第103話 本当の幸せ
この場所は普通なら、朝日の木漏れ日と朝露が見事に合わさって非常に幻想的な雰囲気であっただろう。普通であったなら。
ただ今の雰囲気は色々な意味で危ない状況になっている。
「ユウ……拘束プレイ好きなの……?」
「いや違うから」
まず一つ目に、久しぶりに再開したアルトに俺がそのような性癖があると思われていることだ。今の彼女たちの視線はとても痛い。弓矢より鋭く、障壁で防御できない視線が俺を貫いている。俺は無罪なんだ。
「お前ら、頼むから勘違いしないでくれよ? それと、この状況で察して欲しいところなんだが」
「ユウナミ、貴方はやる方だと思っていましたが……逆でしたか」
「違うから……」
「全員! 弓を構えよ!!」
シーナの目線もいつもより冷たい。勘違いを解こうとしていたら、カインと呼ばれた獣人が一喝する。その喝が効いたのか、獣人たちは我に返り再び弓を俺たちに向けて構える。
しかし、俺を狙っていた時とは圧倒的に殺意が薄い。というか全員が困惑している表情だ。更に不思議なことに、その視線は全員レムに向いている。
「久しぶり……ですっ!」
「おう、レムも無事でよかったよ」
この状況でもレムは とてとて とこちらまで駆けてきてくれて、顔を綻ばせる。やはり彼女の笑顔は癒されるな。手は勝手に動いて彼女の頭を撫でてしまっているが、今日ぐらいならまぁいいだろう。弓を構えられているというのに完全に余裕なレムである。強くなったな。
「気持ちいい、ですっ」
(主殿? ろりこんってやつじゃないのかの?)
(そういえばお前たち……その意味をわかってるんだよな)
(マスターはガッツリろりこん、ですね)
(止めてくれ)
「貴様ァァァァァッッ!!」
久しぶりの再会にほんわかしていると、何やら相当怒った形相でリーダーであろう長髪の銀髪の狐人が突っ込んでくる。素早さも俺が見た獣人の中で二番目に速い。弓矢はなにやら動揺しているようで獣人たちも矢を放つ気配はない。――って、この人病院の中で攻撃してきた人じゃないか。
彼女は九つの尻尾にそれぞれぼんやりとした黄金のエネルギーを纏とい、俺に接近しつつ、尻尾を全て俺に向かって振り放つ。
この攻撃なら手錠を壊してくれると思い、受け止める姿勢をとったところ――
「久しぶりなんだから、邪魔しないでもらえる?」
「私もまだなのですが、少しお待ち頂けますか?」
シーナとアルトが手のひらを向けて、お互いに風魔法を放つ。接近しようとするものを無理やり押し返すように放たれた旋風は、これまでで一番凄まじく、辺りにいる獣人と木々をなぎ倒してしまうほどの風力があった。
「くそっ――ッ」
なかなかのスピードで突っ込んで来た狐人も突風の影響で減速していき、やがて止まる。彼女たちの魔法が本気ではないとはいえ、二人の風魔法をを踏ん張って耐えているのは凄まじい体幹の強さと言える。
二人は風を放つのをやめると、白狐の女性は息を荒くしながら相変わらず俺にだけ敵意の視線を向けてきた。彼女からすれば完全に俺が悪役のようだ。
「貴様ぁ……私たちの子にぃ……なにをしやがったぁっ!!」
「私たちの、子?」
「ユウ……なんかしたの?」
「貴方は私たちでは飽き足らずあんな人まで……」
「お前らその言い方は絶対わざとだろ」
「何の話、ですか?」
レムは不思議そうな顔をしているが、獣人たちの視線は彼女に釘付けである。それに、先ほど妖艶な狐の女性が言い放った私達の子、というのも気になる。アルトもシーナもその言動のおかしさに気がついようだ。
――と、しばらく考え込んだ後にふと気がついたことがあり、完全に敵に対する態度をとっている狐の女性に向かって話しかける。
「おい、お前たちはレムを知ってるのか?」
「レム……だと? 忌まわしき黒髪にも関わらず、我らの子に名前をつけたというのか?!」
そう問いかけるとビシッと指をさしながら俺に更に恨めしい目を向けてきてくれた。
我らの子ということは、レムの汚れを知らないような雰囲気が敵対する狐の女性と似ているのも、髪色と尻尾の色と個数が同じなのも親子だからなのだろうか。
――いや、良く見たら周りにいる獣人だって髪の毛は白いし、尻尾もそれぞれ九本程度だ。
あまりにも分からないことが多すぎる。
「なぁレム、この人たちは記憶にあるか?」
「……わかり、ません」
彼女の声は震えていた。やはり、昔の記憶は思い出せなさそうである。アルトもシーナもレムの事が心配なようで優しく彼女の元へ寄り添った。
「だ、そうだ。レムの記憶は飛んでいるから確かかどうかは確証は取れないが……そちらはどうなんだ? 本当に、お前たちはレムのことは知っているのか?」
レムはまだまだ子供だ。無理に戦闘の世界に押し出す必要はないし、できる限り親元へ返したい気持ちはある。
彼女も一生懸命に強くなっているのは分かるが、そもそも自己防衛ができる程度強くなればいいと思うし、子供にしてはレベルだってもう異常なくらい高くなっている。無理に戦闘をさせる必要性は何処にもない。
それに、塔の攻略時のように、俺が力及ばず仲間を守りきれない時だってこれからも必ずあるだろう。なので、俺はレムを元の親御さんの所へ返すのが一番だと思い、この質問をした。
「当然だろう。誰の子だと思っている!? このルナ様の実の娘であるぞ!?」
カインと呼ばれていた獣人は、目を血走らせながら怒りをあらわにしつつ、他称レムの親こと、先ほど攻撃してきた女性へと手を向ける。確かに髪色、雰囲気はレムにそっくりだが、変身魔法というものがある限り代用はいくらでも可能だ。にわかには信じられないので俺はさらに質問をした。
「その根拠は? どこに証拠があるっていうんだ? そもそもお前らは赤の他人の仲間を家族だからといって、奪うのか?」
「当然だろう。この国では力が全て。弱き者は強き者に従う義務があるのだ」
「それに、私の子の証拠はあるぞ」
そういって、リーダー格の狐獣人がおもむろに胸から取り出したのは一枚の羊皮紙。丁寧に折られていて、大事にしているのかよく分かった。その紙を優しくゆっくりと開けば、今よりさらに頃の小さいレムと、その本人であろう女性、そして少し強面な男性が描かれていた。これって家族写真……のようなものだろうか。
気がつくと、ふるふると震えながらルナは涙ながらに話していた。
「これが……私たちが一緒に写れた最後だった。私たちの娘は最悪なことに、八俣大蛇の活動時期と、娘の贄の適正年齢が被ってしまった。この国の隠された掟として、【八俣大蛇が活動時期に入った際、適正年齢を満たす女子全員は必ず贄として差し出さなくてはならない。隠すものは死罪】と、ふざけた掟があってな。もちろん私たち、白狐族は猛反発し、あの王の元まで押しかけたものの……あやつの力は凄まじく、いとも簡単に我らは敗北し、私たちの大事な娘、シルヴァルナは王に連れ去られてしまった。何とか我々は残った者たちで、こっそりとこの村を築き、娘を必死で探したが――やはり、見つかることはなかった。お前たちが誘拐したのだから、それは見つからないだろうな。……お前たちは我ら全員の娘をレムと呼んでいるそうだが、本当の名前はシルヴァルナと言う」
「…………」
怒りを抑えながら淡々と話す衝撃の事実に、レムはかなり驚いているようで、さらに目には涙を貯めている。記憶が戻ってきたようだ。ぎゅっと俺の襟を掴みながら隠れるレムの手の内には、言葉では言い表せないような感情が込められていた。
しばらくの間無言が続いていたが、声のトーンが数段階下がり、再び俺へと視線が向けられる。
「だがそこで、事件は起こった。どこかで隔離さてれいたシルヴァルナが贄として運ばれる最中に、黒髪の人間と、その仲間の人間に襲われた」
「っ……!?」
レムはその時完全に思い出したようで、彼女の呼吸が荒くなっていくのを感じた。俺たちは優しくゆっくり撫でて、話の続きをおとなしく聞く
「獣人にとって、奴隷になることは死よりも辛い。我らは誇りがあるからな。それを奴らは、平気で踏みにじり、我らを痛ぶる。死のうとしても忌々しい首輪のせいで自ら死ぬこともできない。貴様にそれがどれだけ辛いかわかるか!?」
レムの場合、ひたすら拷問の日々であったため、心が折れてしまうのも無理はない。俺だって耐えられる気がしない。ただ、極端に辛いことは俺だってわかる。
「お前たちはっ! 贄に無理させられた彼女を助けたかと思いきや、さらに酷い奴隷売買にかけた!! 生きれるという希望の淵から……絶望へとたたき落としたのだ!! だから……お前たちは……絶対に許さないっ!!」
涙を堪えながら叫び続けるルナ。レムにはそんな過去があったのか。気軽に聞かなくて正解である。撫でていた本人を見ると、今すぐにでも泣き出しそうな目で、俺のローブへと顔をうずめた後に――
「ぁ……思い……だし……ました」
「レム……? 大丈夫?」
「無理せず思い出さなくてもいいんですよ」
アルトとシーナは本気で彼女の事を心配しているが、レムもレムで全て思い出したようである。フラフラと俺から離れていくと、フラフラは徐々に駆け足へ。どうやら彼女は本当にレムのお母さんであったようだ。まっすぐに狐人の所へ駆け出す。
「おかー……さんっ……!! おかー……さんっ……!!」
「おかえ……りなさいっ……!!」
二人はもう会えないと思っていたので、感動もとてつもなく大きいだろう。しかし、俺の中ではまだわだかまりが残っている。帰すのはいいとして、本当にこのまま返していいのだろうか? 再び八俣大蛇が出現したなら、再び贄となることもありえる。
「これで……いいんだよな?」
「ユウ、本当に……いいの?」
アルトもシーナも表情は決して明るいといえない。寧ろ何かの言いたそうな表情をしている。二人にもモヤモヤとした何かがあるようだ。
そしてレムも……いや、シルヴァルナも無事にルナを母親と認めたようだ。これでレムも戦闘から身を置く生活となるだろう。ここで……彼女とはお別れなのだろうか。いや、それでいいんだ。これも一つのイベントなのだから。
モヤモヤとした考えが心に積もっていく中、ついにこの場所への変化が起こる。それは、カインが仕向け、再び俺たちに弓を構えるよう指示したためだ。――っておい、この問題は解決だろ。
「……なんのつもりかな? 獣人たち」
「念のため聞いておこう。お前たちはなぜシルヴァルナ様と一緒にいた?」
「貴族の奴隷になっていたところを助けた。それだけだ」
「冗談もいい加減にしろ。黒髪とはいえ、人間の貴族に逆らえるほどの権力をお前が持っているとは思えない。よってお前らは貴族の使い、とみても……構わんな?」
「はぁ……? 貴方たちは実力を把握できないほど愚かなのですか?」
やはり獣人たちのは俺たちが助けたという事を信用できないようである。あちらにシルヴァルナが行ったので殺意は先程より感じるようになった。……どうしようかこれ。
その殺意にシルヴァルナが気がつくと、レムである部分が勝手に反応したようで、抱擁から抜け出す。
「っ!! お母さん……違うっ……!! ゆうたちは……私を助けてくれたのっ……!!」
「シルヴァルナ。貴方は洗脳されているのよ。今は、ゆっくり休みなさい」
「違うっ……!! ワタシは……洗脳なんかされてない……!!」
ルナの抱擁から完全に抜け出すと、俺たちの目の前で大きく手を広げ、弓矢から庇うような姿勢をつくる。なにかレムも吹っ切れたようだ。アルトもシーナも、中にいる聖霊の二人も驚いた声を上げる。
「「シルヴァルナ様!?」」
「おい、レ……シルヴァルナ。無理してこっちまで戻ってきて庇わなくてもいいんだよ。俺たちは俺たちで逃げられるし、お前はここでゆっくりと生活してればいいんだ――」
「それじゃ……違うの!!」
レムは涙がとめどなく溢れていた。黙って見ているのは正直かなり精神的にきついが、それはアルトやシーナも同じであろう。別れるなら、今しかない。これは、異世界での、イベントなのたまから。
俺は個人の意見では勿論のこと彼女と一緒居たい。それは皆も同じ。しかし、レム、そしてシルヴァルナの一番の幸せとは何だろうか? 俺たちと一緒にいるのが本当の幸せと言えるのだろうか?
引き止めたい気持ちを必死に抑えつつ俺は次なる言葉を放とうとしたその時。
『グァアォォォオオォォオオオォッッ!!』
という叫び声に近い鳴き声が激しく地面を揺らしながら鼓膜を破らんばかりの音量で響きわたる。木に止まっていた鳥たちも一斉に逃げ出して行った。思わず耳をふさいでしまうような爆音だ。ギリギリに気配探知には映るものの、レベル150以上の警告が鳴る。これってまさか?
「や、ヤマタノ…… オロチが目を覚ましたぁぁぁぁっ!!」
「そ、そんな……早すぎるっ!!」
「うそ……だろ……」
獣人たちは全員が全員絶望的な表情をしている。八俣大蛇が復活したということは、再び眠らせる為には、贄が必要ということだ。
そんな中、俺が出した提案とは酷く落ち着いたものであり、とても恐怖とは無縁のような表情で話す。
「アルト、八俣大蛇って意外とレベル低いから倒せそうだな」
「魔導書のあるダンジョンは全員がこれ以上だもんね。倒せなきゃダンジョンの一層で死んじゃうよ?」
「私は恩返しをするつもりで強くなりました。こんなものでは負けてられません」
周りが慌てふためいている中、俺達はかなり余裕な表情で立ちすくんでいた。そんなようすに親子二人は――
「ワタシも……行きます」
「駄目だ。シルヴァルナ」
レムは涙を袖で拭き取り、行く気まんまんである。だが、折角家族と会えたのに、わざわざ危険を冒す必要はあるのだろうか?
しばらく考えた後、俺はこう言い放った。
「レム、ここで親と一緒にまってろ」
ご高覧感謝です♪




