第66話
「それで、今日はこのまま解散……って訳じゃあないんでしょ?」
サーシャが訊ねるとジェリコは頷いた。
「……うむ。これから詳しい奴に聞きに行こうというところでな?」
「……へえ?」
その物言いに、サーシャは面白そうな顔つきになった。
「実は知り合いが内定を進めていた関係で、取引現場のひとつを押さえられそうなんだ。荒事の可能性もあるから俺も行くんだが、協力してくれないか?」
「わかったわ」
ジェリコの申し出に、サーシャは二つ返事で引き受けた。
ジェリコは満足げにうなずくと、窓へと近寄った。
「ラファール居るか?」
ジェリコが窓を開けながらなにものかへ声をかけた。
すると小さなつむじ風が食堂に吹き込んだ。一羽の鳥が飛び込んできたのだ。
隼だ。
『居ますよ。周囲に怪しい影はありません』
さらに隼がそう告げたのを聞いてサーシャは目を丸くした。
「……もしかしてウインドファルコン?」
ラファールと呼ばれた隼が人語を話すのを聞いて、サーシャはピンと来たようだ。
「やはり知っているか。そうだ」
『ウインドファルコンのラファールともうしますレクツァーノ嬢。よろしくお願いします』
右の翼を器用に胸の前へと回して会釈するラファールに、サーシャは笑みを浮かべた。
ウインドファルコンはリキッドクーガーと同じく錬金生物だ。
航続距離が長い上に飛行性能が高く、風を操って攻撃することも出来るタイプの錬金生物である。
「よろしくね? ラファール。もしかして彼が?」
「ああ、アルエットが造った錬金生物だ」
『この度は主のために一肌脱いでくださるご様子。まことにありがたいことです』
ラファールは堅苦しい調子でもう一度会釈した。
「俺は彼女とデートに行ってくる。雷電と二人でアルエットを護ってくれ」
『護衛の任を放り出してデートですか。嘆かわしいことです』
ジェリコの言葉に、ラファールは大げさにかぶりを振った。
見た目は隼なのに、人間臭い動きがマンガかアニメのように感じられてサーシャは苦笑した。
「ごめんなさいラファール。そういう訳だからお留守番をお願いね?」
『美しいお嬢さんの頼みとあれば断る道理はありません。お気を付けて行ってらっしゃいませ』
サーシャがお願いすると、ラファールはまたも丁寧に会釈して見せた。
「やれやれ。さ、行こうか」
態度がコロコロ変わるラファールに、ジェリコはため息を吐く。が、すぐに切り替えてサーシャと真鍮の歯車亭から出掛けていった。
「ふむ、少し時間が無いな」
ジェリコはそう呟くと輪郭をほどいて液状化し、ふたたび四足獣の姿となった。
『少々急ぐぞ。乗れ』
「……乗れるの?」
液化したのを見ているためか、サーシャはおっかなびっくりしながらジェリコの背中にまたがった。
『しっかり掴まっていろよ』
「ええ……わひゃっ?!」
サーシャの返事を聞き終わらぬうちに、ジェリコは大きく跳躍して近くの建物の屋根に降り立つと、そのまま駆け出した。
「わおっ♪ 早い早い♪」
その背中に乗ったサーシャは最初は驚いたもののすぐにはしゃぐような声を挙げ始めた。
『もう着くぞ。静かに』
「……」
ジェリコに注意され、サーシャは口をつぐんだ。その表情は引き締まっている。
意識が切り替わったのだろう。
ほどなく商業区の倉庫街へと音も無く降り立った二人は、闇に紛れるようにして慎重に移動し始めた。
進んだ先には数人の人間が倉庫の影から向こうをうかがう姿があり、サーシャは一瞬身を強ばらせた。
『……大丈夫だ」
サーシャを触腕で降ろしつつ獣の姿から人の姿に変じるジェリコ。そのまま何でもないように人影へと近づいた。
「ハーレス、様子はどうだ?」
「!?」
ジェリコの声に人影達がびくりと震え、こちらを向いた。
その中の一人が、ジェリコの顔を見て安堵の息を漏らし、仲間に監視を続けるように言うと、再びこちらを見た。
「……ジェリコ、驚かすなよ。これから始まるようだ……って、そっちのお嬢さんは?」
とそこでサーシャに気付き、訝しげな視線を向けた。その視線にサーシャは肩をすくめた。ジェリコは小さく息を吐く。
「……失礼な態度を取るな。彼女はサーシャ。協力者だ」
「そいつは失敬」
ハーレスは気にした様子も無く監視に戻る。
「すまんな。悪い奴では無いんだが……」
「仕方ないわよ。私の参加はイレギュラーだったんでしょ?」
「……それはそうだが」
「ピリピリしてるところに部外者がのこのこ現れたら機嫌が悪くなるのも分かる話よ」
すまなそうなジェリコに対して、サーシャは何でもないように応えた。
と。
「……無駄話はそこまでだおふたりさん。来たぞ」
ハーレスに言われて口をつぐんだ二人も倉庫の影から向こうを覗き見た。
そこから見えた光景は、五人のガラの悪そうな男と、フードを被った五人が相対している場面であった。
ガラの悪そうな男達は、傷だらけの皮鎧に、小剣や手斧などを腰に下げて武装している。
一方フードを被った人物達は、二人が大きな荷物を抱え、二人がその脇を固め、真ん中の一人が指示を出している。
「……どうやら真ん中のフードが仕切ってるようだな」
「ああ。しかし十人か。こちらはお前さんとお嬢さんを足しても八人。少々分が悪いな」
ジェリコに答え、ハーレスは顔をしかめた。
「だがやるんだろう?」
「無論だ」
ハーレスはうなずき、腰の得物に手をやった。
ジェリコも体勢を整え、サーシャは長剣に手を掛けた。
そして、盗賊風の男と真ん中のフードが二言三言、言葉を交わし、後ろのフード二人が前に出て盗賊に荷物を渡した瞬間。
「……成立した。いくぞっ!」
ハーレスは言うが早いか飛び出していった。
他の二人とジェリコ、サーシャもそれに続く。
「そこまでだ! 違法取引の罪で拘束する!」
ハーレスの宣言に、盗賊達がギョッとなった。
「なんだ?!」
「ちっ官憲か!?」
「こっちからもっ?!」
ハーレスの仲間とおぼしき三人も向こう側に現れ、挟み込まれたことに気付いて慌てるように武器を抜く盗賊達。
一方、フードを目深に被った五人は慌てる様子も無く、ハーレス達を眺めている。
「大人しくしろよっ! 特にそっちのフード被りどもにゃ聞きたいことが山ほど……」
声を挙げるハーレス。その目の前に薄茶色の幕が広がった。
サーシャだ。
盾を掲げた彼女が、ハーレスの前に飛び出したのだ。
ハーレスは抗議の声を挙げようとして押し黙った。
サーシャの盾にはナイフが三本突き刺さっていた。
リーダー格らしきフードの人物が抜く手も見せずに投じたのだ。
もしサーシャが割って入っていなければハーレスは何をされたかわからない内に倒れていたかもしれない。
彼の背を冷たいものが流れた。
「……ハーレスさん達は盗賊を。こっちのフード着きは私とジェリコで相手をします」
「……わ、わかった。出来ればひとりは捕まえてくれ」
サーシャに頷いたハーレスは控えめに言うと、剣を抜いて盗賊へと向かう。
その間も、サーシャはフード達から目を離さなかった。
彼女のとなりにジェリコがやって来る。
「……大分強そうだな」
「……ええ、一筋縄ではいかないでしょうね」
レベル33のサーシャをしてそう言わしめる相手の力量にジェリコは顔をしかめた。
「やれやれ、年寄りにはキツいことになりそうだ」
「あら? それじゃあ尻尾を丸めて逃げる?」
「冗談だろう? 来るぞ!」
「!」
フード付きから目を離すこと無く軽口を叩き合うふたりへ、不気味なフードの人物達が走りだした。




