第76話
「ロンドっ!」
リンが叫んだのと、神官少女の短杖から光が放たれたのは同時だった。
ロンドはリンの悲鳴じみた声に反応しようとしたが、全身を貫く激痛に、足から力が抜けてしまい身体をふらつかせてしまう。
その背中に、光の矢が突き刺さった。
軽い衝撃。
同時に痛みが引いていき活力が戻る。
「こ、これは……くっ?!」
呆然となりかけるが、目の前の骸骨従者は容赦無く攻撃してくる。
ロンドは即座に気持ちを切り替えて、その攻撃を盾で受け止めた。
いっぽう、その様子にぽかんとしてしまったのはリンだ。
そのスキを敵は見逃さなかった。
彼女が我に返った時には、目の前に凶刃が迫ってきていた。
「ッ?!」
リンは息を飲んだ。
躱せるタイミングではなかった。その目の前で骸骨の頭に光の塊が命中し、はじけとんだ。
「リン!」
思わずへたりこんだ少女の元へ、ケインが駆けつける。
骸骨従者を砕いたのは、彼の魔法だ。
「大丈夫ですか? リン。ケガはありませんか?」
「ケ、ケイン……。う、うん大丈夫」
心配そうなケインに、リンは涙を滲ませながら彼を見上げ、ひとつうなずいた。
それを見てケインはホッと息を吐く。
「良かった。ああ、ロンドも大丈夫です。あの神官の方がやったのは銃杖での回復魔法です」
「か、回復魔法だったのっ?!」
ケインの話にリンは目を丸くしてからロンドの方を見た。
確かに出血は止まっているようだし、ロンドの動きも確かなものだ。
銃杖は、攻撃魔法しか射てないわけではない。魔法であれば大抵のものは撃ち出せるのだ。
銃杖使いは、銃杖の取り扱いに長けており、その技術を以て魔法を強化できる。
射程を伸ばしたり、効果を増幅したり、など優れた効果を持っているのだ。
「僕らにボーンサーバントは強敵ですが、あちらの神官さんの回復魔法を見込めるなら勝ち目はあります」
リンと同じく、ロンド達の方を見てケインはうなずいた。
リンはその言葉に勇気づけられたのか、目元を軽くぬぐって立ち上がった。
「よし!」
気合いを入れて走り出す。
二体を相手に立ち回るロンドの援護のためだ。
それに先んじるように、ケインの魔法がロンドの武器を強化する。
ロンドは「助かる!」とだけ返し、骸骨と切り結んだ。
そこへリンが飛び込むようにして横撃を加えた。
「援護するよ!」
「ああ!」
リンと二人になり、ロンドは勢いづいて骸骨従者を切りつけた。
それから程なくして、五体のボーンサーバントはすべて砕かれた。
「助かりました」
「……ああ」
「死ぬかと思った……」
銃杖を下げた神官の少女に、剣士の少年と革鎧の少年の三人は、ロンド達に礼を言う。
その様子にロンド達は安堵の笑みを浮かべた。
「いや、こちらも助かったよ。そちらの神官さん……」
「あ! わたし、ミルカです。ミルカ・ウェスナー」
「僕はナバロフだ。ナバロフ・ティンド」
「俺はリック・カルドア」
ロンドの言葉に、ミルカ達三人が名乗った。ロンドはそれを聞いてうなずく。
「ああ、俺はロンド。そっちの魔法使いがケインで、おまけのリンだ」
「おまけって何よっ!?」
ロンドの紹介に、リンが猫のようにフシャーッ! と威嚇するが、ロンドは気にせずに続けた。
「ともかく、こっちもミルカさんの回復魔法のお陰で助かったよ。助けに入っておいて返り討ちに遇いましたじゃ格好つかないしな」
苦笑するロンドにミルカが頭を振った。
「いいえ、あのままじゃあ私たちも死んじゃってたかもしれませんし、本当に助かりました」
ふわっと微笑んだミルカに、ロンドも笑みをこぼした。
「……ところで、どうしてこんなことに?」
そこへリンをなだめていたケインが割り込むように声をかけた。その言葉にミルカ達は顔を見合わせる。
「実は……」
口を開いたミルカが語ったのは、やはり彼女らも冒険者で、ローデンにおける魔法道具犯罪の原因を探っていたらしい。
しかし、調べていく内にある貴族が絡んでいることを突き止めたミルカ達は、この貴族街へと調査の手を伸ばしたのだ。
その矢先、さきほどのボーンサーバントの集団に襲われたのだと言う。
「……正直、五体ものボーンサーバントに襲撃されるとは思いませんでした」
「そうだね……」
ミルカが表情を暗くして言うと、ケインは深くうなずいた。
ケインの見たところ、ロンド達とミルカ達に実力の差はそう無いようだった。
ただそれだけに神官がいるミルカ達の方が有利だろう。
そして、ボーンサーバントはロンド達一人一人が相手取るには厳しい敵だ。
それが五体も居るとなれば、ロンド達にしてもミルカ達にしても全滅してもおかしくない戦力になる。
今回切り抜けられたのは、ロンド達がミルカ達に助太刀したことで、戦力差を埋められたお陰だ。それを考えればこれ以上の深入りは命に関わるほどの危険が待っているだろう。
「……ロンド、やはり手を引きましょう。僕らには荷が重すぎる」
「……」
ケインに言われ、ロンドは考え込んでしまう。
彼自身、かなり危なかった自覚はあるのだろう。
だが、成果がほとんど無い状態で手を引くのは不満なのだろう。
こうして襲撃を受けた冒険者までいるのだ。貴族街になにかあるのはまず間違いないはずである。
もうすこしで、指が掛かりそうな感触を、ロンドは感じていた。
「……あの」
と、突然ミルカが声をかけてきた。
ロンドとケインがそちらを見ると、ミルカは迷うようなそぶりを見せてから言葉を紡ぎ始めた。
「……もし良ければ、なんですけど……一緒に調査しませんか?」
その言葉に、ロンドは驚いた。彼女達はまだ諦めていないのだ。
すかさずケインが口を挟む。
「ですが危険過ぎます。おそらくまだ警告段階のはず。これ以上は向こうも本気になるかもしれない」
ケインの指摘に、ミルカは表情を曇らせた。
「ですけど、魔法道具での犯罪は見過ごせません。それにこの六人ならきっとやれます!」
ミルカの言葉に、ケインは渋い顔になる。
確かに魔法道具犯罪は大きな問題だ。
冒険者としても、魔法道具の売り買いは生命線でもあるし、これを放置する訳にはいかない。
冒険者が認められる一端には、こうした魔法道具が社会に役立っているからだ。
それが犯罪に繋がるようになってしまえば、冒険者の地位を貶めることにも繋がりかねない。
「……よし、彼女達と一緒に調査を続けよう」
「ロンドッ?!」
「ほんとですかっ!?」
ロンドの宣言に、ケインが抗議するように、ミルカが嬉しそうに声を挙げた。




