第104話 包囲網から逃走
俺の言葉を聞いて、レムは凄まじくショックを受けたようで思いっきり目を見開きつつ、疑問を浮かべた表情をする。そんな表情は見たくないが、その表情は俺が作らせたのだ。しっかりと理由も説明しておかなければ。
「レ……ごほん。シルヴァルナ、お前はもうここでゆっくり生活していい。俺たちのことは……忘れてくれ。お前が俺たちと一緒にいる理由はもう……ない」
視線を逸らしながら言葉を小さく紡ぐ。最後までぎりぎり言えたが、途切れ途切れだ。こんな状態なので相手の顔は見れない。こういう時には目と目をあわせて話すものだが、なかなかできなかった。
「ゆ……う? ……なんで……そんな……こと……」
彼女の声も俺の震えていた。しかし、レムを保護した最初から決めてたはずだ。これが最前の手立てであり、いずれ別れる日が来るのは分かっていたはずなのだ。
「……この錠をはずしてくれ。八岐大蛇は俺たちが仕留める」
「くははっ、なにをいっているのだ? 八岐大蛇は贄を出さなければ鎮まらない!勿論我々も出す気等ない。あの化物から逃げればいいだけのこと。それに貴様たちも、八岐大蛇に食われる前に、我らが殺し尽くす!!」
「ぅ……っ……皆……もう……やめて……っ」
意識を切り替えて次へと向けて会話を切り出すもこの、獣人達は相変わらず俺達を殺そうとするので、会話はいつまで経っても平行線だ。
ルナと呼ばれる狐人はレムを尻尾で優しく包んだ後、そのまま彼女の元へ連れさられる。顔は涙で一色であった。その顔を見た途端、俺は連れ戻そうと大きく揺らいで――アルトが肩を掴んで止めてくれる。
「ユウ、落ち着いて。いずれこうなる分かってた……でしょ?」
アルトも顔は真面目なもののとどこか寂しそうなオーラが漂っていた。この時やっと気がついた。俺は冷静な状態ではなかったのだ。まだ心のどこかでレムを連れ戻そうとしている気持ちが働いているような気がする。
「……悪い。アルト」
「さて、まずはここをどうにかしなければ行けませんね」
周囲にいる敵意を持った獣人全員が弓の弦を引き、いつでも放てるように準備をする。どうやら指示さえあれば本気で射つつもりであるらしい。
それに応じてシーナも杖を構え弓の攻撃に備える。ここから逃げたとしてもこの手錠はどうしたらいいものかな。
「何か言い残すことはあるか? 人間ども」
「ユウの手錠を外して欲しいな」
「その弓を放とうとする行為を中断していただけませんか?」
「…………」
狐人は命乞いを望むのかと思ったのだろうが、俺達は至って冷静に言葉を返した。その言葉を聞くと、獣人達はバカにされたと感じたのか、酷く怒ったようすで声を荒らげた。
「ルナ様! こいつらをもう殺していいのでは?! 」
「人間が魔法が出来るとはいえ、先程の魔法はかなり魔力を感じとりました!! あいつらの魔力はもう限界が近いはず!」
「……最後まで我らを愚弄するとは……愚かな」
狐人の獣人である彼女は腕を振り上げ……下ろした。
その合図見た獣人たちは全く乱れず、綺麗に揃って一斉に弓矢を放ち始めた。
飛来するものは特に何の変哲もなさそうな弓矢だが、一応毒がぬられている可能性も考慮すれば、目の前にいる彼女の前に立ち二人を守りきるのが最善の策であろう。これから先のことを伝えるため、俺は前に立ち、障壁を貼りつつ言葉を伝えた。
「アルト、シーナ。ここから離脱するぞ」
「了解しました」
「分かっ……たっ!」
弓矢の雨の第一陣の後、第二陣に対してアルトとシーナは同じく風魔法を使用し、弓矢を強い向かい風により地面に落とさせる。シーナは人間の中でも凄まじく強い分類であるし、アルトに至っては魔王である。この程度で魔力切れは起きない。
先程とは変わらずの威力の嵐があたりを蹂躙していく中、先程とは違うことが起こった。この風の中突進してくる獣人がいたのだ。
「うおおおおっ!!」
気合で駆け抜けた白豹のような男の獣人は大きな大剣を振りかぶりながら、魔法を唱えているシーナに向かい突撃してくる。小さい子から狙うのはやはり当然といえることなのか? 勿論このままにするわけにはいかない。
重い金属同士がぶつかる音がすれば、見たこともないぐらいの量の火花が目の前で散る。火花が散る理由は俺が大剣の攻撃を手錠の鎖の部分で受けたので、摩擦によるものだ。これでもなお、壊れない。
「ぐぅぅ……!!」
凄まじく重い攻撃に俺は思わず唸る。肩が外れたかと思ったが、案外平気であった。俺の靴は若干地面に陥没している。素手で受けたなら、間違いなく潰れて、叩き切られていたいただろう。獣人の身体能力はやはり凄まじいものだ。
「っと、助かりました。《風槌》」
「ぐぁっ!?
吹っ飛んだのは俺ではなく、白豹のような獣人だ。顔に攻撃を受けたのか、少しだけ顔がへこんでいたような気がした。シーナの魔法は塔にいた時より格段に威力が増しているのも感じ取れたので、俺がいないあいだに何していたんだろうか。
「ユウには……触らせないよ!」
アルトは風魔法を多重発動したようで、未だに飛んでくる弓矢を逆風で防ぎつつ、近距離にいる獣人をつむじ風で近寄らせないという凄まじい技を魅せてくれた。魔法は一つ使用するだけでも集中力が必要なため、多重発動とはかなり難しいものなのだ。
例えるならサッカーのリフティングをしつつ、バスケのハンドリングをするということなのだ。それを全く疲れを感じさせないで維持するのはやはり彼女は魔王という立場に不服がないということが良く分かる。
「とりあえず、ここから離れましょう《大嵐空間》」
「くそっ?! まだここまでの魔力が?!」
「逃がすな!!」
狐人の悪態を耳にしながら俺達は一目散に気配の下へ走り出す。勿論目指す先は八岐大蛇の場所へだ。こいつらは怯えていることからそこまでついてくる事はないだろう。風を巻き上げる空間により、獣人は足を止め、悪態を吐いている。
「ゆう……みんな……ワタシ……ワタシ……」
レムの事が非常に気になるが、これでお別れだ。彼女の為……なのか? 良く分からないが俺はそう考える。本当にこれでいいんだよな?
「さよならだ。レム、そしてシルヴァルナ」
俺のつぶやきは恐らく風にまぎれて消えていっただろう。
~~~~~~
八岐大蛇であろう気配の元へ向かいしばらく森の中を走っていると、再び地面を揺るがせるほどの大きな声が俺達に向かい、届く。
『グォォォォォオオォァ!!』
「っ……うるせぇ」
「なかなか気配が強くなってきましたね。威圧感も増したような気がします」
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だよね」
俺達は獣人が追ってきていないことを知り、ゆっくりとスピードを下げる。レムのこれからのために八岐大蛇を倒しにいくのだ。決してこの国の為ではない。
「あ…………」
シーナとアルトは俺への視線を送ったまま固まっている。どうしたのか、と言いかけた時、その視線は俺の後ろに向いていることが分かった。二人は睨みつけるような目でその先を見ている。その視線を不思議に思い、俺も後ろを見ると――
「グォォォァァァ!!!」
「結構間近に居るもんだな。それに」
「かなり、おっきいね」
「あれが今回の目標ですね」
俺たちが見上げているのは、ここから5km程離れた場所に沢山の龍……というか蛇のような体を思わせる首に竜のような顔つきをした頭が五つ。そして徐々に増えるように地面から生えて、ついに八つの頭が出てきた。感想としてはとにかく、でかい。一本あたりの首だけで1kmぐらいあるんじゃないかって思うくらいに長い。それが、八体。体は森に隠れていて見えないかま、あれだけ俺は倒すとおおごとをを叩いていたがここまで大きいとは思わなかったな。もちろん負ける気なんてないが。
(のう、主殿。いい加減出してくれぬか?)
(見ているだけじゃ嫌です。ぷんぷんです)
「……忘れてないからな?」
これまで忘れていたわけじゃない。状況がなかなか厳しかったので召喚しないでおいたが、今なら大丈夫だろう
「でてこい」
「?」「?」
アルトとシーナは何のことだか分からないようで疑問の目を送っているが、そんなことはお構いなしに黄金の魔法陣は展開する。元気よく出てきた彼女達はかなりドヤドヤしながら腕を組みつつ、仁王立ちしていた。彼女を召喚した時はいつもドヤ顔な気がするなな。
「ふっ、召喚に応じてきてやったぞ?」
「アルトさん、シーナさん、どうもはじめまして、挨拶が遅れてしまったのでびしっとします」
「ユウ、これが聖霊なんだよね? しかも片方……僕より」
「ああ、しっかりと契約は交わした。一応こいつらは聖霊らしいぞ」
「一応じゃなくて、れっきとした聖霊じゃ!」
「……シーナさん、貴方とは相当気が合いそうですね」
「私もそう思っていました。よろしくお願いします」
アルトの視線は胸部を、じっと射抜いていた。こんなことを言ってしまうとのもなんだが、胸はアルトより大きい……はず。
シーナとソラにしては、もう既に硬い握手を交わしている。どこか雰囲気が似ているところとあるから仲良くなれそうと言ったのは根拠のあるものだろう。
「……そうだ! ユウ! 手錠といてあげる!」
アルトがぼそぼそと何かを最初に話していたが聞こえなかった。そして、手錠を解くといっても、力ではなかなか壊れないし、非常に丈夫な拘束具なのだ。鍵はないので、鍵をで開けることは不可能だ。ならどうやって?
アルトは指ぬきグローブをつけている手をら漆黒とも呼べる どす黒い魔力 を手に纏う。魔力密度、使用される魔力は凄まじく大きい。
「アルト……お前また実力を上げたか?」
「僕はもう無駄には魔力使いたくないからね。こういう時はちゃっちゃと終わらせるのが一番!」
彼女も彼女であの聖霊との戦いでいろいろと学んだようだ。アルトも絶好調であったならレオも倒せたかもしれないが、戦う前に魔力を無駄に使用していたことが敗北への足かせとなったことを知り、彼女なりに勉強になったのだろう。
「さぁさぁ! 手錠をだして?」
俺は指示に従い、手錠の鎖の部分を広げてどんな方法でこのかっちかちの防御力がある手錠を壊すのだろうか。
「じゃ……いくよ!……はぁぁぁっ!!」
アルトは鎖の部分を指ぬきグローブの方で掴むと、火花ではないものの、何かが飛び散っているようなモノが確認できた。その色は何やら黄色をしていた。その黄色の火花のようなものが収まると
「……ふう。これで終わり!」
パキッと音がすると、この文字通り鉄壁の防御力を誇る手錠があっさりと鎖の部分を潰されて、俺の手首にかけられていた手錠も突然半分に割れて、手首は自由になる。
あれだけ硬かったのに素手で握りつぶしたのか?ガラン、ガラン、と重々しい音が二つ。手錠となっていたところが地面に落ちる音だ。俺の視線は手首から離れられない。
「アルト、これ相当硬かったはずだが……」
「ふふん。褒めてもいいんだよ?」
そういってアルトは胸を張る。だが、俺はあれだけ硬いものを片手で壊したとい、未だに信じられない真実にしばらくぼんやりしていた。
ご高覧感謝です♪