第111話 ダンジョン攻略
日が沈んで、暗闇に包まれてしばらく経つ頃、リンクス達は先生から二十分間の作戦会議の時間をもらった。
そして彼らはダンジョンを攻略するにあたってこれから作戦の変更、そして警戒内容を改めて話していた。
「――と、いう作戦で行こうと思う」
「本当にいいのね? リンクス」
「ああ。真面目にやる必要なんてどこにもないってユウに言われたよ。確かにそのとおりだ」
リンクスは攻略するために夕のアドバイスである、魔物と戦わない、という 一般人生徒からしたら考えもしない作戦を軸にして話している。
遠征とはいえ基本的に学園は安全第一であるため、夕の作戦のような魔物から逃げるという手立ては、生徒を危険に晒すと考えている。
なぜならどうしても戦わなくてはいけないときに、必要以上に戦闘が長引き、不必要なケガを負ってしまうかもしれないからだ。
「だから、出来るかぎり戦わない方向で行こう」
ダンジョンの最深部では魔物が寄り付かないため、逃げずにそのまま最奥部まで突破できればダンジョン攻略は達成といえるだろう。
しかし一般的な考えとしてダンジョンの攻略方法は、魔物を倒しつつ、最深部まで向かうのが普通である。
そのため、いくらか抵抗があり反論が来る。
「リンクス?! お前はそんなので攻略したって胸を張っていえるのか?!」
「だけどな、このチャンスを逃していいのか? 恐らくだが、魔物と戦っていたら間に合わないのはレイダーもわかってるはずだろ?」
「だけどな…………!」
藍色の髪色をした男子生徒、レイダーが最初に反論する。彼は緊張こそしやすいものの、正義感はリンクスに優らずとも劣らず持ち合わせていて、とにかく真面目な少年である。
彼もリンクスの言葉通りに攻略したい気持ちはあるが、学園の代表で来ている、という責任の念が足を引っ張っていた。
それに引き続き、紺色の髪の女子生徒が続いて言葉を放った。
「私も反対。リンクスの案ならまだしもあの召喚士に唆されたっていうのが気に入らない」
「反対なのは構わないが、ラスフィはユウのことが嫌いなのか? あいつに変な視線を送っているとは思ってたが……」
「ええ、嫌い。大ッ嫌い。あんなに女の子を侍らせて、さらにシーナまで持ってくなんて。あと名前おかしいし」
「そ、そこまで嫌いなのですね……私はとくにどうも思っていませんが。まぁ名前がちょっと変わってるというのは同意見ですね」
ラスフィは表情を変えず淡々と悪態を述べるが、ダニは少しだけ引き攣った表情を浮かべた。
ハーミルも晴れない顔付きであった。
「ちょっと落ち着いてみんな! いまはダンジョン攻略についてでしょ?! 時間なくなっちゃうよ!」
ざわざわとしていた空間にミリュが喝を入れる。それを聞いたリンクス達は はっとなり、もう一度考える表情を取る。そこでずっと黙っていた薄い緑色の髪色をしたハーミルが口を挟む。
「ボクはリンクスに賛成……かな? せっかくここまで来たんだし、攻略したいな」
「だけども俺達の初攻略だぞ? そんな攻略でいいのか?!」
「レイダー君、落ち着いて。彼も彼なりの考えがあるのよ。因みに私は、賛成だわ。この攻略で来年から他の人がダンジョン遠征に来てくれるかもしれないし」
ハーミルは賛成し、反対するレイダーをミリュがなだめる。
ダニアは既に出発する準備を整えていて、行く気マンマンであった。
それに対してラスフィは相変わらず白けた表情でじっと考えていた。
また、先ほどアルトやレムの協力を頼んだが、結局リンクス達が自ら断った。これもレイダーの意見のためである。
「さて、意見は決まったかな?」
全員が全員考えていると、ついに教師の声が遠くの方から耳に届く。
どうやら時間が来てしまったようだ。
「えっと……あの……」
「行かないなら構わないが、明日は帰投するぞ。もう連絡はしてあるし、我が儘は通さないからな」
すでに帰りの足は用意してあるようで、延期する手立ては不可能であるようだ。それを知って覚悟を決めたのは意見の違った二人。
「――とりあえず行こう! 俺達は攻略するんだ! 良いよな!?」
「私はリンクスについていくわ!」
「ボクはかまわないよ!」
「っ、分かったよ……ッ! やってやらぁっ!」
「了解しましたわ!」
「はぁ、私は嫌ですが――決定、ですね」
リンクスのとりあえず向かう、ということには賛成の声が多数あがり、決定となった。
教師そのようすを見て笑顔を浮かべると、地面に転がっているかのような何の変哲もない石を手渡す。
突然の道具の受け渡しに全員が疑問の表情を浮かべる。
「それは念話石といってその石を媒体として念じれば、通話を可能にするものだ」
「それって、かなり貴重なものですよね?」
「ああ。だが、離れていても時間は時間だ。終わる十分前にそれで知らせるからしっかり聞くようにな。もし聞かなかったら私自ら向かうから、無駄なことはするなよ?」
「た、探知機能もあるのですね……」
時間を無視しようとしても先生自らが動くようで無理に延期をすることは不可能であることを伝えられると、リンクスの仲間の中にうなだれた者が数名いた。
「さぁ! 行ってこい。攻略出来ると信じているぞ」
「っ!はい! 行ってきます!!」
そういってリンクス達は駆け出し、ダンジョンへと向かっていった。先生は笑顔のまま見送り、誰もいない空間で呟く。
「まったく、冒険者志望って良いな。なぁ、レミファス」
「……いつから気がついていたのでしょうか」
音もなく森の中から出てきたのはシーナであり、その表情はどこか暗い。先生もその原因に気がついているようで、背中を向けながら話しかけた。
「結構前からな。それとレミファス、お前はもうあの魔法は使うな」
「大切なものを守るため、あの力は必要なのです。手放すわけには行きません」
「そういうがな、あの学園長に利用されているのはお前も重々承知しているはずだが?」
「利用されていたとしても、力は力です。私の体がどうなろうが知ったことではありません」
その言葉を聞き終えると、先生は振り向いて腕を組み直しつつ、シーナを見据えて強い意志を持って話す。
「お前のあの魔法を使用し続ける原動力は何だ? あの親のためか?」
「あの人は関係ありません。ただ、私は強くありたいだけです」
「だがな、ほかにもっと方法が……」
「なら、どうすれば良いのでしょうか?」
「そ、それはだな……」
睨みつけるような視線で先生を見つめるシーナは表情は変わらないものの、全ての物事に対して羨ましそうなオーラが出ていた。
「私はこれがなかったら、ユウナミやアルトやレム、そしていろいろな人達に出会うことはなかった。ずっとあの場所で人を羨ましがるままであり、嫉妬するままでした。ですが、これのおかげで私も追いつける。天才たちに追いつける。これを手放したら私は再び……世間に渇望し続ける惨めな存在となるでしょうね」
「いや、もうお前はそれが無くても十分に強――」
「足りないんですよ。全然」
シーナはここで大きく深呼吸すると、ここに来た理由を話始める。表情は先程より暗く、冷淡であった。
「先生、学園長に再びあの杖の使用許可を申請しようと思います。あの杖を封印するために、先生の魔法を使用したのも調査済みです。魔法を解いてもらうには、まず先生の同意が必要なのでこちらから話しかけようとした次第です」
「っ?! 何故そんなことを?!」
「質問に答えてください。私は今のままでは差をつけられるばかりなので、全力で追いつかなくてはいけないのです」
「駄目だ! あれを使えば本当にお前の体が壊れる!」
「それでも、必要なのです。どうかお願いします」
「レミファス、学園長もそんなことは望んでいな――」
「あの人のことは放っておいてください。これは私個人の意見です」
「……レミファス、お前はなぜそこまで力を得たがる?」
女教師は額に汗を浮かべながら必死で拒否するものの、シーナは涼しい顔をしており、質問を押し付けているばかりであった。
「ユウナミ、アルト、レム。この三人は凄まじい速度で止まることがなく成長しています。私は停滞しかけていて、このままでは能力は落ちるだけ。このレールから落ないためには、やはり力が必要です。だから、私は杖をもう一度手にし、それにより強くなるつもりです」
「だが、あの杖は魂を削って力を使うんだぞ? 魔力のように回復するものではない!使い切ったら、廃人になるだけだ!」
「強くなれるなら、それでも構いません。ですから――」
「はぁぁ……無理だ。お前の安全を考慮したら絶対に渡すわけには行かない」
断固として揺るがない決意に大きくため息をつく。誰かこの状況を打破して欲しいと願っていたが、彼女のお願いは徐々に脅迫へと変わっていった。
「これでもですか?」
「先生に向けて杖を構えるなよ。先生っていうんだから生徒達より強い人しかいないんだぞ?」
「そうであったならあの侵入者に怯えない筈ですが。それは置いておいて、お願いします。この通りです」
「はぁぁ、まったくこいつは……私じゃなかったらとっくに退学だぞ? ……ならなくても、停学は確実だが」
シーナは杖の先を先生に向けて魔力を先端に集め、刃のような形を作っている。状態でいえばナイフを首元に近づけて脅迫しているような雰囲気である。
この時、この瞬間、ゴソゴソとテントから出てくる人影が一つ。
「ふぁぁ……ってしーな?! 何してる……ですか?!」
「おっと、レムが起きてしまったようだな」
「私は転移石により先に帰っていますので、お先に失礼します」
そしてそのままシーナは森の中へと再び姿を消してしまった。レムは追いかけたのだが、転移をしたようで向かった先には誰もいなかった。
「しーな……なんで……?」
「あいつにも色々あるんだ。それでも仲良くしてやってくれよ。さて、どうしたんだレム、こんな時間に」
「もちろん仲良くしますけど……えっと少し、お手洗に……」
「おお、悪かったな」
~~~~~~
「ん? シーナの気配がない?」
(主殿は大事なときに寝ておるな。いい加減起きんか)
(ばしばしです、何回起こしたとお思いで?)
どうやら俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。目をつぶりながら話を聞いていたのがいけなかったのだろう。
どれだけ寝ていたかを二人に聞いいたところ一時間程度らしい。
その次に何故シーナが居ない事を問いただしてみると、なにやらひと先生とひと悶着があったらしく、先に転移石で帰ったようだ。
退学にならないことを祈ろう。
停学にはなるかもしれないが。――ん?誰かと意見が噛み合ったような気がする。気のせいか。
「……リンクスは達はまだか。戦闘はするなとはいったが、どうやらなかなか手こずってるらしいな」
(うぬ? ユニークモンスターかの?)
(この初心者向けダンジョンでばったり合ってしまうのは運が悪いとしか言えませんね)
「助けに行かなくても大丈夫だったな」
敵の気配は消えてなくなった途端、リンクス達は駆け出した。なにやら急いでいるようだ。その後彼らはしばらくは戦闘もなく移動つづけ、そして
(おお、たどりついたみたいじゃな)
(相当頑張ったようで疲弊しているようですね)
「やったぁぁぁっ!!」
「「?!」」
喜びの声は俺ではない。となりのテントから聞こえてきた女の子の声、おそらくアルトだろう。レムがこんなに声量があるとは思えない。
「と、とりあえず迎えに行ってやるか」
~~~~~~
「はぁ……はぁ……た、ただいま」
「よくやったな!! お前らっ!!」
「せんせぇぇっ! ボクたちやったよぉぉっ」
わいわいと喜びの抱擁をしつつリンクス達は喜びをあらわにしていた。ラスフィはとても微妙な表情を浮かべているが、それは恐らくあのダンジョンの最深部の光景を見たからであろう。 ネオンでチカチカの安っぽい光景を。
それに比べてミリュはダニアの胸で泣いているようで、その光景のことは全く気にしていないようだ。ダンジョンは帰るまでがダンジョンなので、やっと攻略できたという感動だろう。
俺達からしたらダンジョンの床を貫いて最新層までいったため、苦労していない分全く感動が共有できなかった。
「やったぞ! ユウっ!!」
「ああ、おめでとう。ダニアもおめでとうな」
「べ、別にこれぐらい……」
「あるーっ! ついに……攻略できたよぉー!」
「ミリュリュ! おめでとう」
「レム、ボクがんばったよ」
「おめでとう……ございます!」
それぞれが喜びを表現しているなか、ラスフィだけはシーナを探していたのか、先生と話した後落胆したようであった。
俺の現在の気持ちは 攻略おめでとう より 早く帰りたい なのだが、それは口には出さない。空気読めない男の名前は出来るかぎり遠慮したい。
「よーしっ!! バーベキューだぁっ!! 」
「「わぁぁぁっ!!」」
先生もノリノリで、つい先程食べたのにもかかわらず、もう一度食事をすることに乗り気である。
現在の時間は午後十一時程度であるためかなり太りやすい時間だ。
「ぼ、僕はいいかな……」
「なにいってんのよ! 一緒に食べましょ!」
「食べ……ます!!」
「レムっ!ボクが作ってあげるね!」
こんな感じでアルトとレムはバーベキューという魔法に吸い込まれていった。料理とはやはり魔法である。
そんななか俺はこっそりとテントに入り、再び眠ることにした。
お腹はそこまですいていないし、何より筋肉痛が酷いからだ。
テントに向かう途中ラスフィの寂しげな表情が伺えたが、こちらに気がつくとなにも見ていないふりをし、つめたい視線を浴びせてきた。恐らくシーナに関することなのだろう。俺も心配であるが、杞憂であることを祈るばかりだ。
「あー……やっと帰れる」
テントに入って目をつぶると遠征が始まってからこれまでの日々を思い出す。正直言って滅茶苦茶であったな。
俺の生まれて初めての異世界の遠征のメインプログラムはここで終了したのであった。
最後に放った言葉が やっと帰れる という楽しい遠征に似合わない物であったが、俺らしいっていえば俺らしいかな。
次回で遠征編は終了となります。
ご高覧感謝です♪




