第58話
「お世話になりました」
「ありがとうサーシャ。君が助けてくれなかったら俺たちもムロトさん達も死んでいたかもしれない」
衛兵のチェックを受け、城塞都市ローデンの城壁をくぐった一行は、第二城壁前の広場で一息ついていた。この場所から街の各所入り口へと移動して街へ入っていくのだ。
一般的な旅人と商人、冒険者や軍隊などではいれる入り口が違う。
これはローデンが交易で成り立っているため商人が優先される入り口を設けることで、人の出入りを制御しているためだ。
街に入るために待ち時間が出来てしまうのは商売的にも無駄ではあるし、一般の旅人や軍隊、冒険者達を待たせるのもしのびない。
それに各入り口をそれぞれに関係が深い位置に設けることで人の流れがスムーズになるよう配慮してある。
例えば商人向けの入り口からは市場や倉庫が近くなっていて荷卸しなどがしやすくなっているのだ。
その入り口へ向かう前の広場は、街での目的の場所へ向かうために商隊などが解隊する場所でもあるのだ。
当然、商人のムロトとロンドの冒険者パーティー、そしてサーシャの成り行きで同道した面々もこの場で解散となる。
名残惜しそうにしているムロト達や、ロンドのパーティーから礼を言われて、サーシャは慌てて首を振る。
「たまたまですよ。今回はうまく切り抜けられただけですよ」
「……そうか。まあそれでも助かったのは事実だ。だからムロトさんからの報酬からあなた分も分けておいた。受け取ってくれ」
ロンドはそう言って金袋をひとつサーシャへ差し出した。
「い、いえ私はそんなつもりで助けたわけでは……」
「それでもだよ。これは私たちの感謝の意も含んでいるんだ。受け取ってくれないかね?」
断ろうとするサーシャに、ムロトも受け取ってほしいと告げてきた。
そこまで言われてしまっては断りきれない。
「……わかりました。受け取らせていただきます」
サーシャはそう言って謝礼を受け取った。
そんなサーシャにムロトは優しい笑みを浮かべながらうなずいた。
「それじゃあ、私たちは行くよ。店も空けっぱなしには出来ないしね」
「ありがとうございました」
「お姉ちゃんありがとう!」
「はい。ムロトさんご一家に女神ギアの護りがあらんことを」
そして、馬車を移動させながら礼を言うムロト一家に、サーシャは神への祈りを捧げて見送った。
「いったか。商売、うまくいくと良いな」
「そうね」
隣へと進み出ながら言うロンドに、サーシャはうなずく。
そんな彼女の横顔を盗み見てから、ロンドは表情を引き締めた。
「そ、それでだなサーシャ」
「? なにかしら?」
ロンドに声をかけられ、サーシャは彼を見た。まっすぐな蒼い瞳に、ロンドは顔が熱くなるのを感じ、わずかに顔をそらした。
「……あー。この後、時間はあるかな? せっかく知り合ったんだし一緒に飯でも……」
ロンドの提案に、サーシャはわずかにキョトンとなった。
その反応を気にしつつも、向こうで含み笑いをするケインと興奮気味のリンの姿に苦いものを感じつつも、ロンドは表情を崩さず、サーシャの反応を待った。
「そうね……」
明るいブラウンヘアーをふわりと揺らしつつ小首をかしげたサーシャは、頬に指を当てながら軽く思案する。
そして一拍の間を開けてからロンドを見ると、ニコリと微笑んだ。
「ええ、ご一緒しましょう」
「ほんとか!」
ロンドは密かに拳を握った。
恐らく脳内では快采を挙げているだろう。少し声が上ずってしまったのも無理からぬ事だ。
向こうではケインが軽く驚き、リンが瞳を輝かせていた。
「はい、みんな一緒に♪」
続けたサーシャの言葉にロンドは固まった。
「……みんな?」
「はい♪」
確認したロンドに、サーシャ楽しそうにうなずいた。それを見たロンドは「あ、ああ……そうだな……」と返しながら肩を落とした。
その様子を見ていたリンは顔に手をやって天をあおぎ、ケインは苦笑いを浮かべていた。
冒険者の専用のゲートをくぐり、サーシャとロンド達はローデンの市街へと入った。
そこは冒険者関係の店舗がメインとなる“冒険者通り”をメインストリートとした冒険者のための街区だ。
このようにきっちり区分けされていることは、アムルディア大陸では珍しい。さりとて隔離されている訳でも無く他の街区へ移動するのも自由だ。
ローデンの外城壁の城門は東西南北の四ヶ所にある。
そこから内城壁、各街区。本城壁、貴族街、城郭となる。
内城壁入り口は全部で五つ。
一般、商業、冒険者、軍、貴族だ。
一般街区は東側。
商業区は南側。
冒険者街区は西側。
軍施設と貴族街、本城は北側にある。
この内貴族のための入り口は直接貴族街へと乗り入れられる。そこだけ内城壁と本城壁が繋がっている形だ。
城壁が減ってしまうので防備が薄く感じるかもしれないが、軍施設が併設されているため、じつは一番防御が厚いのが、この北側だ。
南側は敷地面積が広く、各種商店や市場、倉庫街がある。
東側の一般街区は、一般家屋に宿屋、大型休憩設備などが設けられている。
行商人も宿はこちらに取ることが多いくらい充実している。
西側の冒険者街は、冒険者ギルドを中心に、魔術師ギルドなど各種ギルド、冒険者の店や宿。武具や魔法道具の売買の店が軒を連ねており、さらには様々な種族が入り乱れていて賑やかだ。
サーシャ達はこちらの冒険者街へとやってきていた。
「こっちだ。俺たちが登録している冒険者の店があるんだ」
ロンドに促され、サーシャは周りを軽く伺いながら後について歩き出した。
軽く見た限りでは、普通の賑わいであり、怪しげな人影などは無いようだ。
とはいえ、そんなに簡単に異状が感じ取れるほどとなれば、それはそれで問題である。
サーシャのキャラクターデータは基本的には前衛防御のそれであり、観察力などは盗賊系や魔術師系に劣る。
そんな素人の目にすらつくような状態は、末期だ。
少なくともそうではない事が判っただけでも、よしとしてサーシャはロンドの案内する店に向かった。




