第48話
「こっちだよ!」
残像が消えると同時に聞こえる声。ガルボとゼロンが顔を上げた。
消えた幻像の向こうには、翠の魔剣を手にした左腕を上げ、切っ先を二人に向けたエルフの少女の姿。
その腕の周りに幻像が焦点を結び、つぎつぎに剣の形をとっていく。
「やべえっ!?」
「やれいっ!」
身を翻したゼロンと、部下に攻撃を指示したガルボ。
それが命運を分ける。
「グォオオオオッ!」
「グルゥオッ!」
丸太のようなこん棒を手にしたオウガとトロウルが殴りかかり、ゴブリンやオーク共が武器を手に切りかかっていく。
それらに向かってスノウは幻剣を射出した。
「ギャッ?!」
「グギャッ!?」
「ゲガッ!」
「ガフッ!」
「ゴアッ!」
次々に射ち出された幻剣が魔物達を貫き、引き裂いていく。
七本の幻剣は、射出されるそばから【リピートプロジェクション】によって再び創られ、さらに撃ち出されていく。
それは剣弾のガトリング砲とも言うべき様相だ。
無数の剣が、さながら嵐のごとく魔物を打ち倒していく。
そして。
「ぐぶぅっ?!」
肉の盾と化した配下の魔物がすべて倒れ、オークロードガルボの身体にも数本の幻剣が突き刺さった。
「ダンナッ?!」
ガルボの姿に、声を挙げるゼロン。彼は距離をとったがゆえにかろうじて弾幕から逃れていた。
だが、すでに形成は逆転しているといって良いだろう。
ゴウッ! と熱波にあぶられ、ゼロンが広間を見やる。
配下たる魔物共が火炎に巻かれていた。
聖騎士に守られた魔導師の魔法の炎。
守勢に優れた聖騎士と攻勢に優れた魔導師のコンビは、有効に機能すれば高い戦力となる。
さらにスノウがファントムアーマーのゲハルトへも幻剣を射出し始めたのを見て、ゼロンは舌打ちした。
「……チッ、引き時かっ!」
言うが早いか、ゼロンは素早く呪文を唱える。
それに気付いてスノウが左腕をゼロンに向けた。
「待てっ!」
「勝負は預けるぜっ! 兄弟っ!」
放たれた幻剣の群れがゼロンを貫く。が、彼の姿はすでに薄れていた。
転移の魔法だ。
指定した場所にしか跳べないが、緊急脱出などには向いている魔法である。
消えゆくゼロンの姿に、スノウは歯噛みした。
そこへ殺気が飛んできた。
反応して振り向きながら避けようとするスノウの首を首狩刀が、跳ねた。
瞬間。
ガラスの砕ける音が響いて
スノウの身体が砕けて消える。
【スケープイリュージョン】による緊急回避だ。
ゲハルトの背後に出現したスノウが、右手に持った翠の魔剣を振るった。
が、ファントムアーマーは、人外の反応速度で振り向きその剣を首狩刀で跳ね上げた。
大きく振り上げられた首狩刀。そこに隙ができていた。
その時には、スノウの左腕から幻剣が速射される。
ゲハルトの身体に、七本の幻剣が次々に突き刺さり、ファントムアーマーを後方へと弾き飛ばした。
さらにトドメを刺すべく、スノウは幻剣を撃ち出そうとした。が、とっさにバックステップ。
自分が立っていた場所に巨剣が叩きつけられるのを見ながら、着地する。
「ぐふ」
ガルボだ。
腹や肩に幻剣が刺さったままスノウに切りかかったのだ。
恐るべきタフネスぶりだ。
スノウは左腕の幻剣を解除すると、翠の魔剣を手にした右腕を水平にして後方へ振った。
その軌跡に沿って、幻剣が生まれていく。さらに彼女の左手に砂礫が集まり黄の魔剣となった。
ガルボは構えたスノウを見ながら刺さった幻剣を巨剣で払った。
実体化したそれは、なかなかに強度があるはずだが、剣はあっさり砕けてしまった。
「がはっがはっがはっ……やりおるのう冒険者」
「……」
ガルボの言葉に、しかし、スノウは答えない。
だが、ガルボは気にした様子も無く続けた。
「我が名はガルボ。総てを欲する強欲のオークロード、ガルボだ。エルフの娘よ。お前の名は?」
まさか名乗られると思わなかったスノウは、若干面食らった。
だが、すぐに気を取り直した
「……あたしはスノウ。フレニの森のメルスノウリーファ」
剣先をこの醜い豚の王へ向けながら、スノウは堂々と名乗った。
それを聞いてオークの王は、醜い豚面を歪めるようにして笑った。
「がはっがはっがはっ! フレニのメルスノウリーファか! 良い名だ! お前なら我が神も満足するだろう! さあ、神への供物となるがいい!」
そう告げて、ガルボがスノウに向けて突進していく。
その迫力に負けること無くエルフ娘は豚の王を睨み付けた。
「……お断りだっ!」
吐き捨てるように叫び、右足から踏み込みながら翠の魔剣を振るう。風を纏った斬撃が、掬い上げるようにガルボを迎え撃つ。
対してガルボの巨剣が振り降ろされた。
両者の剣撃が激突し、衝撃波を撒き散らしながら互いに弾かれた。
「ぐむっ?!」
「くうっ!?」
ガルボの巨体が後ずさり、スノウの華奢な身体が後ろへ吹っ飛んだ。
そこへ体勢を立て直したファントムアーマーが切り込んでくる。
が、スノウは空中で体をねじるように振った。大きな胸もそれに合わせて振り回される。その影から剣が飛び出し、ファントムアーマーへむかった。
「!?」
わずかに驚いたようなファントムアーマーのゲハルトは、その剣を首狩刀で弾き飛ばす。
その一瞬に、スノウは着地しながら先に展開していた幻剣を射出し、勢いを逃がすように沈み込みながらブレーキング。そして一気に踏み込んだ。
ゲハルトは、その鋭い剣閃で飛来する剣をすべて叩き落とし、エルフの女剣士に向けて踏み込んだ。
二刀対一刀。
スノウの繰り出す二つの剣を、ゲハルトは当たるに任せながらエルフ少女を両断した。
が、その姿が霞と消え、同じ軌跡に踏み込んでくるエルフの二刀剣士の姿。
幻影だ。
全力で振った首狩刀を引き戻す。肉体という軛を失った剣技が、人外の速度を見せた。
その刃が、エルフの細首に叩き込まれ……ない。
黄の魔剣が首狩刀をカチ上げ、翠の魔剣がファントムアーマーの肉体である鎧を貫く。
兜の奥で光が明滅し、それが消えた瞬間、鎧は崩れ去った。




