第73話
「……それで、なんの話をしていたの? ふたりとも」
ゆっくりとした朝食の時間が終わり、ひといき着いたところでアルエットがそう切り出してきた。
すでにロンド達や他の冒険者カンパニーの姿は無い。
ジェリコはそれを確認してからサーシャにうなずいた。彼女もまた、答えるように首肯する。
そして、ふたりはドワーフの娘を見た。
「実は……」
「う~ん……」
サーシャとジェリコが昨夜の事件を説明すると、アルエットは腕を組んで唸り始めた。
その様子にサーシャがジェリコをちらりと見るが、彼は苦笑いしながら片目を瞑ってきた。
その意図をサーシャは黙って見ていろということだと判断したらしく、ふたたびアルエットへと視線を戻した。
すると、ドワーフの少女が顔をあげた。
「……そのフォールンエルフは義手と義足だったんだよね?」
「そうらしいわ。ね?」
アルエットの問いに、サーシャはジェリコを見上げた。ジェリコはその通りとばかりにうなずいた。
「……ああ。かなり良くできたモノだった。夜とはいえ俺が本物の腕だと感じたくらいだからな」
「ふむふむ。そこまで精巧なものを使い捨てるとなると、パーツや素材の入手が容易な仲間がいるか、いくらか持ち込んでいるか……どちらにしても整備は必須だし……」
アルエットはぶつぶつ言いながら視線を宙にさ迷わせた。
考えをまとめるのに口に出してしまうのが癖になっているのだろう。
そうして、アルエットが二人の方へと顔を向けた。
「……ともあれ、魔法道具を犯罪に利用するなんて許せないよ」
「そうね」
「ああ」
アルエットの言葉に首肯する。
「この街で魔法道具を手に入れるなら、キチンとした身元証明が必要だし、流通の方の記録を調べればなにか出てくるかも」
アルエットは椅子から飛び降りると、二階への階段に向かった。
「……ゴードンさんのところへ行ってみよう。なにか分かるかも!」
そう言って階段を上がっていく小柄な女の子を見送ってから、サーシャは冷えてしまったカオフの果実茶の残りを一気に飲み干した。
「ふう。わたしも出掛ける準備をしてくるわね」
「……すまんな」
立ち上がったサーシャに、ジェリコは軽く頭を下げると、彼も奥へといったん引っ込んでいった。
ローデンの商業区画は南側。敷地面積もローデンのなかでもっとも広い。
数々の商店に、露天売り。それに市場が広がっていてそれぞれ賑わいを見せていた。
向こうには倉庫街が見えるが、遠目にも破損し、倒壊しているものも見えてしまい、サーシャはわずかに顔をしかめた。
33レベルという世界的な英雄クラスのレベルがありながらも、倉庫街での戦いでは被害を抑えきれなかった。
防衛に重きを置くキャラクターが居て守りきれなかったというのはやはり思うところがあるのだろう。
「……あまり気に病むな。仕方なかったさ」
「……そうね」
察したらしいジェリコの言に、サーシャはうなずいた。
そうして進む一行の歩みは遅い。
なぜなら。
『あらアルちゃん。今日も元気そうね~』
「はいっ! グレタさんも♪」
『おっ? なんだアル坊。今日は散歩か?』
「違いますよレグトさん。ゴードンさんのとこです。っていうか、あたしは女の子ですからっ!」
『おんやアルちゃん。相変わらずかわいいねえ。どれ、飴ちゃんあげようか』
「うわあ♪ ありがとうおばあちゃん♪」
『よおアルエット。お前に見てもらった焼き窯、あれから調子良いぜ? また頼まあ!』
「お安いご用だよ♪」
『あ! アルお姉ちゃんだ! お姉ちゃん遊ぼっ!』
「ゴメンね? ユリヤちゃん。お姉ちゃんご用があるから、また今度ね?」
『ミスアルエット! 僕と結……』
「お断りします」
少し歩けば誰かしらに声を掛けられ、アルエットはそのひとつひとつに答えていた。
声を掛ける人も、アルエットも、晴れやかな笑顔である。
「人気者ねえ」
「今ではな。ローデンに来た当初は大分ひどかったぞ?」
サーシャが感心したようにつぶやくと、ジェリコが少し懐かしそうに漏らした。
それはアルエットという個人の物語になるのだろう。
そして、ゲームではなく現実として在るこの世界の住人ひとりひとりにも、物語は存在するだろう。
ジェリコの言葉にサーシャがアルエットだけではなく、周りの人々をも見回したのはそうしたことに思い至ったからかもしれない。
「……そうアルエットは頑張ったのね」
「ああ」
サーシャが微笑みながら言うと、ジェリコは感慨深げにうなずいた。
そんなふたりの視線の先で、長い髪をポニーテールにしたドワーフの少女は、話しかけてくる街の人々に、笑顔で応えていた。
ローデンの街の北側に位置する貴族街は、高級住宅地である。
一般市街とはグレードも規模も違う家屋が並ぶ区画だ。
城塞都市であるローデンの中に在ることから敷地面積自体は他の国の貴族に劣るものはあるし、国の方針もあって他国に比べれば質素なアルガ連邦貴族ではあるが、それでもやはり貴族は貴族である。
そんな貴族街への入り口となる門に、三人の冒険者がやって来ていた。
ロンド、ケイン、リンの三人だ。
「ねえロンド。やっぱりやめようよ」
「ロンド、考え直しませんか?」
「……いや、行くよ。役に立ちたいんだ」
渋る二人に対し、ロンドは決意を固めたように貴族街を見やった。その様子に、ケインとリンは処置無しとばかりにため息をついた。
なぜ彼らがここにいるのか?
それは、たまたまロンドがサーシャ達の話を立ち聞きしてしまい、サーシャ達が商業街区へ行くなら自分が貴族街を調べようと考えたからだろう。
ロンドの提案に、ケインとリンは反対したのだが、彼は頑として聞かず仕方なしについて来たのだ。
「ふたりは帰っても構わないぞ? 俺ひとりでも調べて見せる」
そう言って意気込みながらゲートに向かうロンドの姿に、リンは肩を落とした。
「……恋は盲目っていうけど……どうしようか? ケイン」
「正直、僕らの手には余る件だと思いますが、ロンド一人で行かせるよりは三人で行った方が安全かもしれません」
「……だね。ロンド! 待ってよ!」
ケインの言にうなずいて、リンはロンドを追いかけ始めた。それを見ながらケインも歩き出す。
「……さて、問題無く済めば良いですが。ひとつ手を打っておきましょうか」
そう呟いて、彼は懐に手を入れた。




