第80話
ばさりと羽音を立てながら、一羽の猛禽が舞い降りてくる。
「な、なに?」
「あれは……」
「……」
それを見てリンが目を丸くし、ケインが少し驚いたようにした。
対してミルカは少し目を細める。
『我が主の命によってあなた方を探していたのですが……』
三人の様子を気にした風でもなく言いながら下降してきたのは隼だ。
『……どういう状況ですか? ミスタ』
言葉を発する隼に目を白黒させるリンは話にならないと見てか、隼はケインへと問いかけた。
ケインはひとつ頷き、ミルカへと視線を戻す。
「……魔道具犯罪について調べていたのですが、敵の罠に嵌まったようです。ロンドは催眠状態。我々の力での打破は難しいでしょう」
静かにケインが告げると、隼は目を細めた。
『……なるほど。身の丈に合わない事件に首を突っ込んでピンチに陥ったと』
「……なかなか痛い指摘ですね」
隼の言葉に、ケインは苦笑した。
と。
『むっ?』
隼が大きく羽ばたいた。
彼が位置を占めていた場所を、光の矢が通過する。
黒い鎧を纏ったミルカが、手にした銃杖で攻撃したのだ。
「……今のを避けますか。なかなか性能の良い錬金従者ですね?」
『お褒めに預かり光栄ですお嬢さん』
ミルカが微笑みながら言うと隼が返した。
互いに隙は見せない。
と。
「ロンドを返してッ!」
叫びのままに、盗賊の少女が短剣片手に躍り掛かった。
盗賊の職能は、素早さにボーナスが得られる。その速度はケインに反応できるものではなかった。
しかし。
「……」
「がふっ?!」
リンが短剣を振り降ろすより早く、ミルカの楯がそのみぞおちに食い込んでいた。
肺の中身をすべて吐き出し、そのままリンは吹き飛ばされてしまう。
「リンっ?!」
ケインは思わず叫んだ。反射的に呪文を素早く唱え魔力の矢を撃ち出す。
ケイン自身信じられないほどに早い詠唱だ。
だがそれでも。
ミルカが無造作に振った楯によって弾かれてしまう。
さらに、黒い甲冑の少女神官が銃杖をリンへ向けた。
「くぅっ?!」
ケインは身を投げ出してリンを庇いたかったが、魔法を行使した為体勢が整わない。
そして青年の目の前で、少女に向けて光弾が放たれ……る直前に、黒い神官を牽制するようにして風の刃が疾った。
「……っ!?」
ミルカはとっさに楯を掲げて風の刃を受け止めた。
刃は砕け、楯の表面を削るようにしながら四方八方へと飛散する。
実質的なダメージは無いものの、攻撃を綺麗に邪魔された形だ。神官少女が空を見上げる。
『私を忘れてもらっては困りますね? お嬢さん』
ミルカが見上げた先には、隼……ラファールの姿があった。
「……錬金従者にしては大した威力の魔法だわ。よほど優れた制作者のようね?」
『主をお褒めいただくとは、従者としてこれ以上無い誉れでございます』
ミルカの言葉に仰々しく答えながらラファールが大きく羽ばたいた。
突風が刃となり、ミルカを襲う。
だが、風の刃は黒い楯に激突し霧散する。
「くっ」
その隙にケインはリンを受け止めようと走りだした。
しかし、元々運動が得意なわけではない彼の足は、素早く動かなかった。
そして目の前でリンが地面に叩きつけられ……る直前に、二本の腕がリンの華奢な体を掬い上げた。
白銀の鎧をまとった女騎士が、スライディングするように滑り込んだのだ。
「セ、セーフ……」
そのまま一メルク半は滑っていって停止した女騎士は、腕の中の少女の姿に安堵の息を吐く。
「レクツァーノさん!」
ケインは女騎士……サーシャ・レクツァーノの側へと走った。
その間に、サーシャはリンに回復魔法を掛けていた。
「……これで良し」
リンの顔に血の気が戻ったのを確認して、サーシャは頷いた。
そこへケインがやってくる。
「すいませんレクツァーノさん……」
「話は後。リンちゃんをお願い」
申し訳なさそうなケインを制し、サーシャは盗賊の少女を彼に預けて立ち上がった。
聖騎士たる彼女が正面を睨む。
視線の先にはミルカが悠然と立っていた。
と、サーシャのとなりにラファールが舞い降りてきた。
『申し訳ありません。私の魔術では傷一つ着けられませんでした』
「……気にしないで? 気を引いてくれてありがとうラファール。後ろの二人をお願い」
『かしこまりました。御武運を』
サーシャの指示に答えた隼は、そのままケイン達の元へと飛んでいった。
その間、サーシャは目の前に佇む黒い鎧の少女を見つめていた。
テーブルトークの時なら識別判定をしているだろうが、あいにくとサーシャは賢者を経由していないし、知力に成長ボーナスをあまり割り振っていない。
判定したところで看破できるとは到底思えなかった。
と、ミルカが口を開いた。
「お初にお目にかかります、楯の聖女サーシャ・レクツァーノ。私はミルカ。ミルカナ・ロドヴァイス。猜疑心の神、マウレアの神官です」
ミルカ……ミルカナの言葉に、サーシャは目を細めた。
胸の内に、静香のものではない強烈な嫌悪感が込み上げてきた。
肉体を静香に預けて休眠しているはずのサーシャのものだろう。
猜疑心の神、否、邪神マウレアは疑念を撒き散らし、不和と裏切りをこの世にもたらす邪神だ。
神と邪神が戦ったいにしえの戦でも、そのちからで疑心と不和を撒き散らし、裏切りや同士討ちを誘発して神々を苦しめたという。
そのせいかマウレアは七神すべての信者に敵視されているという。
「……邪神の神官が交易都市でこそこそしてるなんてね? 何を企んでいるの?」
「いえいえ~。私は上司の指示で味方のお手伝いをしているだけですよお♪」
強い声音で尋ねるサーシャに、ミルカナは笑いながら答えた。
その真贋を見分けるのは難しい。
と、楯を手にしたサーシャの左腕が跳ね上がった。
同時に光弾が弾かれ、あさっての方へ飛んでいく。サーシャの脇からわずかに見えたリンの頭に向けて、ミルカナが目にも止まらぬ早さで銃杖から光弾を放ったのだ。
だが、サーシャはそれを見事に防いだ。これを見て、ミルカナは目を丸くした。
「……早撃ち《クイックドロウ》には自信があったのですが……」
「舐めないで欲しいわね?」
信じられないという面持ちのミルカナが漏らした言葉に、サーシャが返す。
ふたりの間に緊張が走った。




