第71話
翌朝、街での話題は倉庫街での騒ぎのことであった。
アレだけの騒ぎで目撃者0とはいかず、暴れるゴーレムを見た人は少なくなかった。
また、倉庫街を利用している商人達は少なからず被った損害に頭を抱えるものが多かった。
それらの被害を出しながらも、捕まえられたのは盗賊が三人。
しかも買い手側でたいした情報も無い。捕り物としては完全に負けたようなものだ。
ハーレスは嘆息しながらそう言うが、ジェリコとサーシャに礼も述べていた。
『お前達が居なかったら俺たちは全員死んでいたさ。横流し品も押さえられたし、懲りてなきゃ次も頼みたい位だ』
苦笑いしながら告げるハーレスにふたりは二つ返事で引き受けた。
正直なところ、ジェリコにしろサーシャにしろ、あのフォールンエルフほどの使い手が、小さな取引に出てくるとは思っていなかった。
マリオネットゴーレムにしろクレイゴーレムにしろ、生半可な実力ではあれほどの強さのものは作成できないし、ジェリコと渡り合った手並みといい街の衛兵には手に余るだろう。
なにより、売り手側を逃がしているのだから、事件は遠からずまた起きるはずである。
アルエットの事を思えば、ふたりにここで降りる選択肢は無かった。
「……とは言ってもやっぱり手は必要ね。正直あのゴーレム使い以外に手練れが居たら厳しいわよ?」
「むう……」
朝食を済ませてカオフの実の茶をすするサーシャに指摘され、ジェリコは唸る。
実際その通りだ。
今回は対人用のマリオネットゴーレム主体で、【インスタントゴーレム】で造った即席ゴーレムだから良かったが、あのレベルのゴーレム使いがしっかり造ったゴーレムは、かなりの強さだ。
さらに他の手練れが居た場合、ジェリコとサーシャの方が追い詰められかねない。
サーシャの本来の仲間が揃っていれば話は違うだろうが、今はどこに居るかも分からない。
少なくともあの女フォールンエルフとやりあえるだけの腕を持った仲間が必要だ。
「……あの腕前のゴーレム使いが相手となると、数を用意する可能性もあるわよ? そうなると、私たちに勝ち目は無いわ」
サーシャの言葉に、ジェリコは瞑目した。
アールシア戦記TRPGでは集団に対して個人で挑むと大きなペナルティーを受ける。
このおかげで、高レベルキャラであっても集団を相手にするとあっさり負けることが多々ある。
スノウのように自前で軍団を作り出せるなら良いが、あいにくサーシャにはその種のスキルは無い。
ジェリコにしても似たようなものだ。
なので集団戦の状況に持ち込まれたら詰んでしまう可能性が高いのだ。
「……前衛を張れる戦士、そして範囲を薙ぎ払える魔術師。この辺りが揃えば話は変わってくるけど、心当たりは?」
「……残念だが、無いな」
サーシャの問いに、ジェリコは力無く首を振った。
それを見てサーシャは嘆息した。実際攻撃力が不足している部分はある。
例えばスノウのような戦士系上位クラスであれば、瞬間的にダメージを増大させる切り札が存在する。
しかし、神官系上位クラスのサーシャには無い。
カウンターでダメージを与える【シールドカウンター】や攻撃する【盾撃】のダメージも悪くはないが、やはり物理戦闘専門の戦士には劣る。魔法にしても回復や防御のものばかりで攻撃に向いた魔法はほとんど無い。
ジェリコの戦闘能力は確かに高いが、どちらかと言えば彼は隠密行動を主とした偵察行動や情報収集に力を発揮する錬金生物だ。
現状の手札には、攻撃に寄与するものが少なすぎる。
防御に関してはそう簡単に崩れはしないが、撃破にてこずればじり貧になりかねない。
それでは勝利を手繰り寄せるのは難しすぎる。
単に手数が増えれば良いわけでもなく、相応の腕の持ち主が必要である。
「……やっぱりアルエットに話しましょう。どのみちこの街に住んでいる以上いつかは知ることになるわ」
「……」
サーシャの言葉にジェリコは苦り切った。
サーシャの言うことも分かるのだ。そして、アルエットの協力を得られれば、彼女の護衛に回っている戦力も引っ張れる。
さらに彼女の魔法道具他に対する知識の豊富さやサーシャやジェリコとは違う視点の持ち方は、事件の全容解明に繋がるかもしれない。
彼女を引き入れるメリットはかなり大きいのだ。
ジェリコにはその事がよく分かっていた。
分かり過ぎていた。
だからこそ、迷う。
「……アレは小さい頃から手の掛かる娘でな」
「ジェリコ?」
突然に話はじめたジェリコに、サーシャは小さく驚きを示した。だが、彼は気にした様子もなく続けた。
ジェリコは主であるアルエットの祖父、ファルケによって六十年以上前に作成された錬金生物だ。
造られた当時からファルケの従者として共に冒険の大地を駆けた。彼が結婚して子をもうけ、冒険者を引退してからも彼の護衛役の一人として共に在り続けた。
当時のファルケは錬金工学を打ち立て、様々な魔法道具を世に送り出す生産者であったが、革新的であったそれらは彼に富と名声を与えると同時に、その周囲に様々な暗闘をももたらした。
やがてその暗闘の数々は彼の妻や息子夫妻をも巻き込んでいた。
そしてファルケが内外の敵を駆逐し、その地位と権威を確固たるものとした頃には、妻と息子夫妻はこの世にはなかった。
ただひとり、息子夫妻の忘れ形見、アルエットを残して。
それからしばらくは平和な時が流れた。ファルケはアルエットを守る為、忙しく働き幼い彼女の面倒は、ファルケの従者であるジェリコに任された。
それは護衛も兼ねる重要な役どころであった。
が、やんちゃ娘の面倒はそれ以上に苦労の連続だった。
ジェリコが感情豊かであるのは、この辺りが影響しているのは間違いないだろう。
ともあれ、この錬金生物が長きに亘りアルエットを見守り、育ててきた親代わりであることは確かなようだ。
「……だが、そろそろ巣立つべき時なのかもしれんな」
「……」
決意を固めたジェリコの姿に、サーシャは優しく微笑した。




