第47話
逃げる女性達を見送りつつ、迫るゴブリンやコボルトの持つ錆びた剣や斧を避けながら、カレンは広間を注意深く観察していた。
攻撃を捌いた一瞬に、視線を走らせる。
今の状態ではカレンは完全にお荷物だ。
魔法を封じられた魔法使いは大抵なにも出来なくなる。
中には武器の扱いを覚えて護身術程度に戦えるものも居ないではないが、やはり魔法使いは魔法を研究することに重きを置くものだ。
カレン自身は、銃使い《ガンスリンガー》ということもあり、体捌きにはある程度の自信はある。
だが、さすがに徒手空拳で魔物を倒せるような訓練はしていない。
となれば。
状況を打破するためにその頭脳をフル回転させるのが、魔法使いの役割だ。
自分より小柄なガラムがオウガやトロウルの振るう丸太のようなこん棒を受け止めている姿に思うところが無いではないが、それよりもこの危機を切り抜けなければならない。
あちらではスノウがオークロードとフォールンエルフの二体を相手に立ち回り、こちらではミルがファントムアーマーを足止めしつつネズミ達をけしかけて魔物の群れを引っ掻き回していた。
自分だけがなにもできていない。
このままでは、結局数に押しきられてしまいかねない。
まず倒れるのはガラムだ。次いで自分。ミルは逃げに徹すれば脱出できるかもしれないが、スノウは最後まで踏みとどまるかもしれない。
だからこそ、カレンは必死に考えた。
“消魔の界”。
それは強力な魔法封じの結界だ。この結界の中では、ありとあらゆる魔法が使えなくなり、魔法道具も力を失う。
HPやMPの回復ポーションでさえもだ。
この中であれば、魔力の続く限り存在できる高位魔族ですら倒せるし、獣魔の【断末魔の呪】ですら無効化できる。
それほどに強力な結界だ。
故に、その準備には時間がかかる。
六芒星の形に結界の基点を作り、そこへ魔力を送り込んで活性化させる。
これには膨大な魔力が必要となり、カレンのような高位の魔導師でも一人で賄えるかどうかというほどだ。六つの基点すべてともなればとてもではないが一人では無理だ。
日数と人数を掛けてじっくり活性化させる必要がある。
「……なるほど、ずいぶん前から準備していたようですね」
見ればゴブリン種の魔法使いであるゴブリンシャーマンの姿は無い。
他にもオウガシャーマンやゴブリンアコライトなど、この場にいる種の魔法使い系は軒並み居ない。
思えばカルメルの村を襲った中にはシャーマンが居たと聞いている。
なのに、この遺跡に入ってからはその姿を全く見ていない。
恐らく基点の維持に必死になっていることだろう。
そして。
「……この場にも、中心となる基点があるはず……」
つぶやき、ホブゴブリンの振るうハンマーを避けながら、改めて広間をザッと見る。
注視する余裕はない。
瞬間的に得られた視界情報と自身の持つ“消魔の界”の知識から得たそれは。
バッと上を見るカレン。
中央の巨大な焚き火の真上に吹き抜けの真ん中に吊るされるようにして木製の円形板がある。
ランタンが据え付けられたそれを見て、カレンは叫んだ。
「ミルっ! 上ですっ! 結界の基点が……あぐっ?!」
「カレン! くそっ!」
ゴブリンの振るった斧を受けたカレンを見て、ガラムがそのゴブリンをハルバードの石突きで突き飛ばした。
ミルはカレンの叫びを聞いて上を確認し、即座に動く。
それを見たゼロンが舌打ちをした。
「チィッ! ゲハルト行かせるな!」
声を挙げながら自らも矢を放つ。
今度はスノウの割り込みは無い。エルフ少女はガルボと切り結ぶので精一杯だ。
ミスリルのワイヤーを無理矢理引きちぎり、ゲハルトがケットシーの首を狩らんと首狩刀を振るった。
が、ミルはそれを潜り抜けて避け、ゼロンの矢を跳躍して躱してみせる。
そして、彼女が着地したのは、広間の壁だ。
そのまま疾走する猫少女。
追跡者のスキル、【ウォールウォーカー】だ。
TRPGのゲーム的には壁を走れるというフレーバー……演出的な意味くらいで、接敵状態から簡単に逃げ出すためのスキルだが、実際にはこうなるらしい。
「なっ?!」
これにはゼロンも驚くが、すぐさま矢を放つ辺りはさすがである。
三連射された矢を加速してやり過ごし、ミルは壁を蹴って跳んだ。
その距離は10メルク(約二十メートル)以上あり、とても届くとは思えなかった。
が、そんなことはこの猫少女にも分かりきっていた。
素早く左手が振られると、板を吊るしている太い鎖に何かが巻き付いた。
先端にナイフを取り付けたミスリル銀のワイヤーだ。ミルの小さな身体が、ワイヤーの巻き付いた部分を中心に大きく弧を描く。
そのまま遠心力を利用して板の真上まで跳躍。
「ギッ?!」
その板の上には、一匹のゴブリンシャーマン。
基点としているであろううっすらと光る大きな石に手を当てながら、空から降ってくる猫の姿に驚く。
そして、その眼はすぐになにも映さなくなった。
シャーマンの額に突き刺さるナイフ。ただそれだけで彼は絶命していた。
元よりゴブリンシャーマンのレベルは4程度。30レベル近いミルに敵うわけなど無い。
そのまま板に向かって降下したミルは、石に蹴りを見舞った。
だが、石は頑丈に固定されており、微動だにしない。
が、慌てること無くミルは石と板を素早く調べた。
「……いけますね」
猫少女がニッと笑い、ナイフを手にすると、石を基点とする為の術式が彫られている部分を削った。
そして魔力を溜め込むための自然石は、あっさりとその力を失い、溜め込んでいた魔力を解放した。
同時に、スノウの身体に魔力がみなぎってきた。
そこへガルボが切りつけてきた。
その刃がエルフ少女を両断する。ガルボの醜い顔に笑みが浮かんだ。
と、ガラスが砕ける音が響いて、スノウが砕け散った。
「な……に?」
オークロードの笑みが凍りつく。
「ダンナ! 後ろだ!」
ゼロンが叫びながら矢を放った。
同時にガルボも振り向きながら巨剣を振るった。
だが、そのどちらもスノウの体をすり抜けてしまう。
「なっ?!」
「バカなっ!?」
オークロードとフォールンエルフが声を挙げた。




