第4話
「……」
金髪のエルフ少女……スノウ=《由紀恵》は、その群れを見やる。
正面に突き出た口に、鼻の無い頭の左右にある感情の読めない大きな目。
無数のそれが彼女を見つめる。
ギルマン族はレベル1~20レベルオーバーまでバリエーションに富んだ種類がいる種族だ。
しかしながら、レベル33のスノウからすれば雑魚にすぎない。しかもスノウのメインクラスは戦将。
常に最前線に立ち、敵を打ち倒し、味方を鼓舞する。
接近戦に優れたウォーリア系上級クラスだ。
負ける要素など微塵も無い。
無い……筈だ。
「……っ!」
しかし、感情の読めない瞳ながらも、伝わってくる敵意と殺意。そして戦意。
それに“由紀恵は”呑まれかけていた。
無理も無い。
いかに古武術を習っているとはいえ、由紀恵は平和な現代社会の一女子高生に過ぎないのだ。
対してギルマン達は50は下らない数。それだけの数から掛けられる悪意あるプレッシャーは想像を絶する。
先程やギガントハーミットとの戦いでは、勢いもあった。
だが、落ち着いて相対してしまうと、嫌が応でもそれを認識できてしまう。
そして、その隙を彼らは見逃さなかった。
「……!」
ギルマン達が声を上げて突進してくる。
スノウ《由紀恵》を半包囲から押し包む形だ。
「くっ?!」
周囲から繰り出される槍襖を、彼女の体は半自動的に掻い潜り、危険な穂先だけを二刀で打ち払う。
【オートガード】のパッシブ(常時発動)スキルによる防御効果だ。とはいえ限度もある。
「……数が多い」
アールシア戦記TRPGでは、集団戦に対してスタンドアローン……単独で挑むと大きくペナルティを受ける。
標準的な野生種のドラゴン(25レベル)をタイマンで撃破できる33レベルのスノウの戦闘能力であっても、それは無視できるものではない。
その事を知っている由紀恵は内心の焦りを隠せなかった。
捌ききれない穂先がスノウの体を掠める。
わずかに二の腕が裂け、白い肌に赤い線が生まれた。
「んぅっ?! 仕方ない!」
わずかに感じた熱さに顔をしかめつつ、攻撃に転じる。
手にするのは紅と蒼の刀身を持つ長剣。柄にあしらわれている妖精の姿はただの装飾ではなく、この剣が妖精の祝福を受けている証だ。
スノウは大きく踏み込みながら、ギルマンの群れへと飛び込み、二刀を振るった。
紅と蒼の魔力光を曳き、ふたつの刃が閃く。ただそれだけで、数匹のギルマンの体が切り裂かれて宙を舞う。
集団戦ペナルティにより与えるダメージは激減しているはずだが、接近戦に優れた戦士職のウォーリア、その上級職であるウォーロードは伊達ではない。
彼女の攻撃はそのひと振りで雑魚ギルマン三体を三枚に卸せる威力がある。
瞬く間に、50体居たギルマンが半減し、逃げ始めた。
と、逃げたギルマンのうちの一匹の胴がまっぷたつになり、宙を舞う。
下半身と泣き別れになって絶命した上半身が、スノウの足元に落下してきた。
スノウ《由紀恵》は、それを成した存在を見る。
高さが一メルク(約二メートル)はある赤い魚と青い魚。
その手足は、雑魚のギルマンとは比べ物にならないほどに太い。さらにこのギルマンに合わせてあるらしい胸鎧を身に付け兜を被り、手にはこれまた一メルクはありそうな大剣。
それもギザギザのノコギリ刃をしている凶悪なデザインだ。
それを軽々と担いだこのギルマン達はハイギルマンだ。
レベルは19にもなり、ギルマン種族ではロード種に次ぐ戦闘能力を持つ。
それが、大剣を手にスノウ《由紀恵》へと切りかかってきた。
標準的な兵士ですら5レベル程度の力しか持たないこの世界で、19ものレベルとなるハイギルマンは絶望的な強さと言えよう。
だが。
「っ!」
スノウ《由紀恵》はその赤いハイギルマンが繰り出した鋭い一撃を、易々と避けてしまう。
が、その体が動いた先へ、青いハイギルマンが刺突を繰り出していた。
普通なら躱せぬほどの連携。しかし、レベル33のスノウならば。
「当たらないよ!」
残像を貫いた剣先を横目に、スノウ《由紀恵》は二匹の後ろへと姿を現す。
スノウのサブクラスは“イリュージョニスト”。
幻影魔術による、幻惑により、二匹の攻撃はまるで見当違いの場所を貫いて空を切っていた。
二刀流と幻影による撹乱。この二つを主軸としたスピードファイタースタイルこそが、このスノウと言うキャラクターの持ち味だ。
素早く踏み込み、蒼い長剣を突き込む。ブルーの魔力光を曳きながらその切っ先は青いハイギルマンの鎧に守られていない背びれの右側に突き刺さった。
「ギュエッ?!」
悲鳴をあげた青いハイギルマンが膝を着く。
と、赤いハイギルマンが素早く振り向きながら両手剣を振り回した。
刺さった剣は容易に抜けなかった。
青いハイギルマンが筋肉を締めているのだ。
それにあわせた赤いハイギルマンの力任せの一撃を、エルフの戦将は紅い長剣で受け止めた。
高レベルキャラクターならではの高い能力値により、両手剣の一撃を片手持ちの長剣で受け止めるスノウ《由紀恵》。
しかし、さすがに押し込まれてしまう。
表情のわからぬ異種族ながらも、その赤いハイギルマンが笑ったようにスノウ《由紀恵》は感じた。
次の瞬間、パシャリと水音がしてスノウ《由紀恵》の蒼い剣が水へと還った。
自由になった手に風が集まり、妖精をあしらった鍔の翠の長剣と化す。
“フィアフェアリーシスターズ”
スノウの持つ、妖精が祝福した“四本”ひと組の魔剣である。 スノウ《由紀恵》の右手が下から掬い上げるように翠の長剣を振るった。
腕が、宙を舞う。
翠の刃が、赤いハイギルマンの腕を切り飛ばしたのだ。
「ギョエアァッ?!」
声を上げ、両手剣を取り落とす。その隙を見逃さず、スノウ《由紀恵》は赤いハイギルマンへと踏み込み、紅の刃をその胸へと突き込んだ。
紅い魔力光を発する刃は、ハイギルマンの鎧を熱したナイフをバターへ刺すより容易く貫いた。
「ギャアアッ!?」
声を上げて絶命する赤いハイギルマン。
それを契機に、雑魚ギルマン達は我先にと海へと飛び込んでいった。