第46話
「がはっがはっがはっ! 残念だったのう冒険者共。おい貴様ら、こやつらを捕らえよ。そこの小僧は殺しても構わんが、そっちの魔法使いは生きて捕らえるのだ」
オークロードのガルボが魔物共に命ずる。それを受けて二百の魔物たちが動き始めた。
ゴブリンやオークが走り出し、オウガが雄叫びを挙げ、トロウルがのっそりと動き出す。
「ガラム! カレンを守って!」
「わかった!」
スノウの指示に、ガラムはうなずき、機能を失った銃杖を仕舞うカレンの傍へと移動した。
するとゼロンが神速の動きで矢をつがえて放つ。
狙いはスノウ。
「スノウ!」
ガラムが声を挙げる。が、その矢をスノウは切り捨てた。
腰の後ろに差していた剣甲虫の剣だ。
さらに幻剣を作り出そうとするが、幻影は形を為さずに霧消する。
「……あたしの魔法もか!」
悪態をついて、さらに飛来した矢を弾く。
「やるな! 兄弟!」
「兄弟言うな!」
楽しそうに声を挙げるゼロンへと拒絶を投げ掛け、スノウは一挙動でゼロンへと切り込んだ。
「チィッ!?」
その鋭い踏み込みに、ゼロンが舌打ちをしながら下がる。
スノウの斬撃を弓で受け流さんとするが、その横をスノウはすり抜けてしまう。
「なっ?! この俺を……っ!?」
自分の横をすり抜けられた事に驚くゼロンを置き、スノウがオークロードへと迫った。
「むう?!」
ガルボは驚き、玉座から立たてない。そのままスノウが鋭い刃を振るう。
甲高い音が響いた。
「くっ?!」
ガルボは手元にあった肉の山を載せた金属製のトレーをとっさに持ち上げて、スノウの剣を受け止めたのだ。
歯噛みしながらもスノウはサイドステップして、オークロードへ切りつけた。
「ぐむぅっ?!」
「なに? この手応えはっ?」
脇腹を切りつけられガルボは顔をしかめた。
分厚い脂肪が、肉の鎧となり、オークロードを守っているのだ。
戸惑うスノウだが、呆けている暇はない。
巨体を揺らしながら立ち上がったガルボが玉座の裏から二メルク(約四メートル)はあろうかという巨大な剣を引っ張り出した。
ガルボ自身も一メルク半(約三メートル)もの上背があり、さらにでっぷり太っているせいか、さらに大きく見える。
スノウとて少女とはいえエルフらしく長身だが、ほとんど大人と子供ほどの差がある。
しかし、スノウは怯む様子は無く、むしろガルボを睨み付けて剣を構えた。
「てめえの相手は俺だろうが! 兄弟っ!」
上がった声に振り向きながら飛来した矢を切り捨てる。
【オートガード】と【切り払い】による半自動防御。
スノウという高レベルキャラは、そう簡単には攻撃を受けない。
スノウは振り向いたついでにガラムとカレンの様子をうかがう。
ふたりとも押し寄せる魔物達を捌くので手一杯だ。案の定集団戦ペナルティのせいで思うように動けていない。
今はガラムが防御に徹しているためなんとかなっている状態だ。
「がはっがはっがはっ。諦めたらどうた? エルフの小娘。今なら我が神の贄に加えてやるぞ? がはっがはっがはっ!」
「お断りよっ!」
奇妙な笑い方をしながら降伏を勧告してくるガルボだが、スノウは即座に拒否した。
「そうでなきゃあ困るぜっ! 兄弟!」
それを聞いたゼロンが嬉しそうに矢を放つ。
それを切り裂いた瞬間、スノウの腹目掛けて分厚い刃が振るわれた。
「ッ?!」
とっさに跳躍してその刃を避けるスノウ。
魔法が使えないとなれば【スケープイリュージョン】も使用できない。
緊急避難用の切り札が使えない以上、あの攻撃を受けるわけにはいかない。
それに……。
「……普通のオークロードより強い? まさかネームド?」
しっかり刃を合わせた訳ではないが、攻防からガルボが並のオークロードではないとスノウ……由紀恵は気付いたようだ。
当然だ。
普通のオークロードなら23レベル。対してスノウは33レベルだ。
10レベルもの差があるなら、魔法具による強化が無くてももっと余裕を以てあしらえる。
ハイギルマンより少し強い程度でしかないはずなのだ。
だが、このオークロードからはあのスキュラクラーケンに匹敵する威圧感を感じる。
もし、先の戦いがなかったら、スノウの中で由紀恵は怯えてしまっていたかもしれない。
だが。
「……人質、返してもらうよ?」
ニッと笑って見せるエルフの少女。
それを見て、ガルボとゼロンは訝しげになった。
次の瞬間。
「……っ!」
ゲハルトが弾かれたように動いた。
が、その鎧の身体が縫い止められたかのように止まる。
「ッ?!」
感情を見せなかったゲハルトが初めてそれを見せたようだった。
「……ミスリル銀製のワイヤーです。如何に“消魔の界”によって魔力が失われていても、そう簡単には切れませんよ」
暗闇から染み出すように直立した猫が姿を表した。
“消魔の界”。
結界の一種で、結界内での魔法の行使を禁止する魔法的な仕掛けだ。
抵抗の余地無く効果が適用されるため、高レベルキャラでも、魔法が使えなくなってしまう。
だが、もともと金属としても優れた力を持つミスリルなら、話は別だ。
柔軟性と強靭さを魔力に頼っていない分、普通の金属より頑健なのだ。
姿を見せたミルの横では、捕まっていた女達が、いつのまにか枷を外されていて呆けている。
「ぬうっ?! 我が神への供物をっ!?」
「チッ! 夜の見張り番かっ!」
ガルボが驚き、ゼロンが舌打ちをした。
ミルの種族ケットシー族は、黒影神ダルク・ゼオスにより、夜闇に徘徊する魔物達の監視者として産み出された種族だ。
ガルボやゼロンにとっては忌々しい天敵である。
「ラーシュ、彼女達をお願いね?」
「ちゅっ!」
任せておけとばかりにネズミのラーシュが後ろ足で立ち上がり、胸を叩いた。
「みなさん、このネズミについて走って。出口に出られますから」
「え、と……」
「早く!」
一瞬戸惑う女性達だが、ミルに強く言われて走り出した。
その戦闘を行くのはラーシュだ。
その様子にガルボが醜い顔をさらに醜く歪めた。
「おのれ! 逃がすなっ!」
吠えるようなオークロードの命令に、ゴブリンやコボルトが弾かれたように動いた。
だが。
「ちゅーっ!」
ラーシュがひと声鳴いた瞬間、無数の気配が広間に出現した。
それはネズミの群れだ。ラーシュの声に従い、助けに現れたのだ。
それらが一斉にゴブリン共へと襲いかかる。
何百という数のネズミにまとわり着かれ、ゴブリンやコボルトは悲鳴を挙げた。
さすがにオウガや、固いトロウルには効果はあまり無いようだが、魔物達の勢力は大混乱に陥った。
「ちっ! こいつは締まらねえなっ!」
悪態を吐きながらもゼロンは逃げる女達へと矢を続けざまに放った。
しかし、そこへスノウが射線に割り込むように飛び込みながら剣甲虫の剣で弾いていく。
「んだとっ?!」
あまりの早業にゼロンが眼を剥いた。それを見ながらエルフの少女がフォールンエルフに剣先を向ける。
「あんたの相手はあたしじゃないの? お・と・う・と・君?」
「……てめえ」
嘲るようなスノウの挑発に、ゼロンのコメカミからなにかが切れるような音がした。




