第9話
「……吸血ドラゴンの事を知っていた理由自体は簡単です。ラゼリス王国。ご存じですよね?」
「……ラゼリス王国。ブレウザッハに滅ぼされた……」
「……はい。そこの生き残りです。最後の決戦にも参加しておりました」
それを聞いてスノウは渋い表情を浮かべた。
ブレウザッハとの最終決戦においてはスノウ達PCの冒険者パーティ“蒼穹の探索者”が本命として吸血竜の王ブレウザッハと戦い、各国より集まった英雄豪傑がブレウザッハの眷属となる吸血竜の軍勢と対決。囮となって引き付ける役割となった。
“蒼穹の探索者”のレベルがトップクラスであることもあったが、ブレウザッハの力を押さえる真竜の加護を受けたのが彼らだけであったのが最大の理由だ。
あの戦いでは、英雄達にも少なくない犠牲が出ていた。
そこに参加していたならば、カレンの技量にも納得がいくし、スノウの事を知っていてもおかしくはない。
しかし……。
「……けど、なんで大陸の果てに?」
スノウから見ても、カレンはまだ若い。人間族であることをいれても、二十代前半くらいだろう。
それが、アムルディア大陸の東の果てで、隠遁生活のような生き方をしているのだ。
スノウが疑問に思うのも仕方ないだろう。
カレンもそれは承知しているようで、苦笑しながらうなずいた。
「……嫌気が……さしたのでしょうね……」
ぽつりと呟く。
「嫌気?」
それを聞いてスノウは蒼い瞳をカレンへと向けた。その横顔はどこか疲れたような表情だった。
「……あの戦いの後、わたくしは滅んでしまった故郷を復興すべく、かの地へと戻りました。最初は良かったのです。希望を取り戻さんと熱意を持った人々が集まり、それはうまくいくかと思われました」
けれど。
そう漏らしたカレンは辛そうに顔を伏せる。
「……生き残った貴族達の多くは、自らの益を追求する者達ばかりでした。むろん、民のために私財をなげうつ方々もおられましたが……」
「……」
その先は聞かなくてもわかった。
この機に成り上がろうとする者達が、力を弱めたライバルを放っておく筈がない。
「……わたくしは百英傑の末席に連なる者として、小さくない発言力を持ってはいました。ですが、それもあまり効果は無く、あまつさえ私を取り込もうと様々な手を打ってくるようになりました」
カレンは深くため息を吐いた。
「貴族はともかく、一般の人々からすればわたくしの言葉は強い影響力を持ち得ますからね。それを欲したのでしょう。……金品等の贈り物。恫喝を含む交渉。さらには男性まで送りつけてきました」
「……え」
スノウは呆気にとられた。
カレンはそのときの事を思い出してか、嫌悪感をにじませる。
「……合計で三人ほどでしたが、十にもならぬ子供までいました。しかも、わたくしに気に入られなければ命は無いとまで……」
スノウも嫌悪を強くする。
「……その様を見て、わたくしはもうダメだと思いました。そして……ここまで逃げてきたのです」
カレンはうつむいたまま自嘲ぎみに漏らした。
スノウにはかける言葉もなかった。
エルダーヴァンパイアドラゴンロード、ブレウザッハの脅威は、間違いなく世界滅亡級のものだった。
ブレウザッハの眷属一体をとっても、小さくない国がひとつ滅ぶほどの力を持つ。それが百を越えるような軍団を引き付け、生き残った百人の英傑達もまず間違いなく世界に誇れる英雄と言って良いはずだった。
だが、利権を求める貴族にとっては、喉元を過ぎるまでの熱さでしかなかったようだ。
命を睹して世界を守った英雄豪傑すら手札に出来るか否かで判断し、その為にならより弱い立場の人間の生命をも使い捨ての駒のように扱う。
人間の醜い側面を代表するかのような出来事だ。
憔悴したかのようなカレンの姿に、スノウ《由紀恵》はなんとも言えない顔になった。
「……そこまで聞かせてもらってなんだけど……良かったの? 話してしまって」
「……聞いて、欲しかったのですよ……。誰かに……」
呟くように答えるカレン。その言葉にスノウが得心がいったような顔になった。
カレンはまがりなりにも世界レベルの英雄だ。簡単に弱音を吐くことは許されないだろう。
けれども、英雄とて人なのだ。
超人じみた戦闘力を持ち、地形を変えてしまえるほどの大魔術が使えるとしても。
心が弱ってしまうときはある。
だれかに吐き出したくなるときもある。
しかし、カレンの周りにはそれを受け止められそうな人がいなかったのだろう。
世界に連なる英雄の愚痴を聞いてやれるのは……。
「……あたしか」
スノウは頭を掻きながら嘆息した。
知っている人間は少ないが、スノウはエルダーヴァンパイアドラゴンロード“ブレウザッハ”を倒した蒼穹の探索者の一員だ。
カレン達、百英傑からしても上位に当たると言える英雄である。
しかも、冒険者としての立場を守るために、百英傑を身代わりにしたようなものだ。
「……ごめん。あたしたちのせいかも」
「え?」
突然謝罪されてカレンは目を丸くした。
「……だって、あたし達の代わりになったようなものだし」
「……いいえ、そんなことはないです」
スノウの言葉に、カレンは首を振った。
でも。とスノウが続けようとするが、カレンはそれを遮る。
「……本当に、聞いて欲しかっただけなのですよ。それだけで、胸につかえていたものがとれた気がします」
そう言って笑うカレンに釣られるように、スノウも笑みを溢した。
が、その時。
炸裂するような音と共に、巨大な水柱が立った。
「なにっ?!」
「これはっ!?」
ふたりが見やるそれは、瞬く間に崩れ去り、瀑布となって海面を叩いた。
ついで、海岸から異形の人形が次々に上陸してきた。
「ギルマン!?」
「!」
スノウが身構えると同時につむじ風が集まり翠の魔剣がその手に顕れた。
カレンも腰から銃杖を引き抜き構える。
だが。
「……え」
「……」
ギルマン達はスノウ達に目もくれず、一目散に森へと向かう。
我先にとバラバラに走るその姿は、まるで何かから逃げるようで……。
と、スノウは悪寒を感じて海を見た。カレンも同様に、緊張に表情を強張らせている。
そんなふたりの目の前で、海の中から巨大なモノが出現した。