第7話
「……」
「……」
お互いに手にした得物を相手に向けたまま、身動きせずに、ふたつの影が向かい合う。
翠の魔剣を手にするはエルフの少女、スノウだ。
そして、いまひとり。
ハニーブラウンのくせっ毛を長く伸ばした、スノウの剣にも劣らぬ翠色の瞳。
広い鍔の黒いとんがり帽子に、黒いローブ姿。
その下から覗くのは、薄手の軽い皮鎧だ。
その胸元を持ち上げる膨らみといい、女性らしい。
手にした短杖をスノウに向けたまま油断無く見つめてくる。
と、その短杖の形に、スノウは軽い驚きを覚えた。
それはふつうの短杖のでは無かった。半アルク(約二十五センチメートル)ほどの長さだが、真ん中辺りでくの字に折れている。片手で握ると、まっすぐ伸ばした腕の延長線上に折れた先があり、先端に宝珠が嵌まっていた。
そのため誘導効果の無い魔術弾をまっすぐ目標に向け安く、照準精度も高まり命中率を高めているのだ。
特殊な形をした短杖はスノウ《由紀恵》の知識の中にある、ある武器に酷似している。
そんなこの短杖は……。
「……銃杖。あなた、ガンスリンガー《銃使い》?」
突きつけた武器を動かさず、スノウが訊ねる。
「……そういうあなたは……エル……フ?」
質問に答えずに、ガンスリンガーの女性は、少し困惑したように眉を寄せた。
「……なんで疑問系?」
女性の言葉に今度はスノウが困惑したような顔になった。
「……ですが、エルフは種族的にスレンダーな種族のはず……あなたのそのお胸は、エルフらしくはありませんでしょう?」
銃杖を微動だにさせず女性が言うと、スノウはちょっと納得したような顔になった。
スノウの容姿は、恐らく由紀恵の用意したキャラクターシートに描かれたイラストが元になっている。
絵心の無い由紀恵は絵のうまいゲームコミュニケーション部の同級生水原 信司に頼んで、スノウのイラストを描いて貰っていたのだ。そのとき、由紀恵自身は胸が少々残念な大きさなため、TRPGの中だけでもと、胸を大きくしてもらったのだ。
そのため、スレンダーなのがデフォルトなエルフ族でありながら、スノウの胸はかなり大きかった。
「……ちょっと変わってるように見えるだろうけど、正真正銘のエルフだよ」
スノウ《由紀恵》はそう言って翠の魔剣を解放した。
剣の形が解けてつむじ風となり消えてしまう。
その現象に女性は呆気にとられたようになったが、銃杖をおろした。
「申し訳ありません。少々気が急いていましたもので、思わず銃杖を向けてしまいました」
そう言って女性は頭を下げた。
「い、いやこっちも急いでたから……」
スノウも慌てて頭を下げる。
すると女性は小さく笑った。
「……ならばお互いに悪かったということで、手打ちといたしましょう」
そう言って両手をパンと打ち合わせた。
それを聞いてスノウも笑みを溢し、わかったとうなずいた。
女性もひとつうなずく。
「……自己紹介などしたいところですが、わたくしも急いでおりまして。この場は失礼させていただきます」
では、と動き出そうとする女性。しかし、スノウが漏らした言葉に動きを止めた。
「っと、あたしもだ。この先に住んでるってお医者さんを村まで連れていかないと……」
「……すいません、その村とはこの先にある名も無き漁村でしょうか?」
「え? ええ、そうだけど……ってまさか!」
符合するものがあり、パズルのピースがはまったようにスノウは気づいた。それを肯定するように女性はうなずいた。
「はい。恐らくその医者とはわたくしの事ではないかと」
そう言って女性はスノウに向き直った。
「わたくしはカレン。カレン・フォルスェットです。山奥にひとりで暮らす、しがない魔術師です」
その自己紹介にスノウの眉がわずかに跳ねた。
しがない魔術師などと言ってはいるが、さきほどのやり取りからかんがみても、その実力はレベル33のスノウに届きかねない体術を披露している。
レベルが三十台ともなれば、その実力は世界有数の伝説級だ。
同等の実力者はこの広いアムルディア大陸全土を見回しても数えるほどしかいないはずである。
その辺りはまあ訳アリなのだろう。
正直なところ、由紀恵は考えるのは得意な方ではない。
「あたしはゆき……スノウ。フレニの森のメルスノウリーファだよ」
思わず“本名”を名乗りそうになりながら、スノウはエルフとしての自己紹介をした。
エルフは、出身の森の名前に自らの名前を付ける。……設定だ。
その名前を聞いて、カレンが目を丸くした。
「……フレニのスノウ? あの、ヴァンパイアドラゴン“黒壇のブレウザッハ”を倒した、あの?」
そんなカレンの様子に、スノウ《由紀恵》は顔をしかめた。
ブレウザッハとの戦いは、第三ロングキャンペーンのグランドクライマックス。つまり、キャンペーンのラスボス戦だ。
最強の獣魔であるドラゴンの古種。それも、みずから不死生物となる邪法により、不死者の貴種であるヴァンパイアとなった凶悪な存在だ。
いくつもの弱点を衝き、様々な勢力と協力し、弱体化させて挑んだ決戦は、レベル32の伝説級キャラクター六人パーティをもってして、返り討ちに合いかけ、なんとか辛勝した相手だった。
勝ち気な由紀恵をして、もう二度と戦いたくないと言わしめたボスキャラである。
そして、この悪夢のようなドラゴンを倒したのは、対外的には各国を代表する英雄達であった。
スノウ達は名声を得るより、一介の冒険者であることを選んだのだ。
そして、この情報隠蔽は、対ブレウザッハ連合軍の首脳部。各国のトップにより厳重に為されたはずだった。