第63話
カウンターでジェリコが陶器の皿を磨いていると、奥から女性陣が姿を現した。
「ん? さっぱりしてき……?」
彼女らに声を掛けようとして、ジェリコは詰まった。
なぜなら三人中二人がぐったりした様子で肩を落としていたからだ。
「……まったくひどい目に遭ったわ」
「……それはこっちのセリフだよ……」
「んふ~♪」
残るひとりはなぜかツヤツヤしている。
「……なんだのぼせたのか?」
ジェリコは片眉を上げながら呆れたように聞く。対してサーシャがカウンターの椅子に腰掛け荷物を下ろした。
「……そう見える?」
「いや? 入る前より疲れたように見えるな。ほれ」
ジェリコは肩をすくめ、木製の杯に琥珀色の液体が並々と注がれた飲み物を出してきた。
カオフの果実茶だ。
苦味と酸味の中に、仄かな甘さのある飲み物だ。
中には氷も浮かんでいてひんやりとしている。
「……こんな飲み物に氷なんて贅沢ね?」
言いながらサーシャは果実茶に口をつけた。
冷やされた果実茶の酸味と苦味がさっぱりとしていてクールダウンしたサーシャは、気分が落ち着いていく。
「……まあ、うちには特製の氷製造機があるからな」
ジェリコの言葉に軽く眉を跳ねさせるサーシャ。
「……それも彼女の?」
「……そうだ」
サーシャが探るように確認すると、ジェリコは頷いた。
それを見たサーシャは眉を寄せる。
「危なくないのかしら? こんな簡単に氷を出したりして」
現代に生きているとあまり感じられないが本来、氷は貴重品だ。
このファンタジー世界でもそれは同様だ。
特にこの城塞都市ローデンはアムルディア大陸中央平原の西方部に存在しており、雪が降ることもない。
魔法や魔法道具で氷を作り出すことは可能だが、そもそも魔法使いの絶対数は少ない。そのうえで氷結魔法の使い手を探さねばならない。
魔法道具にしても、前述のように一般には出回らないのが普通だし、製氷専門の魔法道具なんて話は、サーシャ《静香》も聞いたことがなかった。
また、冷蔵庫のような物も無く、氷を保存するのも難しいものだで、せいぜい貴族層が独自に氷室を持っているくらいだろう。
そこに納める氷も、北方の氷原地帯の高山などから運ばねばならず、専門の隊商が居るくらいだ。
当然、コストはバカ高くなる。
それを簡単に作れてしまうのが分かれば、制作者の身が危険にさらされるかもしれない。
サーシャの危惧はそういったものだ。
「…………それに関して言えば、すでに手遅れだ」
「え?」
沈痛そうに返したジェリコにサーシャは首をかしげた。
その反応を気にも留めずにジェリコは続けた。
「……あのバカ《アルエット》は頭が良いがバカなんだ……。製氷機が完成してすぐに街のど真ん中で完成披露して住人に氷を振る舞ったんだ……。もうこの都市で製氷機のことを知らないヤツはいない」
「……うわぁ」
顔をしかめながら言うジェリコに、サーシャはドン引きすると共に同情した。
おそらく裏からのあれやこれやに対応しているのは彼であろうと想像したからだ。
そしてそれは完全に的を射ていた。
「……それはなんというか、ご苦労様ね」
苦労してそうなジェリコにサーシャはしみじみと言う。ジェリコはその反応は予想通りだったようで、苦笑いを浮かべた。
「……まあ慣れたよ。トラブルの種が尽きん娘なもんでな」
そんなジェリコにサーシャも苦笑して、ふたたび果実茶に口をつけた。
「……ふう。美味しいわね。香りも良いし♪」
「気に入ってもらえたなら幸いだよ。お嬢さん」
サーシャの感想に、ジェリコは相好を崩した。
カオフの果実茶は、コーヒーのような味わいの飲み物であるという設定がある。
サーシャ《静香》は実際に飲んでみてなるほどと納得した。
確かに苦味と酸味があり、仄かな甘味が感じられる辺りは本当にコーヒーのような味だったからだ。
「やはりお客さんの反応が良いと気分が良いな」
ジェリコはそう言いながら上機嫌で陶器製の皿を磨き始めた。
見れば透明度の高いガラス製のカップなどもある。
「……そのお皿やガラスのカップも彼女が?」
「……ああそうだ。アルエットが造った」
サーシャの問いに、ジェリコは眼光を鋭くしながら答えた。
その意味に気付いて、サーシャは肩をすくめた。
「怖い顔しないでほしいかしら? 別にお金には困ってないわ」
「……失敬。少々過敏になっているようだ」
表情を戻したジェリコはサーシャへ頭を下げた。サーシャはその心中をおもんばかってか、首を振る。
「構わないわ。彼女を守るためなんでしょう? そのくらいの警戒は当然よ。それにしても、そんなにひどい状況なの?」
サーシャは切り込むように訊ねた。その視線をジェリコは剣呑なほどの眼光で受け止めた。
「……気付いていたか。あまり首をつっこまんほうが良いぞ? かなり根深い」
「気付くって言うより、もう関わったようなものよ。ロンド君達が護衛していた馬車ごと襲われていてね。身を隠す場所のない平原の街道で奇襲されたらしいわ」
これを聞いてジェリコは目を見開いた。
「……そうか。いやありがとう。前途有望な若い冒険者を失わずに済んだ」
今一度、ジェリコはサーシャに頭を下げた。
そして、顔を上げると真剣な顔つきになった。
「だが、それとこれとは話が別だ。危険すぎる。うちの所属でもないわけだし、やっかいごとに首をつっこむのは……」
「……良い子よね? アルエットちゃんは」
サーシャは、ジェリコの言葉を遮るように、リンとのおしゃべりに夢中のアルエットを見ながら告げた。その横顔は慈母のごとく優しいものだ。
「……いろんな道具を作るのが大好きなんでしょうね」
「ああ。それがみんなの笑顔に繋がることが何よりうれしい。そんな優しい子だよ」
ジェリコも、アルエットを見て微笑んだ。
「そんな子の笑顔を曇らせるわけにはいかないわね? ミスタ?」
ジェリコの言葉にサーシャは彼を見やってウインクして見せた。
それを見たジェリコは一瞬面食らったように目をしばたたかせ、苦笑した。
「物好きだな。蒼の探索者のサーシャ・レクツァーノ」
「やっぱり気付いていたのね?」
ジェリコに指摘されるも想定道理とばかりに肩をすくめて笑うサーシャ。そして彼に笑いかけながら右手を差し出した。ジェリコは数瞬考えてからその手を取った。
そうして二人の共同戦線が成立した。




