帰キャンプ
リィィ――と虫の音が聞こえる。あたりは既に真っ暗であった。無事遠征地であるこの森に戻ってきたようだ。
「はぁぁ……やっと戻ってきたよ……」
「そういえば、ユウはあれからずっともどってきていないんだよね」
アルトが笑いながら語りかけてくる。彼女の言う通り俺は塔へと向かってからずっとこちらに戻ってきていない。数日間に渡り行方不明ということになっていたということだな。先生にどう説明すればいいのだろうか。おっと、まずは体を綺麗にしないとな。防臭の加護があるとはいえ、清潔石を使わなければ何言われるか分かったもんじゃないな。
清潔石を割ればスーッとした涼しくて心地よい風が周りを包む。お風呂には入れない冒険者向けのアイテムである。そういえばロープ使わなかったな。
「ユウナミ、聖霊さんたちを戻した方が良いのでは? これから生徒たちと会うのですから」
「そうじゃな。シーナの言うとおりじゃな」
「ファラと同意見です」
清潔石の効果が切れた後、シーナが大切なことを切り出す。俺がこのまま生徒の前に出たとなれば、見ないあいだに珍しい黒髪の女子を二人も連れているということになる。ユウ ナミカゼ=プレイボーイという性格とは真逆なイメージを持たれたくない。俺はそこまでぐいぐい引っ張れる男子ではないのだ。
「それもそうだな。じゃ二人戻ってくれ」
「「了解じゃ(です)」」
二人の聖霊は光の玉になると身体の中へ入っていった。そのようすに全員が驚いていたようだが、それは二人か聖霊であると割り切れなかった部分があるためだろう。これで生徒達と会う準備は完了である。
「さてと、久しぶりの対面といこうか」
~~~~~~
「なるほど、話はわかった。とりあえずそこに直れ」
「は、はい」
思わず敬語になってしまった。俺達は綺麗にまっすぐに横一列に並ぶと先生は大きく息を吸って
「お前らは私の仕事を無くすつもりかぁぁっ!!」
「ぐっ?!」
「痛い?!」
「きゃ……」
「っ!?」
とてつもない速さで放たれた拳骨は俺達の頭を妄執する。両手でポカポカと殴りつけたのでそこまでは痛くないが、思わず痛いと言ってしまった。
「まずレミファス! レム! アルト!! お前らは怪我をしてるからテントから出るなと言ったはずだが?!」
「えっと、聞いてませんでした」
「覚えてません……」
「なんのことでしょうか」
「なら叩いて思い出させてやろうか……」
「せ、先生落ちついて! こうして無事に戻ってきたんだから!!」
彼女たちは警告されたことを無視して獣人界に来たようだ。そこまで俺のことを気にしてくれたのはありがたいのだが、怪我の影響が心配である。
「ええい! 黙れリンクス! 貴様は将来があるからいいのだが、私には男もいないし、この職業しかないのだよ!!」
「いや、この状況で男は関係ないでしょう!?」
必死で先生を止めるリンクスはツッコミを入れつつこの場を収めようとする。アルトたちは全員が全員先生の目を見ない。横を向いていたり、下をむいていたり、斜め上を見ていたりする。そのようすに先生はなにか気がついたようでとてつもないことを言い出した。
「その隠し様……お前らまさか……不純な行為をしていたのか?!」
「「「?!」」」
「えっ……」
リンクスでさえ、ぽかんと口をあけて素っ頓狂な表情を浮かべる。俺はそんなことをしていないので別に慌てはしないが、こればかりは反論しなくてはまずい。
「だれがそんなことをしますか。それよりお腹がすいたので食べ物はありませんかね」
「そうそう、ちょうどいまから食べようとしていた――って話題を逸らすんじゃない!」
とりあえず今日のご飯にはたどり着けるようだ。遠くを見れば生徒たちが煮炊きのようなことをしているのが見えた。
「なによりナミカゼ! 魔物を倒した後、転移させられただと?! 」
「そうですが」
俺がした説明とは、正体不明の人物に無理やり転移された、という真実をありのままに伝えた。昔お尋ね者のポスターにそのようなことを繰り返している人物がいた記憶がある。これで大丈夫だろう。
「その人物について詳しく話せ」
「フードをかぶっていて顔は全く分かりませんでしたがかなり小さめの体型でしたね」
(あやつに押し付けおったな)
(転移させられたのは間違ってないとは思いますが……)
俺が話す特徴は全てあの悪魔憑を使っていたものの特徴である。あいつのせいで帰宅ならぬ帰キャンプが遅れたのだ。挙げ句の果てにあいつのせいで俺は創造魔法を失ったのだ。是非とも捕まって欲しいところだ。
「少し怪しいがそれはこちらで調べておこう。転移した先は良く分からないが、起きた時には気絶していて、見張りのものから転移石を奪い、そこから逃げ出した。この情報で間違いはないな?」
「ああ」
「しかしそうなれば生徒の安全のため遠征を中断しなくてはいけないのだが……」
「ちょっと待ってください!」
そこで待ったをかけたのは金髪の子、ミリュであった。エプロンとバンダナを着ていて冒険者という服装ではない。
「私達は順調に五階層を突破しました! 明日には攻略を達成できるはずです! ですから……あと一日だけでも!」
「し、しかしな……犯罪者が近くにいるとなるとお前らにも危害が及ぶ危険性があるからな」
「ここを守るのはユウの仲間達がやってくれます! そうだろ!ユウ!」
「……えっ?」
まさかの展開である。俺は難所を超えたのである程度安心していたが、ここで巻き込まれるとは思わなかった。アルトもシーナもレムも何がなんだか分かっていない表情だ。
「……三時間までだ」
「えっ?」
「ご飯を食べたあと、三時間以内に帰ってこなければ遠征は終了だ。さっさとご飯をつくらんか。さらに夜が更けるぞ」
「……!! ありがとうございます!」
「先生ありがとうっ!!」
そういってリンクス達は喜びながら煮炊きをしている場所へ戻る。その程度の時間の間なら、闘技大会にて元一位と現在一位のアルトもいるし、犯罪者がきても守りきれると感じたのだろう。リンクス達からしたら相当良いのだが、今すぐ帰りたい俺達からしたら面倒くさい気分でいっぱいである。
余談だが、ここで俺が時間を測れる機械、いわゆる時計を装備していた先生を見て、どこで手に入るか聞いたら普通に売っていると返された。帰ったらしっかり探してみようと思う。
「はぁ……すまなかったな」
「俺は別に構いませんよ。早くご飯を食べて寝たいだけなので」
「僕も大丈夫!」
「ワタシも……です」
「私は少し疲れたので先に戻らせてもらいますね」
シーナはそそくさと女子テントの中へ歩いていった。悪魔憑の効果が出てるのではないかと心配だが、心配しすぎるのも迷惑な……はずだ。あくまで俺個人の考えだが。
「さっさと攻略して欲しいものだな」
俺達は既に攻略しているので人数分の旗は俺の召喚魔方陣の中へ入っている。これをリンクスに渡せば
いいという考えはあるのだが、あのリンクスはそのような実績が欲しいのでなく、仲間と攻略する、という思い出が欲しいので旗は受け取らないであろう。
「飯ができたら呼んでくれ。俺も少し疲れてしまってな」
「了解……です!」
布団が柔らかくないのは残念だが、気絶ではなく、しっかりと眠るのは数日ぶりかも知れない。ゆっくりさせてもらおう。
「あっ、ユウ……」
「ん? なんだ?」
アルトを見ると俯きながら両手の人差し指をツンツンと合わせたり離したりしている。何かを恥ずかしがっているようだ。また俺は道を間違えたのか? いやそれはないか。目の前のテントへ向かうのに道を間違えたとなれば方向音痴を極めているといえるだろう。
「あの……あのね……」
「あると? どうしたの?」
「……やっぱなんでもないっ!」
「あると!?」
そう言ってアルトは森の奥へと駆けていった。お手洗の方向であったのでトイレへと向かっていったのだろう。どうした? と聞くのは無粋である。
「ゆっくり寝るか」
「ゆう?! 追いかけないの……?」
「女の子にも色々あるだろ? それだよ」
「なんで……ゆうがわかるの?!」
「おいおいナミカゼ。そういうのはどこから知っただろうな?」
「だ、誰だってお手洗いぐらい行くだろう?」
「あっ、やっぱりわかってない……です」
「なんだ、気のせいか……」
まさかとは思うがこの世界ではそのような女性に関する知識は男性は理解していないのだろうか? 念のために考えた事とは違うことをいったが、その考えは正しかったらしく、二人は落ち着いていた。先程の考えは気軽に口を出してはいけないようだな。
「じゃ、飯ができたら起こしてくれ」
再び歩きだしテントへと向かう。今度こそ至福の睡眠という時間を過ごせるはずだ。とにかく内容が濃すぎる遠征であったな。
~~~~~~
「国王様っ!! 如何なされるおつもりですか?! このままでは戦争に勃発しかねません!」
「人間はこうやっていつも面倒ごと持ち込んでくるな……」
いま獣人界の王宮では非常に慌ただしいことになっていた。その原因は王宮内で 誘拐 という事案が発生した為である。大臣が誘拐されただけでも大事であるのにもかかわらず、他国の人間が連れ去られたとなれば国際問題に発展しかねない。精鋭の調査隊を既に出しているが、そこについている匂いを分からないようにする白い粉がそこら中に振りまいてあり、匂いを追って調査することは不可能であり、犯人が向かいそうな場所を模索することしか出来ないので、非常に困っていた。
「国王様! 王宮の完全封鎖が完了しました!」
「うむ、ご苦労。さてここにいるお前たちも重要な参考人だ。誘拐について知っていることを詳しく話してくれ」
今ここの大広間には数百人に及ぶ獣人がいる。僅かでも情報を得るため、大臣の姿をみたもの、人間の姿を見たもの 全員 にきてもらった。それほど今回の件は途轍もなく重要なものなのだ。しかし獣人も犯人扱いされているということで完全封鎖と言う言葉に慌てるような声が多数上がる。
「完全封鎖ってどういうことだ?!」
「まさか俺たちの中に犯人がいるとでもいうのか?!」
「もう帰りたい!!」
「ええい落ち着かんか!! もしもの話である! 儂は少なくとも犯人はここにはいないと踏んでおるが、万が一の可能性がある! どうかご理解してほしい!」
国王も一生懸命に声を張り上げたが、落ち着く様子はない。見ただけであるのに犯人扱いされているということで会場は怒りのようなオーラで充満していた。これでは全く話が進まない。
「落ち着け。獣ども」
扉を開ける音とともに機械で大きくなった音と、冷静であるその声は辺りの温度を一気に下げる。何故ならそのものは封鎖されたこの空間の扉を開けたのだ。そしてそのものは真っ直ぐに歩いていき、国王のもとへと向かう。獣人たちは白と黒がはっきりと別れている髪色と、その者が纏う覇気により後ずさりし、ごちゃごちゃしていた会場に道ができる。
「な、なにものだ……貴様っ」
その者は獣人ではなく人間の男性であり、どこか大変なものを従え、使いこなすような雰囲気を感じ取れた。ただでさえ封鎖されたこの空間、なおかつ獣人の国であるこの場所に来たのは不審者以外のなんでもない。しかし、最強のものであるここの国王でさえ、声をはっきりと出すことは出来なかった。
「さてと、このボクが、今回の事件についておはなししてあげよう。ただ、この空間にいる人は全員僕の聞いた話は他言しないように……ね?」
これだけの獣人がいながら、全員で掛かっても彼に負ける可能性の方が大きいと感じ取れるほどの威圧感。その人間の言葉を否定するものはいなかった。
~~~~~~
「頼むアル! シーナ!」
「僕はいいけど……シーナはどうするの?」
「私は報酬を貰えればそれでいいです」
「クラスメイトなんだからさ!お願いシーナっ!」
テントの向こうからきこえるそんな声を聞きながら脳内で色々と情報を貰っていた俺であった。この世界における竜人についてだ。
(なにより竜人は戦闘に関する頭の回りが凄まじく早いのじゃ)
(あれでか)
(普段は、ですね。マスターの十八番である挑発作戦は竜人に対して とても有効です)
(なるほどな挑発に乗りやすい、と)
(勿論、挑発を気にしない者もいるので注意じゃな)
竜人はリューグォのような奴らといえる。プライドが高いらしいのでとことん挑発すれば攻撃が単調になるのだろう。さて次は勇者と竜人の関連性について聞いてみようかな。その考えを口にだそうとした時にバサっとテントの入口が開けられる音がする。
「ユウ! いるか?!」
「人が寝てるときに起こしに来るなよ……なんだ?」
「良かった、起きてたか。ユウ、お前にもダンジョン攻略に協力して欲しい」
だいたい予想はしていたが、リンクスはこのお願いをいうためにテントに来た。勿論俺は断らせてもらうつもりである。一度攻略済みのダンジョンへ向かうつもりはなし、なにより疲れている。筋肉痛も酷いしな。
「悪いが遠慮させてもらう。久しぶりに無理して筋肉痛がしんどいのでな」
「なら……魔法だけでもっ!」
「リンクス、何を焦ってる?」
「っ……」
恐らくリンクスはダンジョンを攻略するのに焦っている。その理由はいつもの彼の調子ならなんら緊張をせずにダンジョンに向かうはずだが、今回は表情から緊張が感じ取れる。初めての攻略が間近であるためなのか、それとも時間制限によるものか。どっちにしろ冷静ではない。
そのため俺は水をかけて冷やしてやろうと水魔法による水球をつくる。…… って俺はまだ状態異常を解除していなかったな。恐らく状態解除で治る筈なので彼が出ていったら使っておこう。
「くらってみるか? 少しは頭が冷えるぞ」
「……それは外でやってくれよ」
少し考えた表情の後、普通な意見で返してきたリンクス。どうやら少しは落ち着いたようだ。
「別に攻略できなくてもいいじゃないか。どうせ来年もくるんだしさ」
「だけど、ダンジョンは最下層以外は毎年中身が変わる!今日を逃せばチャンスはないっ!」
「また皆でくればいいだろ? なにもここまでする必要は……」
「俺は、今日攻略したいんだ。皆で」
必死さは伝わるが、俺のことを動かすにはまだ説得力足りない。ソラとファラに任せようとしたら「「行きません」」と、語りかける前に拒否られてしまったので諦めた。こいつのお願いを真正面から切り捨てるのもなにやら悪い気がするので仮病を使うことにした。
「ぐっ? お腹がっ……」
「っ 大丈夫か?!」
本気で心配してくれた。なんかこちらの方が罪悪感が大きい気がするが、始めてしまったので中断するには遅い。
「お腹が痛いが……とりあえずアドバイスだ。時間が惜しければできる限り魔物とは戦うな。それだけだ」
「?! だが授業では……」
「これは課程ではあるが、授業ではない」
「っ!?」
リンクスは凄まじく衝撃を受けたようで、驚きの表情を浮かべる。どうやら馬鹿真面目にエンカウントする魔物全員と戦っていたらしい。
授業の教えでは、出てくる魔物はどんなやつでも全員倒せと教えているが、俺はそんな面倒くさいことはしない。ずっと倒していたら日が暮れるのは当然のことだろう。ダンジョンは魔物の発生地と呼ばれているのだから。
「そ、そうだよな。まったくなんで俺は気がつかなかったんだ……」
「ほら、早く行け。時間なくなるぞ?」
「おう! ありがとな!ユウっ!」
そういってテントから出ていき、会話した声が聞こえたあと、彼らはダンジョンに潜って行ったらしく声は聞こえなくなった。もう眠いからあとでソラとファラに聞くことにしよう。あと三時間で帰宅だ。それまでゆっくりしていよう。
高覧感謝です♪