第8話
「…………」
「……あー」
スノウの不審そうな様子に、カレンはバツの悪そうな顔になった。
「……え、と、事情は後でお話しします。今は村へ急ぎませんか?」
なんとかひねりだしたようなカレンの提案に、スノウ《由紀恵》も、ハタとなりうなずいた。
「……ですね。応急手当程度は処置できましたが、重傷者もいます。急ぎましょう」
元来た道へと走り出すスノウの言葉にうなずいて、カレンも走り出した。
森を走るのが得意ではないカレンであったが、スノウの助けもあり、ほどなく漁村にたどり着いていた。
村人達は、仲間の遺体火葬にしたり、壊された建物から荷物を引っ張り出していたところだった。
おそらく村を放棄するためだろう。
理由はわからないがギルマンが襲ってきたということは、古の村の安全性が崩れたということだ。
ならばいつまでも留まってはいられない。
「……やっぱり村を捨てちゃうんだ」
「……仕方がないでしょうね。ゴブリンと違ってギルマンを駆除するのは難しいですから」
悲しそうに呟くスノウに、カレンが沈痛そうに答えた。
ギルマン族は水中に棲み拠を作る。例え荒事に慣れた高いレベルの冒険者パーティであっても、水中でギルマンと対決するとなれば苦戦は免れないし、最悪全滅もありうる。
スノウとてひとりでは危険性が格段に高まる為、水中戦は避けたいところだ。
「……」
スノウはくちびるを噛む。
伝説級の冒険者とはいっても、状況次第では敗北は免れないことも多い。
「……みんなが……居てくれれば……」
悔しそうに呟く。
いつもの仲間達が居るならば、いくつか手はある。が、居ない以上どうしようもないのも事実だ。
「……わたくしは重傷者の治療にあたります。スノウさんはどうしますか?」
「え?」
不意にカレンに言われて、スノウはハッとなった。
呆けている場合ではない。
「……海岸線を警戒してます。戻ってこないとも限りませんから」
そう言ってスノウは海の方へと足を向けた。
ハイギルマンを倒したスノウの実力に、ギルマン達は手を出してこない可能性は高いが、ハイギルマンが居た以上、ロード種のギルマンがいる可能性が高い。
ロード種のギルマンはレベル20と、単独ならスノウの敵ではない。だが、雑魚のギルマンを率いた集団戦では侮れない力を発揮する。
さらにスノウは単独。
集団戦ペナルティが適用されれば、敗北も視野に入ることを、スノウ《由紀恵》は三度のロングキャンペーンでさんざん思い知らされた。
もし、ロード種が攻めてきたら。
それを考えてか、海岸へ向かうスノウ《由紀恵》の表情は固かった。
「……」
スノウが海を警戒しはじめて数時間。すでに陽は中天に差し掛かっている。
時刻は地光の刻(十一時から十三時頃)といったところか。
天候も良く、海風が気持ち良い。
「……お腹空いた」
さすがに空腹を覚えてか、小さく漏らす。
と。
「スノウさん」
その背中に声が掛けられた。
カレンだ。
「治療は終わったの?」
スノウは振り返りもせずに訊ねる。
だが、カレンは気にした風でもなくスノウの隣までやって来た。
「……ええ、おひとりは手遅れでしたが、他の方達はなんとか。とはいっても、本職ではありませんからね。早急にちゃんとしたお医者さんに診てもらう必要がありますね」
もしくは神官に治癒の魔法を掛けてもらうか。と、カレンは続けた。
その表情は固い。
「……そう」
スノウも表情を暗くする。
レベル33の強力な戦闘能力も、重傷者の治療には役に立たない。
スノウ《由紀恵》は、わかっていたはずだが、やはりやりきれないようだった。
「……それで? あたしに用?」
改めてカレンに訊ねた。
カレンはひとつうなずいて、手にした小振りなバスケットを差し出した。
「お昼です。それから色々とお話ししておきたいと思いまして……」
カレンの真剣な表情に、スノウも表情を引き締めた。
その瞬間。
きゅぅ~。
と可愛らしい音が響いて、スノウが耳まで赤くなった。
そんな彼女に、カレンは小さく吹き出してしまった。
海岸線を一望できる場所に二人で陣取り、並んで座る。
バスケットの中身はサンドイッチだった。
急にこの世界へと放り出され、それから目まぐるしく状況が推移したせいで忘れていたようだが、スノウ《由紀恵》は昨日の昼から何も口にしていなかった。
高レベル冒険者として体力に優れる彼女だが、それでも丸一日食事をしていないのは厳しい。
村に残されたなけなしの食材で作られたそれを、スノウは感謝しながら口にした。
「……後で改めてお礼を言わないと」
「そうですね」
スノウの漏らした言葉に、カレンが同意した。
そして、わずかな駿巡の後、カレンは口を開く。
「……まず何からお話しましょうか?」
「……そうだね。まず、あたしがあの吸血ドラゴンと関わった冒険者だって、なんで知っていたのか教えてくれる?」
あの冒険の無いようは、世に出ないよう厳重に管理されている。
ゲーム的には、絶対不可侵となる情報隠蔽の特殊ルールが適用されているはずだ。
それを越えて知っているということは、ゲーム内で重要な立場にあるか、もしくはTRPGのGMの意向でしっているかということになる。
とはいえ、スノウ《由紀恵》にしてみれば、現状はなかば現実に起きている事。
GMという存在がいまどうなっているのかもわからない。
ゲーム内のルールが、この現実感を伴う異世界においてどう適用されているのか?
それを知ることも、スノウ《由紀恵》にとっては重要な事柄だ。
そんなスノウの思惑を知ってか知らずか、カレンはひとつうなずいて話し始めた。