第79話
「ふふっ、かわいいでしょう? 私の優秀な端末、コピーゴーレムちゃんです♪」
おどけるように、にこやかに紹介するミルカ。
「こぴー……ゴーレム?」
ミルカの言葉に、リンは首を傾げた。聞いたことが無いという風だ。
だが、ケインの方は思い当たるものがあったようだ。
「……文献でしか知りませんが、やっかいな存在を従えてますね」
ケインの呟きに、ミルカが嬉しそうにうなずいた。
「ええ、ええ。とても優秀なんですよ? 相手の記憶から身体能力まで、完全に模倣するゴーレムなんです」
「……うそ……」
ミルカの説明に、リンは呆然となった。
個人を完全に模倣する。そんな能力を持ったゴーレムなど、にわかには信じがたい。
しかしこの二体が、先ほどまでは確かにリックとナバロフという二人の人間であったことは事実だ。
それが、ミルカの言葉を真実だと証明しているのだ。ケインの表情がさらに険しくなる。
「……“彼ら”は、リックくんとナバロフさんはどうしたのですか?」
「……あ!」
ケインの問いに、リンもそこに思い至った。
模倣。
つまり、元になった人物が存在するはずだ。
すなわち本物のリックとナバロフが。
ミルカはあご先に人差し指をあて、小首を傾げた。
「ああ、あの二人ですか?」
ひとつ頷き、ミルカが笑う。
「……ところで、コピーゴーレムちゃんには致命的な欠点がひとつありまして」
「え?」
ケインの問いの答えを示さずに、ミルカが再び解説を始めたため、リンは面食らってしまった。
しかしケインは、そんなミルカの挙動を見逃すまいと彼女を睨み続ける。
ミルカは右手の人差し指を立てながら、コピーゴーレム前を歩いた。
「……模倣は完璧なんですけど、その能力を発揮する条件が大変なんですよ」
そう言ってミルカはコピーゴーレムの脇まで歩いてくるんとふたりへ向き直った。
そして上半身を右に傾けながら笑う。
「なんだと思いますぅ?」
ゾッとするような気配を滲ませながら問うてくる彼女に、リンは困惑したような顔になった。
その隣でケインは嫌悪に顔を歪めていた。文献のみとはいえ知識として知っているようだ。
答えを待っていたわけでもなかったようで、ミルカは楽しげに解答を告げた。
「んふぅ♪ 正解はのーみそです♪ のーみそをコピーゴーレムに与えないと、模倣が完全になら無いんですよねぇ。あ、のーみそっていうのは人間の頭の中身ですよぉ♪」
「ッ?!」
それを聞いてリンが真っ青になって絶句した。
脳みそについての知識が無くとも、頭の中身と言われれば大体想像は着く。そして、頭の中身など取り出してしまえば。
「……そんなの……死……あ」
リンは呟いて気付いた。
そのコピーゴーレム二体は、先ほどまでどんな姿をしていたのか?
「……じゃ、じゃあリックさんやナバロフさんは……」
「はい♪ コピーゴーレムが食べちゃいました。ああ、食べたと言っても栄養になる訳じゃないんですよねぇ。その人の記憶や人格を転写するのに必要なだけでぇ」
「そ、そんな……」
わずかな時間とはいえ共に活動した冒険者。それがすでに死んでいたなどにわかには信じられないのだろう。
「んふ♪ こそこそ嗅ぎ回っていて鬱陶しかったんですよぉ。まあ、そういう人たちを始末するのが私の役割ですからぁ♪」
ニコニコ笑いながらミルカは楽しげに語る。
「……つまり、次々に調べに来た冒険者を誘い込んで殺し、さらにコピーして誘い込みに使う……そんなところですか?」
ケインの言葉にミルカは満足げにうなずいた。
「正解です! ケインさんは優秀ですねぇ♪ コピーではなくて、暗示で従わせたかったなあ。ロンドさんみたいに心に隙が無いと掛かりにくいんですよねえ」
困ったものだとミルカは嘆息する。
「察するに女伯の情報もでたらめで餌というところですか」
ケインが悔しげにつぶやくと、ミルカはキョトンとなった。
「いえいえ、情報は本物ですよ? 魔道具犯罪にはエルマ様が噛んでます」
あっけらかんと言われ、ケインとリンは一瞬反応できなかった。
「……それを信じるとでも?」
「ふふ♪ 良い猜疑心です。用心深く思慮深い。ますますあなたが欲しくなっちゃいますねぇ♪」
にらむケインに、ミルカは妖しげな視線を向ける。
リンは不安そうになってケインの袖を掴んだ。
「くすくす♪ その疑いの目♪ 素敵です♪ 『猜疑の王』の配下たる私には御褒美ですよ♪」
「……『猜疑の王』?」
ケインが訝しげになる。ミルカは失言とばかりに口許を押さえた。
「と、とと。喋りすぎましたかねえ? そんな訳で次のコピー候補あなた達ふたりです♪ ロンドさんはこのまま暗示を強めて洗脳しちゃいますからね♪」
「そ、そんな……」
ミルカの言葉にリンが衝撃を受けてよろめいた。
その細い体を、一本の腕が支える。
ケインだ。
「……リン、しっかりしてください」
彼はミルカから目を離さずにリンに声をかけた。
「どうにかしてこの場を切り抜けなければ、三人ともおしまいなんです」
「ケイン……でも……」
不安そうなリンにケインは力強く笑う。
「大丈夫。なんとかなります」
その顔に自身を垣間見て、リンはくちびるをきゅっと結んだ。
「……わかったよ」
背中に背負っていた愛用の弓を手に取り、矢をつがえてミルカへ向ける。
ケインとリンのそんな姿に、ミルカは楽しそうに両手を合わせた。
「いいですね♪ その信頼関係。けど無駄です。人間は猜疑心に満ち満ちている。信じ合う心なんて人間には無いんですよ。信頼なんて裏切られ、蔑ろにされ、踏みにじられるために存在するんです」
ミルカがそう告げて、両の手を離した瞬間、彼女の神官衣が黒光りする鎧へと変じた。
そして、右手には銃杖、左手には禍々しい装飾の楯が出現する。
「リンちゃん、信じても裏切られるだけですよ? ケインさん、彼女に自分を信じさせて満足ですか?」
言の葉が、ふたりに襲いかかる。
そして。
「ロンドさん。ケインさんは彼女を欲しているんですよ。あなたが成功して、彼女の気持ちが向かないように邪魔をしているんです」
「ロンド! 耳を貸さないでくださいッ! ミルカは魔道具犯罪者の一味です!」
ロンドに囁くミルカ。それを阻止せんとケインが声を張り上げる。
「ぐ……お、俺は……」
ふたりの言葉にロンドは頭を押さえて唸り始めた。
その心中では、二つの意思がせめぎ合っているのだろうか?
「やれやれ、時間が足りてませんねぇ。丁寧にやれればもっと素早く、完全に洗脳できたんですけどねぇ」
そんなロンドの姿にミルカは嘆息した。
「……まあ、あなた達二人のコピーでも、“楯の聖女”の隙は衝けるでしょう。そちらを優先させますか」
確認するように呟いて、ミルカが銃杖を持つ右手を振った。
静かに佇んでいたコピーゴーレム達が、その無貌をケインとリンに向けた。
それを見ながらもケインはミルカへ口を開いた。
「……それです。なぜあなたが我々と“楯の聖女”の繋がりを知っているんですか?」
ケインはそこが引っ掛かっていた。
“楯の聖女”ことサーシャがこの街に来たのは二、三日前。ロンド達との同道も大した日数ではない。
ロンド達新人冒険者とサーシャに繋がりがある事がそんなに早く広まるとは思えなかった。
にも関わらず、ミルカはロンドがサーシャに熱を上げていることすら把握していた。
まるで、ずっと監視していたかのように。
ミルカはひとつ頷いて、ケインに笑いかけた。
「そうですねぇ。ケインさんが優秀なので特別に教えちゃいましょう♪ 昨夜の騒ぎで私の仲間を追い込んだのが“楯の聖女”だったというのもありますが……」
ミルカは銃杖を玩ぶ。
「……もともとマークしていたんですよ。“楯の聖女”……いえ、隠された伝説の冒険者カンパニー、“蒼穹の探索者”を、ね?」
「? 彼女を……いえ、彼女が蒼穹の探索者? それをマーク……」
ミルカの言葉にケインは怪訝そうな顔になった。
蒼穹の探索者に関してはある程度の知識はある。細かいメンバーは知られていないが、冒険者カンパニーとしての知名度はそれなりにあるからだ。
それをマークしていたというミルカ。いや、彼女の属する組織にはどのような理由があるのか?
ケインには分からない。
「……なぜです? なぜ、かのじょたちを?」
疑問が噴出して口を衝いた。
「……我が王が、我が神が告げたのです。“祖は異界の魂を宿し者共。我らが宿願を阻まん”とね。そして……現れた。“楯の聖女”が。まさか“虚栄の王”の警護中に出くわすとは思いませんでしたが」
「……そこまで答えるということは……」
ミルカの答えを聞いていたケインには想像がついていた。
「ええ、あなた方はここで死にます。どれだけ情報を与えても、コピーゴーレムに食われてしまえばおしまいですから」
愉快そうなミルカが言うと、リンが息を呑み、ケインが表情を固くした。
「おしゃべりはここまでにしましょうかぁ。そろそろ、あなた達の生に幕を引くとしましょう。大丈夫痛いのは最初だけですからぁ♪」
ミルカがそう言うとコピーゴーレムが動き出した。リンが矢を放ち、ケインが光の矢の魔術を撃ち出す。
だが、コピーゴーレムは矢を避けてしまう。ケインの魔術は命中したが、大きなダメージとはなり得ていなかった。
そして両腕を刃に変え、ゴーレムがふたりに迫る。
「ケ、ケイン」
「くっ」
今にも泣き出しそうなリンを、ケインは励ましてやることもできなかった。
そして彼が覚悟を決めた瞬間。
『……これは、どういう状況ですか?』
天から救いの声が降ってきた。




