第40話
「……なんで……その組み合わせ……?」
スノウが困惑ぎみに声を絞り出した。
するとケットシーの少女とネズミがキョトンとなった。
「なぜ? なぜって、可愛いじゃない。ネズミ」
「チュッ!」
愛らしく小首をかしげながら言う少女。同意するようにネズミも鳴いた。
「いやいやいや猫とネズミって天敵でしょうっ?! 食べる気っ?!」
思わず突っ込んだスノウに、ケットシーの少女は、腰に手を当て、両頬を膨らませながら見上げてくる。
ぴょいんと跳ねるヒゲがカワイイ。
「失敬な。私は誇り高いケットシー族よ? ネズミを補食したりしないわ。まあ、食べちゃいたい位好きだけど」
そう言ってケットシーの少女は肩に立つネズミに頬擦りをし始めた。だが、スノウにはエサに喜んでいるようにも見えてしまう。
「やっぱり食べる気じゃん!?」
「違うわよっ!」
声を挙げたスノウに、ケットシーの少女がふしゃーっとばかりにシッポを膨らませた。
「まったく。せっかく助けてあげたのに……失礼しちゃうわ」
フンとそっぽを向いた少女に指摘され、スノウはアッとなった。
「あ。いや、それは……うん、ごめん。ありがとう」
謝罪と再度のお礼を言って頭を下げる。
実際、あのまま戦っても勝てる見込みが無いわけではなかったが、相手の手札が不明すぎた。
さらに言えば、抵抗して拐われた女性たちを人質にでもされていたらそれこそお手上げである。
あのフォールンエルフはなかなかの手練れだった。勝てなくはないが、苦戦はするかもしれない。となれば、ガラムやカレンも含めた三人であの数の敵を相手どるのは正直厳しかっただろう。
状況的にはピンチであったことはまず間違いなかった。
そこからこの少女は助け出してくれたのだ。
「くすっ、冗談よ。怒ってないわ」
少女はくすくす笑いながらスノウを見上げた。
「自己紹介がまだでした。私はミル。ミル・ティアンと言います。よろしくね? フレニのメルスノウリーファ」
「あ、うんよろし……」
ミルの自己紹介にうなずいたスノウが言葉を返そうとしたとき、ガサリと音がした。
スノウとメルがバッと身構えながらそちらを見ると、そこにはカレンを担いだガラムの姿があった。
そして、カレンの左肩には見覚えのある矢が突き刺さり、彼女の防具衣服を赤く侵食していた。
「カレンっ!」
スノウは悲鳴のような声を挙げて二人のもとへ走った。
その声に、カレンが顔を上げた。
「……すいませんスノウ。わたくしとした事がミスをしてしまいました」
「しゃべらないで! ガラム、ここに降ろして」
力無く笑うカレンに泣きそうになりながら、スノウはコンテナバッグから毛布を引き出して地面に広げた。
ガラムがうなずいて、慎重にカレンを下ろす。スノウはその横について補助する。
大きなダメージを受けた女魔導師は呼吸が荒く、ぐったりした様子だ。
「ガラム、回復魔法を!」
スノウに言われガラムも真剣な様子でうなずいた。
「分かってる。けど先に矢を抜かなきゃあならん。俺は抜けた瞬間に回復魔法を掛けるから、スノウ、矢を抜くのを頼めるか?」
「任せて」
ガラムの頼みにスノウは即うなずいた。カレンの出血に臆すること無くその矢に手を掛けた。
現代人の由紀恵が血を見てもパニックになら無いのは、自身のもっと多い出血を毎月見ているからだが、知り合いが傷付いた姿にショックはあった。
手がわずかに震えていることに、今さら気づく。
「カレン、こいつくわえてろ」
ガラムがポーチから取り出した清潔そうな白い布をカレンの口許に差し出した。カレンは小さく首肯してそれをくわえた。
その顔には余裕は無く、痛みに歪み油汗が大量に吹き出ていた。
「スノウ、タイミングを合わせろよ? でないと血を大量に失わせかねねえ」
「うん、わかった」
手慣れたガラムの指示に、スノウは素直にうなずいた。
この手の矢傷は、矢を抜くと出血がひどくなる場合がある。
大きな血管がやられていた場合、噴水のように溢れ出るため、かえって抜かない方が出血を抑えられるくらいだ。
ふたりはタイミングを測って矢を抜き、即座に回復魔法で傷口を塞いだ。
幸いにも矢じりは脱落していないようだった。
矢じりが脱落して体内に残ってしまうと、外科手術じみた作業が必要になる。いまの状況でそれは難しいためそうならなかったことにスノウはホッとした。
同時にスノウは傷ついたカレンの姿に、現実を強く突きつけられた気分のようだ。
ゲームであったならHPの数値が増減するだけの事だ。
だが、ダメージを受けたカレンの姿にそのイメージは吹っ飛んだようだ。
「……やっぱり、現実なんだ」
再確認させられた事実に、スノウ《由紀恵》はポツリと漏らした。
ガラムの回復魔法の効果は高く、カレンの傷は痕も残らない。
失った分の血液も最小限であったため、少々貧血ぎみではあるが、カレンは立ち上がってガラムとスノウに礼を言った。
「ありがとうございます二人とも。助かりましたわ」
「いや、気にすんなって」
「そうだよ。あたし達、同じカンパニーの仲間でしょ?」
そんなカレンに、ガラムもスノウも笑って見せた。
「大事なくて良かったわ」
そこへミルがひょっこりと顔を覗かせた。
ネズミも肩に掴まっている。
「あなたは?」
「ケットシーか?」
カレンとガラムが軽く驚きの声を挙げた。ミルはそのまま二人の前に出てお辞儀をした。
「初めまして、ミル・ティアンです。この子は私の相棒のカラアゲです」
『食べる気っ?!』
ミルの言葉に三人が異口同音に突っ込んだ。
それを見てミルが笑う。
「冗談です。本当はラーシュと言うんですよ?」
ミルに紹介されてネズミのラーシュがチュッ! と鳴きながら右の前足を上げた。
器用なネズミである。
そんなラーシュをマジマジと見て、カレンはおや? となった。
「……このネズミは……煙幕を張ってくれた?」
「うん。あたしたちの恩人の一人だね」
カレンにうなずいてスノウは笑った。
カレンも笑顔になり、腰を屈めてラーシュへ指を出した。
「ありがとうございますラーシュ」
「チュウッ!」
ラーシュはその指先に前足で触れながら、ひと声鳴いた。




