第77話
骸骨従者を退けたロンド達は、ミルカ達と共に調査を続行することになった。
が、その後の方針について揉めることとなった。危険度が高いことも踏まえれば、六人で固まって行動するのが良いと言える。
しかし、決して人通りが多いとは言えない貴族街において、武装した冒険者の小集団というのはかなり目立つであろう事は容易に想像できた。
そこでケインは、いったんミルカ達と共に真鍮の歯車亭に戻り、体勢を立て直すことを提案した。
だが、ロンドとしては、一刻も早く確証を掴みたい。
骸骨従者をけしかけてきた辺りは、警告も踏まえているであろう事は簡単に想像できた。
だとすれば、時間をおけば犯人は姿を消してしまうだろう。
そうなれば元の木阿弥だ。
その理屈はケインにも解ってしまうのだ。
結局、ロンドとミルカのふたりがかりでの説得にケインは折れざる終えなかった。
のちに、ケインはこの決断を後悔することになるのだが、神ならざる身で彼がそれを知ることはかなわなかった。
「……つまり、その聖女とまで呼ばれるエルマ・ランド・ハルミエンド女伯があやしいと?」
「そうなんだ。彼女はこの街から貧民を無くすために尽力したと言われているが、裏では貴族達を集めてなにやら儀式めいた事をしているらしい」
ミルカの仲間、リックの説明に、ロンドは眉を寄せた。
エルマ・ランド・ハルミエンド女伯は、この街でそこそこ名の知れた慈善家だ。
ハルミエンド伯爵家に輿入れ後、夫が亡くなるまでは目立たなかった。
だが、ハルミエンド伯が亡くなってからは貧民街の環境改善、事業推進による仕事の斡旋などで街に貢献し、その成果をもってみずから女伯に任じられた。
これによって跡継ぎが無く取り潰されるはずであったハルミエンド伯爵家を堅持する手腕を発揮した。
また平民や貧民にも分け隔てなく接し、貴族としても優れており、美貌の未亡人という事もあって上層から下層に至るまで人気も高い。
外からやってきた新参の冒険者であるロンドですらそのくらいの話を知っているほどに、この街では有名な人物だ。
それが後ろ暗いものを持っているなど、にわかには信じがたかった。
「……確かなのか?」
「私たちも半信半疑でしたが……」
結果は骸骨従者による襲撃というものだった。
「……だからと言って女伯が骸骨従者をけしかけてきたという証拠もないのでしょう?」
「……はい、残念ながら」
ケインの言葉を、ミルカはうつむきながら肯定した。
事実、女伯が黒幕であるという証拠は掴めていないのである。
あくまで様々な噂や目撃情報などをミルカたちが集め、検証した結果として浮上してきたのが女伯なのだというだけである。
「……相手が貴族である以上、確実に追い込めるだけの証拠が欲しいところですが」
「用心深いようでな。なかなかこれといったものは……。だが、今回は大きなリアクションがあったのは事実だ」
考え込むケインにリックは告げる。
骸骨従者による襲撃じたい、ミルカたちが真相に近づいているということに他ならない。
ロンドは大きくうなずいた。
「そうだな。なんとかして女伯の尻尾を掴もう。また襲撃があったなら、今度は術者を捕らえるんだ」
「ですね!」
ロンドの案に、ミルカは強くうなずいた。ミルカの仲間も同じようにうなずく。
だが、ケインの表情は固い。
骸骨従者の強さから判断すれば、術者の最低限の力量も見当は付く。
さらに言えば五体もの従者を作ったとなれば魔力の消耗も激しいだろう。
ケイン自身も従者は木製のものなら作れるし、どれだけ消耗するかも解っている。
ベテラン冒険者の魔術師であってもその身に内包する魔力の大半を注ぎ込んだに違いないのだ。
となれば、魔術師は魔力を回復しなければその力の大半を占める魔術の行使もおぼつかなくなる。
術者を捕らえるのは容易に思えた。
……しかし。
ケインは引っ掛かりを覚えていた。
確かに消耗した魔術師は大したことも出来ないのだが……なにか見落としているような気がしてならなかったのだ。
その事に思考を割こうとするが、ロンド達が聖女を訪ねると言い出した事で中断してしまった。
「正面から乗り込むのはさすがに危険でしょう? ロンド、ミルカ」
ケインは苦い表情でふたりをいさめる。
しかし、ロンドは首を振った。
「だが、そうすることでボロを出すかもしれないだろ?」
「そうですよ! そこを押さえればいけますよ!」
追従するようなミルカの言葉に、ロンドはうなずいた。
だが、ケインは頭を振った。
「冷静になってくださいロンド。この件は本来なら僕らの手には余ると判断されるはずのものです。危険度は今まで経験した冒険の比じゃない」
「だが、危険に飛び込まなければ得られないものもあるだろう?」
「そうですよ。“龍鱗を得んとするなら龍の巣”と言うじゃないですか」
いつのまにこれほど意気投合したのか、ロンドの意見にミルカが援護射撃を行っている。
それ以上に、ケインはロンドが頑なな様子であることが気になった。
「……いったいどうしてしまったんですか? ロンド。焦りすぎです」
「そんなことは……ない」
ケインの指摘にロンドは戸惑うような顔になった。
自分でも急いている事に気がついたのだろう。
だが。
「……もたもたしていると、掴みかけた黒幕の尻尾もするりと逃げてしまいますよ? ここは踏み込むべきです!」
ミルカが強い調子で訴えてくる。するとロンドは唸り始めてしまった。
ケインはそんな彼の姿に眉根を寄せた。
普段ならケインの慎重論もロンドはしっかり吟味して判断する。
冒険者としてもカンパニーリーダーとしても走り出したばかりではあるが、決して短慮な人間では無かったはずだ。
だが、今回の一件に関しては、ひどい視野狭窄に陥っているようにケインには見えた。
とっかかりはサーシャへの想い故の暴走だったが、今はそれだけではないように見える。
ケインは軽く思案してから口を開いた。
「……ロンド、やはり一度真鍮の歯車亭に戻りましょう。すこし落ち着いた方が良い」
「い、いやしかし……」
「何言ってるんですか? ここで引いたら犯人を取り逃がしてしまいますよ? ロンド。彼女のためにも頑張らないと」
その言葉に、ロンドが身を震わせた。




