第37話
「……拐われたのは六人だよね? 後の二人は?」
スノウが首をかしげながら訊ねた。村長は難しい顔になった。
「それが……わからんのです」
「わからない?」
村長の言葉に、スノウとカレンは顔を見合わせた。
村長は困ったように続けた。
「今朝になって姿が見えないもんがおると、村の連中から話がありましてな。調べてみたところゴブリンらしき足跡が見つかりまして……」
「……で、消えたのが女の人だったと」
スノウが確認するように言うと村長は疲れたように「はい」と頷いた。
ふたたびスノウとカレンは顔を見合わせた。
謎がひとつ増えてしまった。
「……では、そのふたりに関しては明確に拐われるところを見たわけではないと?」
「え、ええまあ……。し、しかしゴブリンに拐われたとしか……」
村長は焦ったように言い募った。彼も消えた二人とゴブリンの件がひとつの事件ではないかもしれないと思っているようだ。
当然、スノウとカレンもそれに気付いている。
スノウは軽く息を吐いた。
「……そちらの二人に関しても調べておきましょう」
「おおっ!?」
スノウの言葉に、村長は喜色を浮かべた。
が。
「ただしっ!」
一喝するようなスノウの声に、村長はビクリと首をすくめた。
スノウは強い意思を以て彼を見る。
「……ただし、関連性がはっきりしない内は別の事件として扱います。報酬も別途請求させていただきます」
「……」
スノウの迫力に、村長は冷や汗を流しながらガクガクと首を縦に揺らした。
それからさらに話を細かく聞き出し、スノウとカレンは村長宅を辞去した。
「……良い啖呵でしたよ? スノウ」
「やめてよカレン。ほんとはあんなこと言いたくないんだから」
村の外へ向かって歩きながらカレンが言うと、スノウは表情を苦くした。
ゴブリンの件とふたり行方知れずとなったもうひとつの事件のことだ。
村長はふたつの事件をあたかもひとつの事件であるように言って二つの依頼をひとつに誤魔化し、冒険者に支払う報酬をケチろうとしたのだ。
それに気付いて、スノウが待ったを掛けた。
そこの浅いやり口だが、冒険者は単純な何でも屋では無い。
自分の人生を命を掛けて依頼を遂行する。それが冒険者の矜持だ。
そしてその対価として、冒険者は報酬を得る。
自らの命と人生に値段をつけるのだ。
だからこそ、報酬についてはきちんとしなければならない。
スノウ……由紀恵の本心としては、自分独りならタダで受けても良いと考えなくはない。
だが、今はカンパニーオーナーとして、カレンとガラムという仲間の人生まで肩に担いでいる。
そこまで重く考える必要はないかもしれないが、それでも二人に対して責任があるのは事実だろう。
兄たちとのゲームの最中には、もっと酷いペテンに掛けられたこともある。
その経験からしても、やはり報酬周りや依頼の重複、誤魔化しなどはしっかり見極めなければならない。
冒険者の仕事はボランティアではない。命を懸けた仕事なのだと、スノウは考えていた。
しかし、それでも。
「……関連があるか無いかはまだ分からないけど、放っておく気にはならないよ」
真剣な顔で言うスノウに、カレンは優しく笑った。
「良いと思いますよ? きっと、彼もそう言うでしょう」
カレンはそう言って向こうを見た。
そこには、こちらを見つけて手を振るドワーフの神官戦士の姿があった。
「ふ~ん。まあ良いんじゃね?」
ごまかしの件に関するガラムの反応は、上のようなものだった。
スノウとしても村長に厳しく当たるつもりは無かった為、ガラムのこの反応には内心ホッとしていた。
ここでガラムがごねれば話がこじれる可能性がある。
その手の揉め事が、スノウは苦手だった。
その話をそこまでにして、三人はゴブリン達が暴れた場所へと来ていた。
実際にどんな風に暴れたのか、調べるのだ。
「……確かにゴブリンだね」
「こっちのデカイのはオウガだな」
スノウとガラムのふたりで地面を確認し、魔物の足跡を検分していた。カレンは簡易使い魔で周囲の様子を確認中。
簡易使い魔は、【インスタントファミリア】の魔法により作られる簡素な使い魔だ。
素材は紙切れや土くれ、木の枝などで、小さな動物の形を採る簡易ゴーレムのような存在だ。
主に探知能力に優れ、探索捜索に使える。
この上位にくる【マイナーファミリア】や【メジャーファミリア】ともなると、ちゃんとした小動物と契約して使役したり、人間を使い魔として契約することも可能だ。
ただし、【メジャーファミリア】が使用できるのは妖術師であり、カレンのメインクラスである魔導師では【マイナーファミリア】までしか使用できない。
「そっちはどう? カレン」
「……待ってください」
声を掛けたスノウを制止して、カレンが隅の茂みに目をやる。
と、茂みがカサリと小さく震えて、手のひら大の小さな犬が飛び出してきた。
彼女のインスタントファミリアだ。
「ご苦労様」
カレンは膝を着いて小さな使い魔を迎えて労った。
即席の従者が、ピョンと跳ねてカレンの手のひらに着地した。
そして、カレンと視線を合わせる。
こうすることで術者と使い魔が簡易的に魔力の絆を繋ぎ、使い魔の探知したものを術者が把握するのだ。
常時絆を繋ぐ事で感覚情報を術者に逐一伝えられるのは、【マイナーファミリア】と【メジャーファミリア】だけだ。
ただし、この手法は使い魔に何らかのトラブルが起きた場合、術者にフィードバックが還ってくる。
そのため、こういった探索には【インスタントファミリア】の方が好まれる。
それでも、簡易使い魔が破壊されては情報が得られなくなってしまうため、扱いは慎重を期さねばならない。
「……やはり足跡は南の方へと続いているようですね」
使い魔からの情報を読み取ってカレンがスノウに告げた。
それにうなずいたエルフの少女は、村の南側に広がる森へと視線を向けた。
「……あそこか」
ポツリと呟いたスノウは、視線を感じて振り向いた。
そこにはカレンとガラムのふたりが軽く笑みながら指示を待っていた。
スノウは新しい仲間の姿に頼もしさを感じて笑みを浮かべた。
「……よし行こう! ゴブリン退治だ!」
『おう!』
スノウの声に、二人の仲間が異口同音に答え、三人はカルメルの村南に広がる森林部へと足を向けた。




