第74話
商業街区ですべての商人を総括しているのは、商人ギルドだ。
そのギルドの在る場所が商人会館である。
その会館の一室に、サーシャたち三人は通されていた。
応接室らしいその部屋を、サーシャは軽く見回す。
調度品は派手すぎず、質素すぎない程度。
ソファーはふかふかでかなり座り心地が良い。
商売を扱う故に、さまざまな国や身分の人間を相手取るため、失礼が無いよう配慮されている部屋のようだ。
待つことしばし、ドアがガチャリと開いて、書類の束を手にした中年男性が姿を現した。
「いやあすいません。お待たせしてしまったようで……」
そう言いながら中年男性は困ったような笑みを浮かべた。
サーシャはその顔を見て、小さく眉を跳ねさせた。
直感的にだが、サーシャは男性に絡み付くようなナニかを感じたようだ。
一方でアルエットも驚いたような顔になっていた。
「ゴ、ゴードンさん、なんだか疲れてない? すごい顔だよ?」
言われてサーシャも改めて気づいた。
少し痩せ気味の中年男性の顔色は良くない。目の下にも隈をべったりと張り付かせ、憔悴したような印象を受ける。
「はは、最近トラブルが多くてね……」
苦笑いしながらそういうゴードンに、アルエットは心配そうな顔になった。
「ゴードンさん、ちゃんと休んでる? 体調悪そうだよ?」
「……いや大丈夫だよ。シエラさん」
アルエットに訊ねられたゴードンは、ドワーフ娘を安心させようと笑って見せた。だが、それがさらに彼の憔悴ぶりを浮き彫りにしてしまう。そんな彼に、ジェリコが口を開いた。
「ゴードン、きちんと家に帰れているのか?」
その問いに、ゴードンは体を震わせた。
「それは……まあ良いじゃないか」
誤魔化すように笑う。だが、ジェリコは逃さなかった。
「ゴードン」
強い意思を込めて彼を見る。
ゴードンはそんなジェリコに、降参だと言う風に手をあげた。
「……ここしばらくは帰れていないよ。私が吟味しなければならない案件も多い」
ゴードンはため息と共に白状した。
それを聞いてアルエットが目を丸くした。
「そんなにひどいの? 前はちゃんと毎日帰っていたのに……きっとシーラさん心配してるよ?」
アルエットの言葉に、ゴードンの顔色が変わった。
「……妻なら、私が帰らなくて自由にやっているだろうさ……」
「……え?」
ゴードンの言いようにアルエットは呆気にとられた。
その様子を見て、サーシャはジェリコに目配せした。
彼もなにか異状を感じているようだった。
ゴードンが妻であるシーラを悪く言うのは信じられないと行った風だ。
アルエットは少し旬巡してから口を開いた。
「……ゴードンさん、シーラさんとケンカでもしたの?」
「……」
だが、ゴードンは答えたくないのか口をつぐんでしまった。
アルエットはなおも口を開く。
「……ゴードンさん、なんならあたしが間に入って……」
「……もうその話はいいでしょう? 他に用件が無ければお帰り願えませんか?」
アルエットを遮ったゴードンは不愉快そうに言い放った。
その言葉に、アルエットは少なからずショックを受ける。
しかし彼女はぐっと飲み込んで、ふたたび口を開けようとした。
が、その肩に手が置かれた。
サーシャだ。
アルエットが見上げると、サーシャは軽く目を伏せてから首を振った。
いま言葉を重ねても、彼は頑ななままだろう。
それに、この場で彼に会ったのは別件でだ。
アルエットは小さく息を吐いてから、ゴードンを見た。
「……用件は別にあります。魔法道具による犯罪の件です」
アルエットの言に、ゴードンは彼女へと目を向けた。
「……お聞きしましょう」
ゴードンのその言葉で、話し合いが始まった。
『すまんね? 役に立てんで』
「……いえ、話を聞いてくださっただけでもありがとうございました」
黒髪を短く刈り込んだ青年が、身なりの良い初老の男性に頭を下げていた。
こちらは貴族街の一角。
頭を下げていた青年、ロンドはここでの情報収集に苦戦していた。
今も、ようやく話を聞いてくれる人に会えたのだが、その結果は芳しくなかった。
初老の男性が、歩み去るのを見届けてロンドは息を吐いた。
大陸有数の交易都市でもあるローデンは、冒険者と関わりが深い。
隊商の護衛や、街道周りの魔物の駆逐などを冒険者たちに頼っているからだ。
そのせいか貴族たちも冒険者に対し好意的な者も少なくない。
とは言っても、聞き込みに応じる酔狂な者は少ないようだ。
「……収穫は0か」
「ロンド!」
ぼやいたところで横合いから声がかかった。
リンだ。
彼女とケインは別の貴族に話を聞いていたのだ。
しかし、その表情から結果は良くなかったようであることがうかがえる。
「……そっちも収穫はなさそうだな」
「“も”ということは、ロンドの方もダメでしたか」
ケインが残念そうに言い、ロンドは力無くうなずいた。
「……見込みが甘かったか」
くやしそうにつぶやく彼を見て、リンとケインはこまったように顔を見合わせた。
が、ロンドはそれに気付かずに顔をあげると、「よし! 次だ!」と声をあげて歩きだした。
リンは処置無しだとばかりに頭を振って歩き出す。そしてケインもそれに続いた。
ロンドはまだ諦めるつもりはないらしい。
まっすぐに突き進もうとする、彼の実直さは美点だが、今は視野狭窄に繋がっていると言える。
駆け出しであるが故の大胆さでもあるが、ケインの表情は冴えない。
「……悪い方へと転がらなければ良いのですが……」
ため息をついてぼやいたその時、そこの路地から悲鳴が聞こえてきた。
「! いくぞっ! 二人ともっ!」
「ちょ、ちょっとロンド!」
ロンドは即座に得物を抜いて駆け出し、リンがそれに続いた。
ケインはその様子に頭を振りながらもふたりを追いかけ始めた。




