第51話
「……」
その異形の姿に、誰も声を出せなくなっていた。
ただ、四人とも武器を構える。
すると。
「え?」
オークロードの胸元に転がっていたどす黒い魔石が浮かび上がった。
いや、それだけではない。
その場で倒れたゴブリンやコボルト、オーク。
オウガやトロウルの魔石までもが浮かび上がっていた。
「こ、これって……?」
いったい何が起きているのかわからず、スノウは呆然となる。
ガラムもカレンも、ミルですら目の前の光景に、呆気にとられていた。
四人がそうして見つめるなかで、二百を越える数の魔石が、淡く光り始めた。
どす黒いそれで有りながら、それは生命力を感じさせる温かさがあるものだ。
それが、一斉に明滅し始める。
「い、いったい何が……?」
それは誰の呟きだろうか?
しかし、その呟きこそが、四人の共通する疑問だ。
それに答えるものは無く、ただそれは進行していく。
浮かび上がった魔石がひとつ、亀裂へ吸い込まれていく。さらにひとつ、ふたつと、徐々に数を増していった。
まるで連鎖するようにして、その場にあった魔物どもの魔石がすべて、亀裂に……否、魔神オルケスに吸い込まれていく。
「……く、食ってやがる……」
ガラムが苦いものを含んだ顔で漏らした。
そう、強欲なる魔神は自分のしもべ達の魂の残滓を、貪っていた。
やがて、ひとつ残らず魔石が消えてなくなると、亀裂に巨大な手が掛けられた。
「……こ、こっちに出てくるつもりっ?!」
思わずスノウが声を挙げた。
だが、亀裂はそれ以上広がることはなく、異質な空間から無念そうな気配が漂ってきた。
(……やはり、質の悪い魔石では力が足りんか)。
「う、あっ?!」
頭の中に直接響いた圧力すら伴う声に、スノウ達は思わず悶えた。
その様子に、魔神がニヤリと笑う。
(ぐっぐっぐっ。まだ贄がおるではないか。三匹とも生娘のようであるしな。特に……)
ぎょろりと三つの眼がスノウを見た。
その視線に、由紀恵はぶるりと震えた。
まるで、スノウの中に居る自分自身を射竦められたかのように感じたのだ。
(……そこのエルフは特に良い。お前の魂のすべて、しゃぶり尽くしてやろう。ぐっぐっぐっ)
オルケスの宣言に、由紀恵はひどい悪寒を感じると共に、ひとつの確信を得た。
間違いなく、この魔神は自分の……由紀恵の存在に気付いている。
そのうえで、スノウごと由紀恵を喰らうと、そう言っているのだ。
正直なところ、スノウの【ライオンハート】のスキルが無ければ、由紀恵は恐怖の余り動けなかったに違いない。
だが。
「……絶対に、イヤ!」
魔神に対して魔剣を突きつけ、拒絶した。
そしてガラム、カレン、ミルもスノウの周囲に集まり、それぞれ武器を構えた。
(……ぐっぐっぐっ、神に逆らうか。ならば容赦はせぬぞ?)
魔神は空中の裂け目から身を乗り出そうとするが、狭いらしい。裂け目に両手を掛け、広げようとしている。
だが、裂け目はそう簡単には広がらないらしく、魔神がイラついたように鼻を鳴らしていた。
「……今の内に逃げられるんじゃないでしょうか?」
ミルがオルケスから目を離さず呟く。
一瞬、スノウが眉根を寄せた。だが、ガラムが首を振る。
「……そいつはダメだ」
確信を持った声に、スノウ達は彼に耳を傾けた。
「今、光明神アルス・ゼオス様からお告げがあった。このままにしておくと、あの亀裂を広げて魔神がこの世界に復活しちまうんだと」 ガラムが苦り切った顔で言うと、三人は驚いた。
「亀裂は時間が経てば世界が修復するらしいが、今は魔神が邪魔で出来ないらしい」
「……なにか対処法はあるのですか?」
カレンがガラムに訊ねた。すると彼はうなずいて見せた。
「……いったんあいつを倒して亀裂から遠ざければなんとかなるらしい。しかしなあ……」
ガラムがぼやく。
それはそうだろう。
相手は神世の時代に神々と争った魔神の一柱だ。
一度は神々に破れ封印されたこの魔の神に、はたして人の身の力が通用するのか?
スノウにもわからなかった。
やがて左腕だけがぬうっと亀裂から伸びてきて四人の頭上に振り降ろされた。
「散開!」
叫ぶスノウに従い四方に散る。
巨大な質量を叩きつけられた石畳は砕け散った。
それを見ながらカレンがハッとなった。
「……物質化してる。授肉しているんだわ。神々に破れた魔神達は残らず精神体となったはず……。どうやって授肉を……?」
ぶつぶつと呟きながら考察する彼女をおいてオルケスの左腕がスノウに襲いかかった。
横殴りに襲いかかってくる巨大な手を、ひらりと躱し、手にした魔剣で切りつける。
が。
「ぐっ?!」
ガツンとした固いモノを叩いたような感触と共に剣は弾かれてしまう。
素早くバックステップで距離を取りながら、幻剣を創り出して射出した。
着弾と同時に【ブラストイリュージョン】で爆破。
だが、オルケスの左手はその爆炎を突き破ってスノウへと伸ばされた。
「うっ?!」
思わず呻き、さらに後ろへ跳躍。が、手が伸びる速度が早い。
と、手の動きが止まった。
「させません!」
ミルだ。
ミスリルのワイヤーでオルケスの腕を縛り上げる。
調教師のスキル【ウィップバインド】だ。
一時的に対象の動きを止めるという、行動阻害の効果を持っている。
が、それも一瞬のこと。
腕はあっさりとワイヤーを引きちぎってしまう。
しかし、稼がれたわずかな時間はスノウにとっては十分なものだ。
「ふっ!」
後方に跳ねながらいったん両腕を交差させてから左右へ振った。
出現した七本の幻剣が射出され、オルケスの腕に突き刺さった。
「【ブラストイリュージョン】!」
七本の剣が次々に爆裂する。
(ぬう?)
オルケスが呻く。
「通った!」
スノウが思わず声を挙げた。
これを見て、カレンが叫ぶ。
「わかりました! 今のオルケスは、魔石の生命エネルギーをかき集めて肉体を作り出しているだけです。魔の特性として物理攻撃は効果ありませんが、魔法攻撃なら!」
「通用するってことだね!」
スノウが再び幻剣を繰り出そうとした瞬間。
傷ついたオルケスの手から流れ出たコールタールのようなどす黒い血が、ぬるりと立ち上がった。




