族の王でもない自分が、魔族の意思を引き継いで滅ぼすべきなのか。


「もう……わかんない……わかんないよ」


 そして次に頭の中をよぎるのは、ナミカゼ ユウという存在。彼のおかげで人間に対する理解も深まり、人間の闇の部分を多く見た。そして、何百年生きてきた中で、初めて好きという感情を抱いた彼女は、わざと彼に嫌われるような行動をとった。


「……人間とはもう、関わらない」


 彼女の人間を激しく恨む部分が強く出たのか、その時の彼女の心理状態はこれでいっぱいであり、他のことは何も考えられていなかった。しかし時間が経った今、その意思は揺るごうとしている。


「駄目。人間なんて、僕達魔族にを与えてくる生き物。害虫と同じ」


 姉が口癖にしていたこの言葉を思い出し、再び人間に対する憎悪を膨らませる。それと同時に外から魔物のいななきが聞こえる。


「魔道書をとって、もう一度僕の力を取り戻す」


 そう言ってアルトは立ち上がると、土魔法をとき、魔物よけの結界を貼る。

 外に出てしばらく歩けば魔物が数体。これを殺せば魔道書を探す過程で追いかけてくる魔物は減るだろう。


 霧から刀を取り出し、駆け出す。その最中彼女は呟いた。


「僕は、人間を……っ!」




 ~~~~~~


「こんな……もんか……」


 カランカランと数本の刀が乾いた音をたてて落ちる最中、凄まじい疲労感、達成感と共に眠気が襲いかかってくる。刀を回収した後思わず座り込んでしまう。


「まさか主殿……本当に半日でここまで上手くやれるとはの……」

「凄まじくびっくりです。我らのアドバイスもなかなか上手でしたが、それだけではここまで上手くできるとは思えませんね」

「よほど、あやつに対しての意志が高いんじゃろうな」

「はぁ……はぁ……体魔変換……てんい……」


 正直いえば、眠気と疲労とグラグラとした視界で、彼女たちの声は全く届いてこない。ただ、ほぼ無意識的にベッドへ転移したことは恐らく合っているはずだ。こんな集中できない状態でも発動するとは我ながら驚きである。


「悪い、ソラ、ファラ二十分たったら起こしてくれ……」

「う、うぬ。しかしそれだけでいいのかの? 」

「凄まじい眠りに対する執念です。そこまでぐーぐーしたいとは」

「……今何時だ?」


 ボフンと柔らかい感覚が体を包む。転移の成功を体で感じ取り幸せな気分なのもつかの間、疲労が少し和らいだことをいいことに一つの考えが頭をよぎる。それは眠れる時間帯である。


「今は……11時半じゃな」

「なら、アルトに念話でメッセージだけでも送っておかないとな……」

「彼女は念話を受けてくれるのですか?」

「多分流されるだろうが、一応聞いてるはずだから伝えておく」


 念話の範囲は恐らく人間界ならどのでも大丈夫のハズである。なので俺は念話を発動し、こう言った。


(今日の午後11時頃。話したいことがある。初めて出会ったあの魔界の洞窟の中で待ってる)

(…………)


 通じているのかどうか不安ではあるが、念話を終了して、うすく目を開いて天井を見る。俺達はが初めて出会ったあの洞窟なら、レトリバーもどきは実力差を理解してるし邪魔することはなくて、広い空間だ。


 ただ問題はどうやっていくかということだが、転移を二回すれば良いと言うことに気がついた。竜人の里からもう一度転移すれば向かうことが可能なはずである。


「もしかしたら最期の睡眠かもな。二十分でもゆっくりするとしよう」


 目をつぶって最後の可能性がある睡眠に入り込む。

 因みに睡眠時間が20分なのにもしっかりとした医学的根拠がある。テレビで見た情報なので確かだろう。 夜中眠りにつけない、もしくは寝たりないのなら、昼寝に二十分睡眠法を使ってみることをおすすめする。


 ソラとファラに起床時刻は任せたのだし、睡眠のし過ぎには問題がないのでゆっくり「起きるのじゃ!!」「ばんばん、朝ですよー!!」……二十分睡眠の欠点といえばここだろうな。寝に入ったと思ったらすでに二十分経過しているということだ。


「……もうか」

「さ、主殿。まずは体力を回復しなきゃ駄目じゃぞ」

「ささ、早く動いてくださいね」

「……ん?」


 体を動かしてみるとおかしなことに、ああんなに感じていた疲労感が感じられない。二十分睡眠法はここまで劇的な効果は現れないので不思議に思っていたら、にやにやと、そして何処か期待した目でソラとファラがこちらを見ていた。


「お前らのおかげか。てか、闘技大会の時も不思議に思っていたが、どうやって疲労感を飛ばしてるんだ?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれた。これはだな」

「びりびりでちょちょいとやってるだけですよ」

「最後まで我にしゃべらせてくれんかのソラよ……」

「さ、御褒美として我らの頭を撫でてください。もしマスターが腕を切り落とされたりしたら、もう感じられなくなるので……」

「ソラ……」

「というファラの発想です」

「うぉぉい! お主の考えも混ざってるじゃろう?!」


 これは応援と受け取って良いのだろうか? もしくは緊張をほぐしてくれようとしたのだろうか? どっちにせよ疲労感が取れたので感謝だな。


「ソラ、ファラ。ありがとな。これで万全で戦える

 」


 二人の黒髪はさらさらであり、アルトとは違う髪の触り心地であった。ってどんな感想をいだいてるんだ俺は。

「ふふん、絶対勝つのじゃぞ?」

「負けたらばしーんとビンタしてあげます」

「聖霊のビンタとか死んじまうよ。さて、レムも誘ってご飯に行くか」


 にやにやと笑いながら俺はフラグの建築に気をつけている。そう、俺は馬鹿なことなどしない。フラグをたててしまうと勝てるものも勝てなくなってしまうからな。今日の内に必要なアイテムを買い揃えておいたほうがいいだろう。






 夜が更けてきた午後10時頃。俺は最後の準備を整えていた。


「回復アイテムの補充はバッチリだ。刀の手入れもこれで終わり、と」


 因みに刀の手入れ方法は鍛冶屋さんでいろいろレクチャーしてもらった。こんないい剣を手入れしないとかどんな感性してるんだ?! と怒られてしまった。それも貴重な素材をふんだんに使用したもののため、どこで手に入れた等質問攻めにされたのは凄まじく印象的だった。無口であると思っていた店員がいきなり顔を近づけて、怒涛の勢いで話すのはなかなか驚いた。


 今回は値段の高い魔力回復薬も幾らか買ってきたので、魔力切れのデメリットには一応対応できる。しかし残念ながら回復力は一個につき50と絶望的な回復量である。


 道具をすべて魔法陣の中に突っ込んだ後、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。


「ゆう、だいじょーぶですか?」

「レムか。いまから出るから出口で待っててくれ」

「わかりました」


 そう言って足音は遠のいていく。戦闘の覚悟を決めるのはここで最後だろう。もう一度大きく息を吸って吐いた後、顔を叩く。


「ふぅ、行くか」



 ~~~~~~


 転移を二回を続けて使いやってきたのは、俺とアルトが初めて出会った場所。俺の異世界生活が始まった洞窟だ。


「ほう、ここが主殿とアルトが出会った場所か」

「無駄にロマンチックですね。マスター 」

「なんか、不思議な雰囲気を……感じます。魔物達がゆうに……怯えてるような、慕っているような……そんな感じです」


 彼女はまだ来ていない。それに来るかどうかも不安なところだが、彼女を信じて待つことに決めた。

 それとソラとファラを出しておく理由は、戦闘中のレムの割り込みを防ぐためである。彼女は俺達を信頼してくれるし、喧嘩するなら止めるだろうという勝手な予測だが、念には念を入れておく。


「あっ……」

「来てくれたか」


 目の前に眩い光が発生し、途轍もない魔力の迸りを感じる。間違いなくアルトの気配である。安心感と同時に緊張感も高まる。


「……よう」

「僕、忙しいんだけどさ。一体何の用なのかな?」


 アルトの目は細く、鋭い。ゴブリン程度の魔物なら視線だけで殺せてしまいそうだ。


「あ、あると……?」

「時間もないし早速伝えることにしようか」


 緊張を逃がすように何度目なのか分からない大きな深呼吸。そして、話す。


「アルト=サタンニア。お前を、お前自体を、盗みにきた」


 刃を向けながら不敵な笑みを浮かべる。レムは固まって絶句。聖霊たちはにやついている気配がした。

 一番反応の気になる彼女は


「…………」


 表情すら変わらない。しかも何処か冷えた表情に悪化したような気がする。

 滑ったかもしれない。



追記 2015/08/06

区切りが悪いので追加しました。



高覧感謝です♪

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