第68話
「わ、私のゴーレムを……こんなにあっさり?」
女フォールンエルフから余裕の笑みが消えた。残る一体が、主の側へと移動する。
「ゆ、許さない……私の可愛い作品達を!」
「……いや可愛くはないでしょう?」
怒りを露にし始めた女フォールンエルフに、サーシャは素で答えてしまった。
それが彼女の逆鱗に触れた。
「“我が理により生まれ出でよ。土くれの巨人”!」
簡易詠唱で呪を紡ぐ。
「【クリエイトゴーレム】!!」
解き放たれた言霊に応じるように魔法陣が展開し、大地が鳴動し始めた。
「な、なんだ?」
「なにが?」
「こいつは……」
ハーレス達も、彼らと切り結んでいた盗賊達も動きを止める中、大地が隆起し、生き残っていたマリオネットゴーレムを飲み込みながら見上げるほどの高さに膨らんでいく。
その両側から腕が伸び、脚も作られ、顔がサーシャとジェリコを見下ろした。
「……ゴーレムね」
「チッ」
油断無く土くれの巨人を見上げるサーシャ。
隣ではジェリコが面倒くさそうに舌打ちした。
4メルク(約八メートル)の巨体は見上げるほどのものだ。
本来ゴーレムはこんなに簡単には作成できない。
【クリエイトゴーレム】の魔法スキルは、シナリオの開始前に使用するか、ゲーム内で時間を掛けて作成するものだ。
ゲーム内で作成する場合、材質によって必要な時間は変わるが、最低でも一時間は必要となる。
このような短時間で作成するには、【クリエイトゴーレム】の魔法スキルに【インスタントゴーレム】の魔法スキルを併用し、核となるアイテムが必要である。今回は生き残ったマリオネットゴーレムを核としたようだ。
この方法で作成した場合、総じて能力は低くなるが、それでも戦力としては大きい。
特に単純な耐久力と防御力、攻撃力はかなりのものだ。
「やれっ!」
怒りのままに女フォールンエルフが命ずると、土くれ《クレイ》ゴーレムは体を揺らしながら脚を踏み出した。
その足が、地面を砕く。
「む」
「……」
その進撃から、ジェリコとサーシャは左右に飛んで逃れた。
重い地響きが、倉庫街に響く。
『な、なんだ?』
『ひいっ?!』
『わわわっ!?』
その振動に盗賊共があわてふためいた。ハーレス達も、あっけに取られて│土くれの巨人を見やった。
「くそっ! ゴーレムだと? 全員一時退避だ!」
悪態を尽きながら指示を出すハーレス。
それに従い、彼の仲間が退避していく。
「あの女を狙いなさい!」
彼らを無視するようにヒステリックな声が響き、ゴーレムがサーシャへと向き直った。
そのまま緩慢な動きで突進してくる土人形が腕を振り上げた。
サーシャはその腕を避けるように走る。
彼女が居た場所に、超重量の拳が叩きつけられて地面が爆ぜた。
盾で飛んでくる石片を弾きながら、サーシャは後退する。
それを追ってゴーレムが腕を振り回した。周りの倉庫の壁がぶち抜かれ、屋根が飛んだ。
その破片すらも凶器となる。
だが、彼女は巧みな盾の技でそれらを受け止め、流し、弾いた。
その様子に女フォールンエルフが楽しげに声を挙げた。
「はははっ! さあ! その女を踏み潰せ! 我が従者よ!」
『その前に自分のことを心配したらどうかな?』
不意に聞こえた声に、女はギクリと身を強ばらせた。
その影から、触手が数本伸びて彼女を絡めとろうとする。
「くっ?!」
間一髪、身を翻して逃れた女は地面を数回転がってから起き上がった。
その視線の先で、彼女の残された影がゾロリと立ち上がり、四足獣の姿となった。
「リキッドクーガーだと?」
『正解だ!』
驚く女に、リキッドクーガーのジェリコは飛びかかった。
女の手の中に、ダガーが顕れる。
【クリエイトウェポン】だ。小さな魔力付加素材をコントロールして武器を生成するスキルである。
【クリエイトゴーレム】を使ったことといい、女は錬金学士なのだろう。
ジェリコの牙を、ダガーで防ぐ。
だが、彼の背中から触腕が伸びて彼女を狙った。
これを間一髪で避けると、女は後退しながら左手を振った。
投じられるのは、試験管のような細長いグラスのカップ。
『!』
ジェリコは目を見開き、触腕で素早く弾いた。
その先でカップが炸裂した。
『ち、インスタントグレネードか!』
「まだあるわよ?」
爆発物の正体を看破したジェリコに、女は続けざまに試験管爆弾を次々に放り投げた。
投げナイフも精確だったように、爆弾も正確にジェリコを狙う。
ジェリコは伸ばした二本の触腕で、その試験管を弾いていく。
「ふふ……」
『ぐぅ……』
女が余裕を取り戻して笑い、ジェリコが呻いた。
液状の体とはいえダメージを受ければ損傷は蓄積していく。
特に爆風を浴び続けている触腕はズタズタになる。
その都度再構成しているのだが、いずれ限界は訪れるだろう。
対して女もその笑みほどの余裕が本当にあるわけではない。
【ウェポンクリエイト】にしろ【インスタントグレネード】にしろ、無から造り出せるわけではなく、専用の素材が必要だ。
つまりどちらにも限界があるわけだ。
痩せ我慢のチキンレース。一人と一匹が演じている死闘は、その類いだ。
一方でサーシャはゴーレムの攻撃に辟易していた。
いかにTRPG時代のデータを熟知しており、“この程度の”ゴーレム相手なら負ける要素が全く無いと解っていても、実際に四メルク(約八メートル)もの巨体から繰り出される攻撃の迫力に、サーシャ《静香》は恐怖心を隠せなかった。
なにしろ現実世界で見てみれば三階建ての建物に匹敵する巨人が両腕を振り回しながら迫ってくるのだ。
その迫力たるや想像を絶するものだ。
それでもしっかり対処できるのは、サーシャというキャラクターの防御性の高さに加え、その精神の能力値の高さゆえだろう。
それでも。
「……あの拳をこの小さな盾で受け止めるのは勇気がいるわね……」
思わずつぶやく。
なにしろ、ハンマーの役割を果たすためか、ゴーレムの腕……特に拳は大きく、重そうだ。
対して今サーシャの握っている盾は、ちょっとしたトレーを一回り大きくした程度の小盾に過ぎない。
メインで使っている魔法の盾ならいざ知らず、この盾で受け止められるか自信は無い。
パラメータ上は、一撃で死ぬほどの打撃は受けない……はずである。
だが、実際に受け止めるには思いきりが必要だった。
「……ままならないわね」
ゴーレムの重撃をいなしながら、サーシャ《静香》は小さくぼやいた。




