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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第七章 心の距離感
120/300

亀裂

 珍メニューという名の中華料理は、元の世界の美味しさには遠く及ばなかったものの、久々の中華に満足出来た。姫様は俺達が黙々と食べる様子を見ていて食べたくなったのか、結局どす黒いラーメンを頼んでいた。俺たちは人柱ではないんだぞ。


 まぁそれは置いといてだ。


 「ズルズル……」

 「…………」


 すごく空気が重い。麺をすする音だけが続けざまに聞こえるのだが、周りのお客は雰囲気を感じ取ったのかこちらの近くに座る人はいなかった。姫様もなにやら考え込んだ表情で顔を上げないし、アルトもため息を繰り返し吐いている。この雰囲気どうにかならないものか。


 そんなことを思っていた時に隣からゴトン、と丼を優しく置く音と共にアルトは席を立つ。


「ごちそうさまでした。 ユウ、お金はここに置いとくからね。僕はちょっと風に当たってくるよ」

「おいおい、ほんとに大丈夫か?」


 テーブルに貨幣のお金を置いて俺達にここから去ることを言い放った後、わき目も触れずスタスタと外へ出て行った。いつもと違う彼女のようすが不思議で思わず追いかけようとしたが


「待て、追いかけてどうするっていうんだ?」

「あいつは冷静な状況じゃない。暴挙を未然に防ぎ、止めるのは仲間として当然だが?」

「それは束縛ではないか? お前は誰かが困った時に手を貸すのはいいが、少々やり過ぎと思った事はないか?」

「っ……」


 声をかけられ足を止め、少々考える。心に引っかかるのは貴族の屋敷を一気に消滅させてしまった時だ。あの後に殺人をしたことや、もしかしたら罪もない人を殺してしまったのではないかと考えることもある。出来る限り考えないようにしているが、あの時は自身の強さに酔っていた部分もあると考えられるし、今回のアルトに対する【束縛】というのもあながち間違ってはいないかもしれない。


「その表情、心当たりがあるようだな。あいつの事だ。縛られるのは嫌ではないか、と考えたことはなかったか?」

「……そう考えられればそうかもな」

「なら少し落ち着――」

「だか、俺が見る限り、落ち着いてないのはアルトだ。性格上あの状態で放って置けないんだよ」



 テュエルの意見に少々靡いてしまったのはアルトに対して少々強引なお願いをしたことが多々あるためだ。

例えば戦闘においての場面。彼女には俺自身の魔法の研究という理由でやりたいことを我慢して貰ったことが何回かあった。その他にも種族差というものを考慮せず行動に踏み切ってしまった記憶もある。その経験により、ついつい考え込んでしまった。

 そして追撃とばかりに頭を掠めるのは元の世界での施設を抜け出した年頃の女の子。ここから去るときの後ろ姿が似ているような気もした。

 魔法陣から朝方に貨幣に変えておいたお金をテーブルの上に置いた後、席を立つ。


「あいつにも悪いかもしれないが、ここは俺自身の意見を通させてもらおう。じゃ、姫様。ここの学園祭を楽しんでくれよ」

「おいっ! ユウ ナミカゼ!」


 引き止める声を無視して、俺の意思を貫くことを決める。

そうして軽く走りつつD組を後にする。お金は置いておいたので文句はないだろう。貨幣に変えておいて良かった。

 気配探知では彼女の居場所真上。屋上付近だ。その場所は元の世界と同じように立ち入り禁止である。


「っと、さっさと向かった方が良さそうだな」


 レムには念話で【アルトを呼び戻すから、ここで待っていてくれ】とだけ伝えておいた。ラクナはひたすら困惑していたが、そろそろ彼の仕事も始まる頃だろう。少しのあいだ一人にしてしまうのは心配だが、気配探知がある限り彼女に危険が近づけばすぐに反応するので少しぐらいなら大丈夫だろう。


 なにより気になることは彼女が魔力を解放し、何かに対して威圧していることだ。感じる魔力がわずかでも気配探知はしっかりと仕事をしてくれる。この魔法は今もっている中で一番チートかも知れない。


 軽く走っているため、俺への視線が突き刺さるが、気にしたことはない。ウィッグも外しているので目立つのは仕方ないしな。


 あっというまに屋上へたどり着き、重い扉を開けると眩しい太陽の光ともに意外な人物とアルトの姿が飛び込んできた。


「落ち着けって魔王のお嬢ちゃん。って、ほらみろユウが心配してるぞ?」

「なんで邪魔するの? ユウは関係ないでしょ? それよりここからどいてくれると助かるんだけどな。ドリュード」

「母校なんだからゆっくりさせてくれよ。ここでよーく昼寝してたんだぞ?」

「じゃあ、転移魔法に中途半端に干渉して、腕だけ転移とかそんな状態になってもいいのかな?」

「おおこわ。やめてくれよー」


 話しているのはドリュードとアルト。彼は俺に気がついているようだが、彼女は俺に気がついていないようだ。気配探知を習得したといっていたので、普段の彼女なら分かるはずだが、気づいていない。今の彼女が周りを気にしていないことがよく分かる。

 重々しい威圧感を何ともないように彼は話してるが、前より彼女の威圧感がどことなく弱いのは彼も感じ取ったはずだろう。


「んでなーんで転移なんてするんだ? 楽しい学園祭の途中だろう?」

「君には関係ないから。ああもう本当に不幸だなぁ……とりあえず、どいて。これ以上言って聞かないなら……消すよ」

「おいおい、本気の目じゃねぇか。何をそんな怒っていやがる?」


 彼は冷や汗を書きながら困った表情を浮かべる。アルトがとった行動とは刀を黒い霧の中から生み出す魔法を使い、武装したためだ。ほとばしる殺意にドリュードもたじたしである。


「全く持って関係ない君だから言うけど、僕は魔王の座から落ちたし、ユウは全く僕のことなんて考えてないし、もう何もかも嫌になったの。僕にどうしろっていうの?」

「……まぁ色々あるが人生そんなもんだろ? おじさんだって二十数年生きてるからな。だがな、吹っ切れて全て捨てちまったら取り返せるものも取り返せなくなるぞ? もう一度ゆっくり考えてみろよ?そういう時にはだいたい考えすぎだって言うことが――」

「平行線だね。君と話していてもなんも面白くない」

「おいユウ! どうにかしろよ」

「は? ユウはこんなとこにいな――っ?!」

「……よっ」



 扉を中途半端に開けてそのまま硬直してしまった俺が動き出す。なぜ彼女が転移しようとしたのかも不明である。彼女は一息ついた後、敵意の目で俺を見つめながらこういった。


「はぁ、ユウは……なんで僕を追いかけたの?」

「いまのお前は何かに対してなのかは分からないが、正常な状態ではないことが今はっきりわかったからな。放っておけ――」

「あのさ、ユウ。いい加減嘘をつくのはやめてくれない?」


殺意はより強くなり、俺は思わず言葉を飲んでしまう。アルトが俺を見る目もだんだんと暗くなっていく。


「僕より、人間のあの姫の方がいいんでしょ? 魔族で、魔王から堕ちた僕よりさ!? 依頼の事だってあの人と話すまで僕になんにも言ってくれなかった! 僕はいつだって、ユウと一緒に居たいのにっ!」

「……落ち着けよ嬢ちゃん」


 ドリュードも頭を抱えて困惑をあらわにする。俺からしても何故彼女がこんなにも怒っている理由が分からない。俺と一緒に行動したいということは信頼によるもので、相談しなかったのはいずれ知ることになると分かっていたからなのだが、ここまで彼女が感情的になっているとは思わなかった。もしかして俺のことを友達のような関係ではなく、恋愛的な意味で見ているのか、という考えが浮かぶが頭を振り意識を戻す。いまはそんな非現実な事を考えている時ではない。


「勝手に姫様と仲良くしてればいいじゃん!? 魔王でもない僕なんか放って置いてさ。第一ユウはさ、なんで僕のことを好きでもないのに、僕のやりたいことをいちいち邪魔するの?! 人間界で一緒に居たいからなの?! 魔族の僕が人間が嫌いなのはユウが一番分かってると思うんだけど、本当にそのことは分かってる?!」

「それは……」


 反論できない。俺は彼女が人間に対する意識を少しでも上げようとしていたが、彼女にはずっと我慢させてしまっていたようだ。だが、なぜそんな彼女でも竜人の里へ向かうことを決めたのだろうか?


「落ち着――」

「不思議に思ってる表情だからいうけど、僕は大ッ嫌いな竜人の里行く理由は、理由はおねーちゃんの部下に会いに行って、直接おねーちゃんのことを聞き出すため。ユウがついてこようがついてきまいが構わないけど、僕はもう運命に流されない。何があろうとも、邪魔するならこの手で消す……。勿論これからのことを邪魔するならユウでも、殺すよ」


 そう言ってアルトは中途半端な敵意を俺に向けてくる。瞳は涙で滲んでいて、言う方もつらいのはよくわかった。

 闘技大会で合間見えた熱くて、清々しいような気迫ではなく、その者を殺す、という純粋な殺意。俺が昔みせた貴族に対する態度に似ているかもしれない。


「だから、二人とも、ここから出てって。元の場所に行って、早くして。もう僕は……こんな嫌なことばっかり……耐えられないよ……!」

「だってよ、少年。まさかとは思うが、こんだけ言われてるんだから、かける言葉はひとつしかねぇよな?」


 ドリュードが俺の方へ、出口の方へとスタスタと歩きながら困ったジェスチャーをする。彼女は魔王から魔族へ堕ちてしまったことに相当な劣等感をいだいているようだ。ここの勘違いから解かなくては。


「そのお願いだが、断らせてもらおう。確かに俺は、お前を束縛していた。これは認めよう。だかな、魔族だろうが、魔王だろうが俺はお前を思う気持ちは変わらない。あの宿の朝ごはん時に言ったはず――」

「っ……また、また、そうやって嘘つくんだね。また、そうやって僕を傷つけるんだね。僕知ってるよ、ユウがあの姫様に心を惹かれてるって」

「!? それは勘違い――」

「まだいうの? これ以上僕からなにを奪うって言うのさぁっ!!」


 そう言ってアルトは刃を持つ手とは逆の手を俺達に向けて構える。彼女は余程不運な出来事が重なってそれを抱え込んでしまい、これまで抱え込んできたものが爆発したということだろうか?


「ウッソだろお前。ここで間違えるか?! ユウ ナミカゼ!?」

「人間なんて、みんなこうだよね? ふふふ、僕の…これまでの経験を全く活用してなかったよ。やっぱり人間は等しく……あっちに捨てちゃえばイイんだよね?」

「……をっ?!」

「これは……」


 気がついたらズププ……と音を立てながらゆっくりと体ごと地面に引き込まれていく。いや、正しく言えば地面ではなくて地面に張られた闇魔法の中へと引き込まれていっているようだ。ドリュードも突然の事態に驚いて慌ててふためいている。


「人間なんて、みんな魔族の敵なんだ。そう、みんな……みんな敵……」

「はぁ、アルトよ。これぐらいで俺のことを止められると思ったら大間違いだ。俺を誰だと思ってる?」

「おいおい! さっさと転移魔法で脱出しろよ?!」


 体が半分程度飲み込まれたが、俺は表情を崩さない。ここで抵抗すれば間違いなく彼女の信頼を失うだろう。彼女はいま、疑心暗鬼の状態に陥っているはず。怒りや悲しみを通り越せば必ず冷静な状態が訪れる。俺はそれに期待したい。


「ほらよ、ドリュード」


 転移魔法を使ったのは彼に向けてだけ。彼を転送した場所は屋上の入口付近である。それとだが俺自身には使用していない。その状況をみてアルトは疑問の視線で俺を射抜く。


「さっさと出ちゃえばいいじゃん、()()。出れるほどの実力はあるでしょ?」

「ここから出るのは簡単だが、この先お前と一緒に居れること考えれば、ここを出ることより難しいことはなだろ? 何事も経験だよ。失敗したってお前ならきっと俺は殺さないって信じてるからな」


 彼女はもう完全に俺に対する意識をなかったことにしたようだが、この事態を引き起こしたのは俺とも言える。別にそのことに関して傷心したりはしない。

 それと体は既に胸まで埋まっているものの、全く痛みはない。


「人間ってみんな嘘つくよね? 僕の方が比べ物にならないくらい長く生きているのに、経験とか何知ったかぶってんのかな?」

「そ、そういえばそうだよな……なんか恥ずかしくなってきたぞ」

「ドリュード、恥ずかしがるのは構わないが、このことは誰にも報告するなよ。アルトを追いかけて魔界まで言ったとでも伝えてくれ」

「は? お前何を言って……」

「あははは! 本当におかしくなったんだね!! 」

「俺は、このアルトを負かす。そして、きちっと俺の思いを伝えなくてはな」


 にやりと笑みを浮かべながら俺は沈んでいく。この闇の中で何かを掴めば、彼女との対策案が見つかるような気がした。それだけだ。だが、それだけのために命を掛ける理由はある。オモテの俺は否定しているが、ウラの俺はきっと、いや絶対、彼女のことが……好きだからだ。


「なにそれ。全然意味わかんないよ」


 彼女の嘲笑を含めた声がやたら鮮明に響いた後、俺はゆっくりと暗い空間と同化していくように意識を手放した。


 ~~~~~~


「もう僕は……なんなんだろう」


 夕焼けが眩しい学校の屋上。誰いなくなった場所で横になって一人ぼっち。鳥の鳴き声と、生徒の喧騒が遠くの方で聞こえる。


「何者でもない僕は、誰も頼れない」


一気に降り注いできた出来事に耐えきれず爆発して、大切な人、関係を壊してしまった罪悪感が重くのしかかる。


「こんな運命って、あるのかな」


今日という日だけで、ユウが僕を差し置いてあの人間の姫が 好き であったこと。これだけでも精神がバラバラになりそうなのに、トドメとばかりに心を抉ったのは、魔王の座から降ろされたこと。魔王であり、強さこそが僕である証明でもあった。その証明がない以上、僕はもう二度と魔王とは名乗れない。


あまりにも重すぎるこの二つのことに耐えられなくなって、そしてもう何もかも嫌になって、爆発してしまった。


「ユウは、僕に何が言いたかったの?」


 闇に沈んでいく中、彼は笑みを崩さずにそのまま僕の魔法に飲み込まれていった。何故死のまぎわであるのにもかかわらず彼は余裕の表情を浮かべて、何故彼は殺しにかかっている僕を信じたのだろうか。


 分からない。いくら考えても分からない。ただ分かることは、激しい後悔の念、そしてとてつもない罪悪感がじわじわと心を蝕んでいく感覚。なぜ僕はあそこで止めなかったのか等思い出してしまえば、何もかも押し潰されてしまいそうで、頭を振って必死でその考えを振り落とす。


「魔王から落ちた僕でも、おねーちゃんに交渉するためには魔王の加護に及ぶような力を手に入れなきゃダメ。そのために僕は、人間を捨てたんだから」


 僕は大きく羽を広げて屋上を離れる。目指すは魔道書のあるダンジョン。魔王の加護がなくなった為か、なにやらそのダンジョンに、呼ばれているような気がする。位置も曖昧だけど分かるような気がした。


「おねーちゃん、待っててね」


 そうつぶやいて、僕はこの場所を後にした。高いところを飛んだから多分誰も見ていないだろう。

 レムだってもうあれだけ強くなれば、生きていける。ユウ死んだかもしれない。僕はもう、干渉しない。

また合う日まで、さよなら。




 ~~~~~~~





「俺が生きてて、意識があるのはいい。転移魔法が使えないのもまだいい。なんでお前いるの?」

「巻き込まれたんだよ畜生。おまえが変なルートを選択するからな!!」


 この場所は薄暗くて、木は枯れている。草木は灰色。そして毒の湖がそこらじゅうにありそうな雰囲気をもつこの場所はまさに地獄という名前が一番しっくり来るだろう。

 

 そんな場所に足を踏み入れたのは、この国の国民ではなく、敵国の住人である人間二人であった。


「ここは如何にも魔界って感じだな」

「魔界なんだけどな。……生きてるだけ感謝なのか?」


 転移魔法も転移石も使えないこの場所で、男二人は人間が絶対に入ってはいけないとされる禁断の領域に捨てられてしまったのだ。なお、図書館の本の情報である。


「レム、遅くなりそうだわ」

「そもそも俺達に生きていけんのかこれ」

「まさかここまで掴むものが検討もつかないとは思わなかったよ」

「こいつ本当にわかってねぇ」


 俺達の寂しげな声がやたら鮮明に、薄暗くて青くもない空に響いたような気がした。彼女の魔法は攻撃魔法ではなくて、転移魔法であったようだ。





高覧感謝です♪

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