第36話
「いやはや、まさかいらっしゃる冒険者さんがこんな若い娘さんばかりだとは……。あ、いや失敬。せっかく来てくださったというのに」
「……まあお気持ちは分からないではありません」
聞き出した村長宅にたどり着いた二人だったが、笑顔で出迎えてくれた村長は、二人の姿に軽く落胆の色を見せる。
その様子に、カレンが苦笑いを浮かべた。
パッと見、スノウもカレンも見目麗しい女性だ。
スノウに至っては、細身の美少女にしか見えず、素人目には彼女達が歴戦の冒険者には見えづらい。
その事をスノウ自身分かってはいるものの、どこか納得いかなげな雰囲気を出している。
こういう場合、由紀恵の精神年齢がモロに出てしまうスノウであった。
「それで、ゴブリンやオウガに襲われたと……?」
不機嫌そうなスノウに代わり、カレンが村長に訊ねた。
彼は沈痛そうに目を瞑り、深く頷いた。
「……はい。死者は四人出ました。そして、家畜が数十頭と、若い女が六人、連れていかれました」
「六人も……」
村長の言葉に、スノウは目を見開いた。
「……では、拐われたのは確かなんですね?」
「はい。ゴブリンどもが女達に縄を打ち、オウガが引き連れていったのを何人かが目撃しとります」
にわかには信じられない行動だ。
カレンとスノウは顔を見合わせた。村長は深く息を吐く。
「もしも依頼の成果が芳しくなければ、村を放棄することも考えているところです。……ああ、失礼」
苦々しく漏らした直後に、村長はバツの悪そうな顔になった。
失敗すると決めてかかっているような物言いであることに気づいたのだろう。
「……いえお気になさらずに。それで襲撃はいつ頃から、何回くらいの頻度で行われましたか? あと、どの方角から来たのか? それから出来ればどんな魔物が何体いたのかが判れば教えてください」
しかし気にした様子も無くカレンが、矢継ぎ早に状況確認の為の質問をした。
村長はその姿に思うところがあったのか、表情を引き締めて口を開いた。
「最初の襲撃は二週間前ですな。ゴブリンが……たしか六匹と聞いております。南の方から来たようですな。被害は……牛一頭をまるまる持っていきよりました」
二回目はそれから三日後にゴブリンがその数を二十匹に増やして現れたらしい。この時は村人が総出で撃退したようだ。
「……二十匹をですか。失礼ですがよく撃退できましたね?」
「村に引退した冒険者の方が一人おってな。その人の指示通りにしたんじゃよ」
答えた村長の言葉に、カレンはなるほどと頷いた。
引退した冒険者というのは、割りと居るものである。
引退した理由は様々だが、大抵は全盛期より戦闘能力は落ちる。だが、培った知識と経験は大きいもので魔物への対抗策などを打ち出し、村を守るくらいはできるだろう。
「いま、その方はどちらに?」
カレンはその元冒険者と話したいと思ったようだ。実際に相対した冒険者からの情報が聞ければ、これはかなり大きな収穫になる。
だが、村長は暗い表情になり、首を振った。
「……亡くなりました。撃退した三日後にまた襲撃がありましてな。その時に……」
聞けばその時にオウガが混じっていたらしい。
それも……。
「オウガウォーリアっ?!」
「そう言っておりました」
ゴブリンに混じっていたのはただのオウガではなく、オウガウォーリアというオウガの戦士タイプだった。
オウガのレベルは5だが、オウガウォーリアはレベル10だ。
アールシア戦記TRPGの魔物は、一レベル差があるだけでかなり強さが変わってくる。
5レベルのオウガ一体だけでも駆け出しの冒険者パーティーが倒せない可能性があるくらいの強さがあるのに、戦闘能力の高い10レベルのオウガウォーリアともなれば中堅クラスのパーティーでも危険だ。
「……ギルドからの依頼にはその事がありませんでしたが?」
「……オウガウォーリアは死にましたからな。伝えなくても良いかと思ったんですが……」
続いた村長の言葉に、スノウとカレンは驚いた。
元冒険者ひとりと村人だけでオウガウォーリアを倒すなど不可能事だ。
ありえるとすれば……。
「ウォーケン……その元冒険者の名前ですが、彼が倒したのです。ですが、ウォーケンもオウガの剣に……」
相討ち。
ウォーケンという元冒険者は、よほどの腕前だったようだ。
基本、魔物のレベルとプレイヤーキャラクターのレベルが同じ場合、プレイヤーキャラクター側が有利だ。
プレイヤーキャラクターは、〔天命〕というパラメータを持ち、これによって英雄的な活躍ができるようになっている。
ゲーム的にはこの〔天命〕を消費してサイコロでの判定を振り直したり、振るサイコロの数を増やしたり等が出来る。
初期キャラクターで三点しか持たない〔天命〕だが、プレイヤーのいないキャラにはこれが無い。
一部、神の加護としてわずかに取得している場合があるが、それは例外であり、基本的にはNPCには無いパラメータだ。
そのため、レベルが同等なら、一対一の勝率は五分五分である。
引退して本来のレベルには届かない強さだったにしても、オウガウォーリアと相討ちならば、少なくとも13~15レベルの強さはあったはずだ。
「……そうですか。残念です」
カレンはそう言って黙祷し、スノウもそれにならった。
わずかな沈黙の間があり、死者への祈りが天へと捧げられた。
「……仇は必ずとります」
スノウの強い言葉に、村長はありがとうとつぶやいた。
そして、さらに話し合いは続いた。
オウガウォーリアを倒され、ゴブリン達は逃げ去ったが、そのさらに五日後にはまた襲ってきた。
この時はオウガはいなかったが、魔法を使うゴブリンが居た。
ゴブリンシャーマンだ。
ゴブリンだけあってレベルは4レベルと低めだが、ウォーケンを失ったカルメルの村人はほとんど抵抗らしい抵抗はできず、家畜を奪われたそうだ。
そしてさらに四日後。
新たに普通のオウガ二体を伴って現れたゴブリン達に、今度は家畜もろとも若い女性が四人、連れ去られてしまったそうだ。
「それが一昨日の事ですわい」
そう言って、村長は深いため息を吐いた。




