第6話
ひとしきり涙を流したスノウ《由紀恵》はそれを拭い魔剣を消して立ち上がった。
そして海を見やる。
暗い海に、ギルマン達の姿はない。
そもそもギルマン族は、魔に与する種族ではあるが陸上では動きが鈍るため、上陸してくることはあまりない種族だ。
陸地から遠く離れた海の底に集落を造って生活していおり、海を行く船を襲うことはあっても、海岸に近いとはいえ自分達が不利になる、地上へと攻めてくることは少ない。
ゴブリンのような無限の繁殖力を持つわけでもなく、オークのように強欲にまみれて人を襲うこともない。
もし仮に、よく上陸してくるなら、こんな場所に漁村など出来ないはず。
ならば?
「……なにが起きているの?」
自問するようにスノウは呟いた。
やがて夜が明け、村人たちがおっかなびっくりしながら様子を見に戻ってきた。
そこで彼らが見たものは、海岸にギルマン達の死体を山積みにして焼いている、エルフの女性の姿だった。
「……。! おはようございます!」
不意に、こちらに気づいたらしいエルフににこやかに挨拶されて、村人は面食らった。
「……あんた、なにしてんだ?」
挨拶を返すことも忘れて、村人のひとりが訊ねた。が、エルフの女性は気分を害した風でもなくうなずく。
「ギルマンの死体を処分しておきました。死体をそのままにしておくとアンデッド化するかもしれないし」
その説明に村人たちは、ああ、と納得した。
死した生物は、すべてアンデッド化の可能性がある。
その事は、この世界では常識に近い事柄だ。
本来、神々によって造られたこの世界に不浄なる穢れた不死生物は生まれない筈だった。
しかし、神話の時代に神々とこの世界をめぐって争った魔神や邪神の流した血が大地を穢してしまった。
その結果出現したのが、死体が呪いによって動く不死生物と魔神や邪神の血によってこの世界の動物達が変異した獣魔だ。
どちらもヒト族にとっては大きな脅威だ。
特に不死生物は、この世界に生きるものならば死した際に必ず生成される魔石が出現しない。
魔に属する者達ですら死した際に生成される、魂の残滓とも言われる魔石が出現しないということは、不死生物には魂が無いという事になる。
そんなものはこの世界に存在してはいけない。
それが、このアールシア世界の理だ。
「……助けられなかった村人さん達の遺体は、そっちに集めてあるよ。魔石と一緒にね」
勝手に燃やしちゃうわけにもいかないから……と、スノウ《由紀恵》は悲しそうに目を伏せた。
そんな彼女に、様子を見に来た数人の村人達は涙ながらにお礼を言っていた。
「……村の連中の方は、俺たちで火葬するよ。助けてくれてありがとな」
そんな村人の言葉に、しかしスノウ《由紀恵》は素直に喜べない。
スノウの実力ならば、全員助けられた可能性もあったはずだ。
だが、実際には少なくない村人が犠牲になっていた。
それを思ってか、スノウ《由紀恵》はうつむいてしまった。
「……兄貴の言う通りだなあ」
「どうしたんだい?」
「……ううん。それと、逃げ遅れていたらしい人や怪我人はあそこの大きい建物集まってもらってるの。簡単な応急手当はしておいたんだけど……」
スノウ《由紀恵》の呟きに男が訊ねてくるが、彼女はかぶりを振った。
どんなにレベルが高かろうと、たったひとりの人間に出来ることには限界がある。
由紀恵は、ゲームを通じて兄にそう諭されたことがあった。
「そうか……重ね重ねありがとうよ。けど、うちの村にゃお医者のセンセもいないんだ。諦めるしかねえよ」
諦めたような男の言葉に、スノウ《由紀恵》はくちびるを噛んだ。
治癒の奇跡が使える神官はおろか、医者もいないとなればそうならざるおえないだろう。
しかし。
「……近くにお医者さんはいないんですか? 近隣の集落とか」
スノウ《由紀恵》は諦めたくなかった。
「……ここはアムルディア大陸の東の果てだ。ほかに村はほとんど無えよ。まあ、あっちの山ふたつ越えたところに妙に色々詳しい薬師の女先生が居てくれて、ひと月に一回くらい見に来てくれるんだが……」
「その場所! くわしく教えて!」
エルフ娘の勢いに呑まれるように、男は首をカクカクと縦に振った。
薬師の女性の住居の場所をくわしく聞き出したスノウは、遺体が痛まないように冷気の結界を張らせていた蒼い魔剣を残し、山へ向けて走り出した。
残してきた魔剣は他の魔剣との繋がりが深く、意思のようなものもあるので、警報代わりでもある。
鬱蒼と生い茂る木々の間を、障害物など無いように突っ走るスノウ。元々森の民であるエルフ族からすれば、樹木は障害物でも何でもない。
山地でありながら、獣魔や魔物の影が少ないのも幸運だった。
「……」
本当に幸運だろうか? スノウは走りながら眉を寄せた。獣魔や魔物の少なさに疑問に思ったようだ。
と、何かの気配を感じた。
「!」
トップスピードのままスノウが頭を振った。その真横を光が貫き、彼女の金糸が数本舞う。
その目の前に、影が飛び出してきた。
とっさに蹴りを繰り出す。ガツッとした固い感触。そして、掬い上げるようにスノウの顎めがけて一撃が飛んできた。
それをスウェーして避けた。
が、目の前に赤い宝珠。
驚きに目を見開く。
「短杖っ?!」
相手がニヤリと笑い、宝珠が光って光弾が放たれた。
それがスノウを貫いた。
カシャアンッ!
ガラスが割れる音が響いてスノウの姿が砕け散る。
【スケープイリュージョン】だ。
一シナリオに自身のレベルの十分の一の回数しか使えない制限があるが、受けた攻撃を完全無効にする、強力なイリュージョニストのスキルだ。
「なっ?!」
今度は短杖を手にした影が驚いて声をあげた。
その背後に、スノウの姿が現れた。手にするのは翠色の魔剣。
同時に影も振り向き左手が繰り出された。
ピタリと、お互いの得物がお互いに向けられた。




