第61話
湯冷めしてしまいそうになって、三人は湯船に浸かることにした。
「……笑わないって言ったのに……」
「いや、あれは不可抗力だよ」
「そうね」
むくれるアルエットに対してリンが溢し、サーシャが苦笑いした。
アルエット自身、同じように思ってはいるらしくため息をひとつ吐いて表情を変えた。
「……それで、お風呂が嫌いな理由だけど」
「話してくれるの?」
口火を切ったアルエットにリンが驚く。サーシャはそれを聞きながら自分の右腕を左手で軽く撫でた。
「……聞きたくないな……」
「聞きたいです!」
アルエットが話すのを辞めようとすると、リンは湯船の中で正座しながら即座に答えた。
アルエットはもう一度ため息を吐いてから話始めた。
「……さっきも言ったけど、あたしってドワーフにしては手足が細くて肌が白いんだよね。おかげで人間族の子供に間違われることも少なくないの」
確かに、一般的なドワーフは男女ともにずんぐりとしてがっしりした体格をしている。
手足も太く、筋肉が目立つくらいに付いており、肌も褐色系の濃い体色で全体的に毛深いのが特徴だ。
それと比べればアルエットの手足は多少筋肉質ではあるが十分に細く、肌も健康的な人間族くらいの白さだ。
体毛にしても長い髪は硬質そうではあるが、その他の部位が特段毛深いわけでもない。
……下の方の毛も含めて。
「……それで、その……体に汚れだらけだと、ちゃんとドワーフって見てくれるの」
「ふんふん」
リンは真剣にアルエットの話に耳を傾けている。
ちなみにリンの下の方はツルンとしている。ドワーフとしては体毛の薄いアルエットですら、ちょっと生えてるのに。とリンが落ち込むのはまた別の話である。
「ドワーフは基本山の中、比喩でなくて山を掘り返して地面の下で暮らすんだよ。その方が掘り出した鉱石をすぐに精錬加工に取りかかりやすいしね。鍛冶や彫金なんかはあたし達の種族のライフワークみたいなものだし。だからドワーフは全身土まみれになってるのが普通なんだよね。だからそのときはあたしもみんなに色々言われないし、仲間だって思えるの」
「……そうなんだ」
アルエットの話にリンは感じるものがあったのか少し落ち込んでいた。
だが、黙って聞いていたサーシャの方は少し眉を寄せていた。
サーシャ《静香》にしてみれば、アールシア戦記TRPGはさんざんプレイし、GMの経験も結構ある。
当然ルールブックは読み込んでいて、基本的なPC種族の設定辺りは頭に入っている。
その知識から言って
も少々違和感がある。
確かにドワーフは採掘と鍛冶や彫金などで生活している種族だ。
土まみれ汗まみれでも平気で仕事を続けられる精神的なタフさがある。
とは言っても、それは土や汗で汚れたまま日常生活を送っている事には繋がらない。
彼らだって汚れた物や体を綺麗にする習慣があったはずだ。
それに、サーシャ……いや、静香はアルエットの口振りに、ある人物を思い浮かべていた。
「……そういえばアルエット。真鍮の歯車亭では、寝泊まりのみならず武具や魔法道具の販売もやってるんですってね?」
思い付いたようにサーシャが言うと、アルエットはぱあっと表情を明るくした。
「うんっ! 販売物は全部あたしが作ったものだよ? その辺の武具や魔法道具より出来が良いのが自慢なんだかなら♪」
「すごいわね? 武具だけじゃなくて魔法道具も?」
アルエットの言葉にサーシャは素直に感心する。
生産を主とする職能であるクラフターは、戦闘に直接関係するようなスキルがほとんど無いためプレイヤーが選択する事が非常に少ないクラスだ。
TRPGは一度に参加するプレイヤーの数が限られているため、生産をメインに据えた戦闘能力を度外視したキャラクターは敬遠されやすい。
単純にプレイヤー側の戦力が減るからだ。
MMORPGなどと違い、TRPGでの一度に参加できるプレイヤーの人数は、多くて六、七人が限界だ。
そのため、六人が六人とも戦えるパーティーと、六人中五人しか戦えないなら戦力に差が出て当然である。
さらにアルエットは魔法道具をも作成するという。
こちらはクラフターでも作成可能ではあるが、錬金学士の方が高品質の魔法道具を作成できる。
つまり、彼女はクラフターであり錬金学士でもあるということだ。
アールシア戦記TRPGでは、特別な場合を除いてメインクラスひとつとサブクラスひとつの兼業しかできない。
メインクラスは、戦士、神官、魔術師、盗賊の四つのみで、サブクラスがかなりの種類がある。
自由に職能を変更するクラスチェンジが可能なのはサブクラスのみで、メインクラスは上級職へのクラスチェンジしかできないため、恐らくアルエットはクラフターから錬金学士、あるいはその逆順にクラスチェンジしているのだろう。
それもどちらも高い性能を付加できるほどに育ててあるほどに。
となればそれなりに高レベルなのだろう。
「それだけの者を造るとなると大変でしょう? 時間も掛かるでしょうし」
サーシャはある確信を持ちながらも話を続けた。
アルエットは楽しそうに答える。
「うん。数も作らなくちゃいけないしね。けど、作るのは大好きだし夢中になれるから苦ではないかな?」
「……寝食を忘れるほどに?」
サーシャが目を細めながら切り込む。だが、上機嫌のアルエットは気付かない。
「うん、集中してると気づかないね~。時間も忘れるし。いつのまにか日が変わってたとかよくあるよ~。それにせっかくの作成作業の時間を他の事にとられたくないし」
アルエットの言葉に、サーシャは目を閉じる。
「……お風呂に入るくらいならアイテム作成していたいと?」
「そうそう♪ どうせすぐ汚れるし…………あ。」
サーシャの問いに機嫌良く答えていたアルエットが固まった。




