第53話
巨大な手が、エルフの戦将に振り下ろされ、石畳を砕くほど衝撃が、轟音と共に広間を揺らした。
「スノウっ!?」
それを目撃してしまったカレンは、即座にスノウの姿を探す。
いつも攻撃が当たった瞬間に幻が砕け、スノウの姿が別の場所に現れるのだ。
何度かそれを見ているカレンは、今回もそうだと信じてスノウの姿を求めたのだ。
だが、魔剣を手にしたエルフの少女の姿はどこにも無かった。
「スノウっ! どこですかスノウ!」
声を挙げるカレン。それに反応してか、コールタール人形の生き残りがカレン目指して移動し始めた。
対してスノウの配下たる剣軍は、微動だにしない。
それが、余計にカレンの不安を煽った。
「危ない!」
不意に声が響き、カレンがハッと身を固くした。
彼女の背後に迫っていたコールタール人形が、ワイヤーに絡めとられ、細切れに切断される。
ミルだ。
直立した猫を思わせるケットシー族特有の静音行動力で音も無くカレンのそばへ降り立ちながらワイヤーを回収する。
「……迂闊ですよ」
「ごめん。ありがとう」
謝罪とお礼を述べつつも、カレンは魔神の手から目が離せなかった。
もうもうと立ち込める砂煙が、徐々に晴れてくると、驚くべき光景が眼に飛び込んできた。
ガラムだ。
ドワーフの少年が、巨大な魔神の手を押し止めていた。
その背後には、エルフの少女剣士の姿があった。
「ガラム!」
視界が戻り、予想していたダメージが無いことに顔を上げたノウは、少年の背中を見て驚きの声を挙げた。
それで少年はチラと彼女を見た。
「よう。無事か? スノウ」
彼の軽い声に、スノウの胸に安堵が広がった。
が、口を衝いたのは別の言葉だ。
「な、なにやってるの! あたしなら大丈夫だったのに!」
思わず言ってしまってから顔をしかめる。確かに【スケープイリュージョン】の使用回数は後一回残っている。攻撃を受けたとしても、無効化出来たのだ。
だからこそガラムの無茶に、ひと言返したのだ。
だとしても、まずはお礼を言うべきだったかと彼女は後悔しているようだ。
だが、当のガラムはと言えば……。
「ん? そうだったか? まあ身体が勝手に動いちまったからなあ」
魔神の手を支えながら、ドワーフの聖騎士は笑ってみせた。
その笑顔に、由紀恵は顔を赤くしてしまう。
(ふん、邪魔をしおって……)
そんなふたりを余所に、魔神は不満げな様子で腕を退けた。
と、上からの圧迫が無くなったガラムの身体がフラリと揺れる。
「ガラム!」
スノウは声を挙げながら体を起こし、彼を受け止めた。
「ぐぅ……」
それだけでドワーフの少年が顔を歪めた。
目立った外傷は見当たらないが、体の内部に大きなダメージを受けているようだ。
「ガラム! しっかりして!」
思わず悲鳴のような声を挙げるスノウ。するとガラムはうっすらと目を開いた。
「……へへ、面目無えな。ダメージが相当きついわ」
そう言ってガラムは薄く笑った。その様子が辛そうで、スノウ《由紀恵》は思わず詰まった。
そして。
「……ありがとガラム。守ってくれて」
素直に言葉が出てきた。
ドワーフの少年が、しかめっ面ながら笑ってみせた。
そこへ再び魔神が手を振り下ろした。
(今一度受けよ!)
頭に響く声と共に、巨大な手がスノウとガラムに迫った。
が、その腕が一瞬止まる。
(ぬう?)
オルケスは軽い驚きと共に腕を見る。そこには、ミスリル製のワイヤーが巻き付いている。
ふたたびミルがオルケスの攻撃を邪魔したのだ。
その隙にスノウがガラムを抱えて横っ飛びに逃げる。
その直後、オルケスの力に耐えかねて、ミスリルのワイヤーが千切れた。
「あうっ?!」
その拍子にミルは転んでしまう。
だが、彼女のお陰でスノウとガラムは巨大な手の攻撃圏から逃れられた。
「カレン!」
「は、はいっ!」
ガラムを抱え、転がるように離脱してきたスノウは、カレンにガラムを託し、立ち上がって凛とオルケスを睨んだ。
その周囲に、彼女の作り出した軍勢が一糸乱れず集結する。
「……許さない!」
(ほざけっ! 小娘!)
スノウの叫びに対して、オルケスも吠える。
互いの軍勢が、将の意思を汲んで前進した。
剣の軍勢が、コールタール人形の軍勢と激突する。
人形共は剣に切り裂かれ、貫かれ、抉られていく。
だが、人形達もただやられてはいない。
吸収できないと断じてか、いびつな腕を振り回して剣達を砕いていく。
そこでスノウが翠の魔剣をかざした。
「陣形! 【鶴翼之陣】!」
スノウの指示に、剣の軍勢の中央が後退していく。
それに釣られるようにして、人形の軍勢が勢いを増して前進してくる。
が、その側面に左右の剣軍が襲いかかった。
たちまちの内に人形共の軍勢が痩せ細っていく。
そして、最後には前後に分断され、人形の軍勢の半分が包囲された。
「殲滅しなさい! 【包囲殲滅】!」
将の命に従い、剣軍が分断された人形達へ苛烈な攻撃を始めた。
その包囲の外側では、味方を救わんと人形達が攻撃を仕掛けていた。
そこへケットシーの少女がネズミの軍団を率いて突撃していく。
「突撃っ!」
『ちゅうっ!』
自らも先陣を切り、ミルが人形達へと切り込んでいく。
ネズミ達が人形達に襲いかかり、ミスリルのワイヤーが切り刻んでいく。
こうして、人形達は外と中の両方で殲滅されていった。
「すごい……」
ガラムの応急手当を済ませ、カレンは呟いた。
ガラムもカレンの応急手当で動けるようになった後は、自分で【ヒール】の魔法を掛けて回復していた。
「……軍団戦じゃあ独壇場だな」
「ミルの援護も大したものですが、スノウの戦術指揮がすごいですね」
そう漏らす。
事実、スノウの指示に、剣軍達は自在にその陣形を変え、人形達を攻撃している。
通常の兵士では無く、魔法で造り上げた疑似兵士だが、これを制御するには魔法的な熟練を要するし、集団戦の指示のタイミングなどもやはり、場数を踏んだ戦術指揮能力を必要とする。
スノウはそれらを高いレベルで両立させていた。
その軍勢の動きは、まるで芸術であるかのように美しく、敵を殲滅していく。
これぞまさに、戦将が織り上げる、戦場芸術であった。




