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アムルディアの戦将《ウォーロード》 ~アールシア戦記TRPG異譚~  作者: GAU
第一章 “戦将”メルスノウリーファ
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第42話


 松明で照らされた薄暗い石造りの通路を、一人の人影が進んでいく。

 スラッとした長身に長い髪。切れ長の双眸に長剣のように鋭く尖った長い耳。

 エルフだ。

「……やれやれ、厄介そうな冒険者共だったなあ」

 足を進めながらぼやく。その横顔が、松明の火に照らされる。

 浮かび上がるのは蒼い肌と白い髪。

 フォールンエルフだ。

 神々を裏切り、邪神の軍門に降り、その証としてその蒼き肌と白い髪を得た、堕ちたるエルフの一族。

「……あのエルフっ娘はなかなかの強さだったなあ」

 思い返した金髪碧眼のエルフ少女の姿に相好を崩した。

「ま、ここに陣取ってりゃあ嫌でもまた会えるか」

 通路を抜けた先は、熱気とざわめきに満ちていた。

 そこは広間だ。

 石畳に石壁。

 ただ敷き詰めただけにも見えるが、かなり頑丈だ。

 そこは宴会でも開かれているような騒ぎだ。

 広間には篝火が焚かれ、多くの魔物共がひしめき合っていた。

 そして、一段高い場所に据え付けられた大きな椅子に、一匹の魔物が鎮座していた。


 豚のように潰れてひしゃげた鼻。

 下くちびるを押し退けるようにして伸びる太い牙。

 でっぷりと突き出た腹。

 見るものに嫌悪感を感じさせる醜い人型の魔物。


 “オーク”。


 強欲なる魔の一族。

 しかも、このオークはロード種。オークロードである。

 通常のオークより身体も大きく、残忍でずる賢いオークのロード

 それが薄汚い玉座に座り、焼いた肉を手掴みで頬張っている。

 その横にはヒト族の女達が鎖で繋がれ、絶望した顔を涙に濡らしていた。

 それらを横目に見ながら、フォールンエルフの男がオークロードに近づいていく。

「よおガルボのダンナ。景気はどうだい?」

 がっつくように肉を食らうオークロード“ガルボ”へにこやかに話しかける。

「ガフッガフッ……ゼロンか? 冒険者共はどうした? 捕らえたか?」

「いや、逃げられちまった」

 ガルボの問いに、フォールンエルフ……ゼロンは肩をすくめながら返した。

「ほおっ! フォールンエルフ一の狩人のお前から逃げおおせたのか? がはっがはっがはっ」

 驚き、奇妙な笑い声をあげるガルボ。

 ゼロンはそんなオークロードを見ながら笑みを浮かべていた。

「ああ、久々に狩り甲斐のありそう奴等だったわ。特にエルフの女が居たのが良い」

 ゼロンの声音は冷ややかだ。


「ほおっ! エルフ。エルフかっ! エルフは肉が少ないが、独特の旨味があって良いな! がはっがはっがはっ」

「くくっ、悪いがダンナ、あの女エルフは俺の獲物だ。やはり流れるならエルフの血が一番だ。そう思わねえか? ゲハルト。くくくっ」

 エルフと聞いてガルボがよだれを垂らしながら笑い、ゼロンも笑う。

 そして、フォールンエルフの男がガルボの横にひっそりと立つ漆黒の全身鎧へと水を向けた。

 だが、鎧は答えない。

 完全鎧と言う、目立つ姿にも関わらず、その存在感の薄さが不気味だ。

 身じろぎひとつせず、呼吸さえしているか怪しい。

 まるでゼロンが置物の鎧に話しかけたようにも見える。

 と、漆黒の鎧が素早く動いた。

「ぐぎゃっ?!」

「ひいっ?!」

 つぶれた蛙のごとき悲鳴と女の悲鳴が重なった。

 見れば一匹のオークの首が転がったところだった。

 漆黒の鎧が手にした刀身の長い鉈のような逆反りの剣、首狩り刀によって切り落とされたのだ。

 下半身を丸出しにし、頭を失った醜い身体から噴水のように吹き出す血が、女達を染めていく。

 どうやら酔っぱらったオークが女に手を出そうとしたようだった。

「おーお、バカだねえ」

「強欲なる我が一族とはいえ、神への供物に手を出そうとは愚かなヤツよ。がはっがはっがはっ」

 ゼロンがあきれたように言い、ガルボは気にした様子も無く笑う。

 ガタガタ震える女達は、恐怖で股間を濡れさせた。

 だが、そんなことを気にした様子も無く、漆黒の鎧は元の位置に戻り、彫像のように立った。

 そんなゲハルトにゼロンは肩をすくめる。

「……ま、良いさ。ゲハルトのダンナの仕事は供物の女共を儀式まで守ることだしな」

 そう言って、ゼロンが女達を見る。

 そこには、憔悴しきった女が“二十人”ほど繋がれていた。

「あっちこっちからかき集めたが、足りんのかい? ガルボのダンナ」

「うむ。もう何人か必要かと思っておったが、先ほど言っておったエルフも良い供物になる。譲らんか?」

 訊ねたゼロンに、ガルボは顎に手をやりながら答えた。

 これにはゼロンが顔をしかめた。

「……さすがに譲れんね。アレは俺の獲物だ」

 譲らんとばかりにゼロンが剣呑な気配をみなぎらせた。

 だが、ガルボは気にした様子もない。

「そうか。まあ、この広間で血を流してくれれば多少の足しにはなるだろう。がはっがはっがはっ」

 折衷とばかりにガルボが譲歩すれば、ゼロンとしては断れない。

 今回の計画の主体は、このオークロードなのだから。

 上から協力するよう言い遣ってきている以上、あまりわがままを言うわけにもいかない。

「ふん、それで手打ちだな。仕掛けはどんな案配だ?」

「シャーマン共に準備させておる。この広間で戦う分には冒険者共に勝機はないだろう。がはっがはっがはっ」

 広間にガルボの奇妙な笑い声がこだました。

 魔物共はそれに合わせるようにげひゃげひゃと笑い始める。

 ゼロンもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

「そうかそうか、自信に満ちた冒険者共がどんな顔をするのか……今から楽しみだぜ。くっくっくっ」

 ゼロンは自分を真っ直ぐ睨み付けてきたエルフの女剣士の顔が、ここに繋がれて絶望する女共のように歪むのを想像し、笑みを深くした。

 神々を裏切ったフォールンエルフの男の歪んだ感情のままに。

「さあさ、早く来いよ冒険者共。我が兄弟。その顔を絶望に染めによお……」

 その歪んだ思いに満ちた顔は、どこか恋い焦がれる顔にも似ていた。

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