第43話
森を奥に向かってしばらく行くと、一行は木々の間にひっそりと口を開く洞穴を見つけた。
その入り口に、二匹のゴブリンが粗末な槍を手に欠伸を噛み殺しながら立っている。
「……ここ、みたいだね」
その様子を少し離れた茂みから観察していたエルフ少女がポツリと漏らした。
その後ろには、板金の鎧を着た浅黒い肌の少年と、ローブを羽織り、広い鍔の有るとんがり帽子を被った女性の姿。
さらに、直立した猫のような姿の女の子も居た。
スノウ達、蒼穹の道程のメンバーだ。
現在は簡易契約でケットシー族のミルもカンパニーに一時的に所属していた。
しばらく前に、樹精の元で様々な情報を入手したスノウ達は、敵が潜む拠点となっている遺跡へと直行した。森の中をくまなく探索することも出来たのだが、やはり囚われの人が居る現状では、早急に救出するべく、巧遅より拙速をと判断したわけだ。
その結果として、思っていたより早く敵の根城にたどり着けたのだ。
「……油断してる。なるべく静かに倒したいね?」
「任せてくださいませ」
スノウの言葉にミルが答えた。
その時にはすでに彼女の姿は、影に溶けるようにして消えていた。
ミルの職能は、探索者/追跡者だ。
クラスチェンジの過程で調教師、暗殺者を経由している。
探索者は以前紹介したが、盗賊系上位クラスだ。
探索力に優れ、ダンジョン踏破に力を発揮する。
調教師は、動物や魔物を使役し、自身あるいは味方を補助させるクラスだ。鞭の扱いにも長けていて、特殊な武器を使える。
暗殺者は、敵の殺傷を目的としたクラスで、物陰に隠れながらの奇襲攻撃や毒物を扱った攻撃を得意とする。
追跡者は、目標の追跡を得意とするクラスで、移動能力に優れる。また尾行を行う能力も高く、相手に気づかれないまま追いかけることなど造作もない。
これらのクラスからチョイスされたスキルの数々により、ミルは、隠れたまま探索したり攻撃したりすることで真価を発揮する隠密行動のエキスパートなのだ。
その隠行能力は、スノウを以てしても容易には見つけられないほどである。
そんな彼女の隠密接敵に、たかだかゴブリンが気づけるはずもない。
音も無く投じられたナイフが一匹のゴブリンの眉間に突き刺さり、あっけなく倒す。
その魔石が転がるのに気づいたもう一匹が慌てて声を挙げようとするが、その首に鞭が絡み付いた。
「?!」
そのまま引き倒され、茂みに引きずり込まれるゴブリン。
その少し後、茂みからミルが姿を表した。
彼女は全く音を立てずに二匹のゴブリンを始末してのけたのだ。
ミルの合図を受けて、スノウ達三人も別の茂みから姿を表した。
洞穴の前で合流し、うなずき合う。
ここからが勝負である。敵の数は多い。本来なら、洞穴に籠っている魔物どもを誘きだすなりして数を減らすべきだろう。
状況が許せば、煙で薫すなり、大量の水を流し込んで水没させるなりして混乱を誘発させながらやれば勝率は上がる。
もっと単純に大規模破壊可能の高レベルの破壊魔法を使用して生き埋めにしてしまっても良いくらいだ。
もっとも、森にもダメージが大きいやり方は採れないし、今回は拐われた人たちの事もある。
強引な手段は採れないだろう。
樹精によれば拐われた女性は二十人にもなるという。
被害に遭っていたのはカルメルの村だけではなかったのだ。
となると、まずしなければならないのは拐われた女性達の救出が最優先だ。
「それじゃあ作戦通りにいこう」
スノウの声に、三人はうなずいた。
まずは、ミルが影に溶けるように姿を隠した。
そして、スノウが呪文を唱える。
「スプライトの羽根、空を彩る虹。我らを覆い、その姿を隠せ【インビジブル】」
言霊に導かれて、魔力が力を顕す。すると、スノウの姿が背景に染み込むように消えていった。
さらにカレン、ガラムの姿も消えていく。
【インビジブル】は幻術師の魔法スキルで、魔力によって相手を透明化する魔法だ。
本来なら移動しただけで解除されてしまう透明化だが、上位の【インビジブルウォーカー】のスキルによって敵対存在に発見されない限り透明化が持続する。
【インビジブル】自体の使いにくさから取得をためらう幻術師スキルの筆頭ではあるが、由紀恵はしっかり取得していたようだ。
「……すげえな」
「わたくしもここまで完璧な透明化の幻影魔法は初めてです」
「……あんまりしゃべらないで? 魔剣の風じゃあ音を完璧に遮断することは出来ないから」
姿の見えないガラムとカレンの感心する声に、スノウが注意する。が、その声音には喜色が混じっているようだった。姿が見えていれば照れているのがわかったかもしれない。
ともあれ、ここからはふた手に別れて進むようだ。
「……では、先行します」
ミルの声だけが聞こえた。
ミルが先行して探索しながら進み、女性達を見つけて確保する。スノウ達はなるべく見つからないように進み、邪神の軍勢を率いる存在を探しだして不意打ちで倒す。
大雑把に言えばそんな作戦だ。
とはいえ、中では何が起こるか分からない。
想定外の事態には臨機応変にあたる冒険者らしい作戦でもあった。
ミルの声が聞こえてから少し時間をおいて、スノウの声が小さく聞こえてきた。
「あたし達も行こうか」
「おう」
「ええ」
ガラムとカレンの返事が聞こえ、しばらくして辺りから何者の気配も消え、風に揺れる木々のざわめきだけが残った。




