第69話
ゴーレムの進撃による破砕音と試験管爆弾の炸裂音をBGMに女フォールンエルフは笑う。
「ふふふ、お仲間の女はもうすぐぺちゃんこよ?」
『ふん。動揺を誘おうとしても無駄だ』
一定の均衡を崩すためのテクニック。だが、ジェリコは動じない。
錬金生物にしては感情豊かな彼だが、この程度で揺らぎはしない。
そも、サーシャの実力に関しては心配する要素は全く無いと彼は断じていた。
またひとつの試験管爆弾を触腕が弾いた。
爆発音が、少し近いことに女はハッとなる。
見れば真っ黒で艶やかな黒豹との距離は縮まっていた。
「まさかあなたっ?!」
『今ごろ気づいたかっ!』
ジェリコは獣面のままニヤリと笑みを浮かべた。触腕の再構成の際に気付かれないよう位微妙に全身を少しずつ前へとずれるように再構成していたのだ。
女は舌打ちしながら距離を開けようと飛び退く。それに合わせ、ジェリコは跳躍した。
すでに彼の間合いだ。『ガアアァァァアッ!』
「くっ!?」
肉食獣の雄叫びと共に、ジェリコが女フォールンエルフに襲いかかった。彼女は避けられないと悟ってか、左腕を盾にしてその牙を受け止める。
鋭い刃のような犬歯が、彼女の腕に突き立てられた。
『?!』
が、その感触にジェリコは目を見開いた。
女はニッと笑って右手のダガーを翻した。とっさに触腕で頭をかばう。
しかし、女の狙いはジェリコでは無く、みずからの左肘の内側。
ガキッと堅い音がして、女の左手が切断された。
いや、外された。義手だったのだ。
ジェリコが目を見開く。
「くくっ」
女が笑い、ジェリコが義手を捨てようと頭を振った。牙を引っ込め思いきり投げ捨てた直後に、その義手が閃光を放ったかと思うと、大爆発を起こした。
「ジェリコっ?!」
サーシャは思わず脚を止めてそちらを見てしまった。
それは、致命的な隙となる。
ゴーレムはそれを見逃さずにサーシャへ拳を叩きつけた。
轟音と共に大地が揺れ砕けて破片と砂煙が派手に吹き上がった。
「はっ! ざまあみなさいっ!」
女フォールンエルフの声はどちらに向けたものか? あるいはふたりへ向けられたのだろうか。
だが、砂煙が薄れ、見え始めたゴーレムの拳の先の人影に気付くと目を剥いた。
サーシャだ。女聖騎士は、しっかり踏みしめた足を大地にめり込ませながらも、手にした小盾でゴーレムの豪拳を受け止めていた。
「嘘でしょっ?!」
それを見てゴーレムの主であるフォールンエルフは目を剥いた。
いかに即席のゴーレムとはいえ、その巨体から繰り出される物理攻撃力は圧倒的だ。生半可な戦士なら、その防御ごと圧殺出きるだけの威力はある。
あの女戦士はそれを防ぎきった。
「……ふぅ」
その女戦士であるサーシャは、肺から空気を吐き出して安堵していた。
体の芯を揺らすほどの衝撃ではあったが、ダメージは0である。
「“ダメージは0じゃ”って感じね」
苦笑しながら呟いて、ゴーレムの拳をカチ上げた。巨大な体が一瞬持ち上がり、ゴーレムがたたら踏む。
「……なんともチート臭い身体ね」
四メルク(約八メートル)はあるゴーレムが自分のひと押しで転びそうになっている事実に、顔をしかめた。
そも、彼女の信仰する女神ギアは、大地の祝福を信者に与え、その足が地に着く限り常人を遥かに越える怪力を与えてくれるのだが、うら若き乙女としては複雑な心境らしい。
そのまま踏み込んでゴーレムの足に【シールドストンプ】。盾の縁で足を攻撃して移動を封じ、さらに【シールドストライク】で追撃する。
不安定な姿勢だったゴーレムは、たまらず尻餅を着いた。
重低音と衝撃で空気が波打った。
サーシャは間髪入れずにゴーレムの身体を切り付けた。
刃が岩のごとき固さの土くれにヒビを入れる。そこへ目掛けて盾を突き込んだ。
カンストさせた【シールドストライク】の追撃は、サーシャの剣での一撃に勝るダメージを叩き出す。
そのダメージを見て女フォールンエルフは焦ったように声を挙げた。
「立ちなさい! その女を潰すのよっ!」
ヒステリックな声に応えるようにしてゴーレムが身を起こしながらサーシャを殴り付けた。
が、サーシャはそれを正面から受け止めた。
大質量の一撃が鉄塊に激突したような堅い音が響き、衝撃で倉庫の壁がきしむ。
そして、ゴーレムの拳が砕けた。
「嘘でしょっ?!」
みずからの造り出した僕の受けたダメージに、悲鳴のような声を挙げた。
しかしサーシャはその瞬間にも動いている。
【シールドカウンター】から【シールドスマイト】へのコンボ。さらに【シールドストライク】へと繋ぐ三連撃。
前キャンペーンのラスボス、エルダーヴァンパイアドラゴンのブレウザッハにすら小さくない打撃を与えたサーシャ得意のカウンターコンボだ。
そもそもそのブレウザッハの攻撃も、ほとんど一身に受け続けてカンパニーを護ったのだ。
最終的に戦闘不能状態にはなったものの、ラスボス級の攻撃数回にきっちり耐えきる防御力と耐久力を持つ彼女が、即席で造られたゴーレム程度に倒される訳が無いのだ。
とはいえ、その事実を知らない者からすればそのチート染みた防御力は悪夢である。
「……自分で育てておいてなんだけど、ほんとに堅いわね」
サーシャ自身、自らの防御力に呆れてしまう。
【シールドカウンター】の効果により攻撃を必ず受けてしまうが、ゴーレムの豪拳はサーシャの防御力を貫くことすら出来ていなかった。
その事実に気が付いて、女フォールンエルフは身を翻して逃亡しようとした。
が、その足は動かなかった。
『……どこへ行くつもりだ?』
聞こえてきたのはリキッドクーガーの声。
爆発のダメージで形態を維持できなくなっているが、スライムのような姿の彼が、彼女の右足に絡み付いていた。
女はとっさに右膝にダガーを突き立てた。
ガチンと音がして、今度は右足が外れた。
『チッ!?』
ジェリコはその右足を放り出して後退する。そして右足が閃光を放って爆発した。
その光と煙が消えた時には、女の姿は無かった。




