第35話
話し合いを終えたスノウ達、蒼穹の道程の面々は、ポーション類などの消耗品を買い込み、出発の準備を整えた。
単純にゴブリンだけが相手なら念入りな準備は必要ないかもしれないが、オウガが混じっている上に、奇妙な行動。
念には念を入れるべきだろう。
「ポーションは?」
道具屋で、スノウがMP回復ポーションを手に訊ねる。するとカレンが手を上げた。
「私に預けていただければ、強化できますが?」
「じゃあそれで」
カレンの提案に頷く。と、ガラムが別の小瓶を手に取った。
「リバイブポーションもか?」
リバイブポーションは、戦闘不能状態を回復する薬だ。
多少のHP回復効果もある。
「そうですね。その後各人で所持しましょう」
カレンの言葉にうなずいて、別のラベルの小瓶に手を伸ばす。
「万能薬も買って……」
スノウが小瓶を手に値段の計算をしていると、ガラムが色付きの石を持ってきた。
「属性石はどうする? ひと通り揃えるか?」
「あたしは大丈夫だけど、ガラムは持っていた方が良いかも」
属性石は、武器に属性を一時的に付加するアイテムだ。
相手の有利な属性しか攻撃法がなかった場合つんでしまいかねない。
スノウの魔剣は複数の属性が揃っており、カレンは魔法がある。
だが、ガラムは手製の折り畳み式ハルバードだけだ。
ガラムは了解とスノウに返して、属性石をいくつかチョイスしていく。
「馬の手配をして参ります」
カレンがそう言って店を出ようとすると、ガラムが顔を上げた。
「馬車のが良くねえか?」
「スピード重視したいし、強行軍になるだろうから今回は馬車はやめよう」
ガラムの提案にスノウが首を振って言うと、カレンも頷いた。
「ですわね。では行って参ります」
そして、店を出ていく。
それを見送った二人だったが、不意にガラムがアッとなった。
「そうだスノウ、こいつ持っとけ」
彼が投げたものを危なげなく受けとるスノウ。
それは、鞘に入った剣のようだった。
「剣? あたしには魔剣があるから……」
「念には念だ。魔剣が使えないケースも考えとけよ」
「……そうだね。ん?」
ガラムの言に理を感じてうなずき、スノウは鞘から剣を抜いたところでおや? となった。
「これ、剣甲虫の角の剣?」
薄緑の刃の向こう側が透けて見えるその刀身を見てスノウは軽く驚いた。
「おう。南の方を旅しているときにたまたま遭遇してな。なんとか倒して収集してあったから創ってみたんだが? どうだ?」
剣甲虫は刃のような角を持ったカブトムシ型の魔物だ。
レベルは十三でなかなか強い。
そしてその角を利用した剣は、金属を苦手とするエルフにはもってこいの一品となる。
削り出しに手間がかかる加工だが、ドワーフであるガラムにしてみれば何て事はない作業だ。
「クラフターの武器製作? うん、バランスは悪くないかも。ありがと」
軽く振ってバランスを見たスノウは満足げに頷くと、鞘に戻し、腰の後ろに下げた。
その様子にガラムもニカッと笑って頷いた。
「道々握りの調整もしてやるよ」
「え? わ、悪いよ」
握りの調整までしてしまっては、それこそスノウ専用になってしまう。
なんだか悪い気がして、スノウは遠慮した。
だが、ガラムは気にしない。
「遠慮すんなって。売るつもりもなかったし、俺が使うにゃあ軽すぎる。エルフのお前さんに使ってもらえりゃあ制作者冥利に尽きるってもんだ」
そんなガラムに、スノウは今一度遠慮するが、ガラムも頑固なドワーフ族だ。
結局スノウが根負けして受け入れるまで、二人のやり取りは続いた。
それから一時間後、三頭の馬にそれぞれまたがった三人はクラレスの町を出発し、一路カルメルの村に向けて馬を走らせた。
クラレスからカルメルの村まで馬車で四日かかるが、馬の疲労などを考えた時間と速度での話である。
馬を潰すつもりで強行軍すれば、一昼夜程度で到着は可能だ。
しかし、スノウ達は急ぎとはいえ馬を潰すつもりは無かった。
ある程度無理はさせるが回復魔法で馬を治癒しながら進み、二日でカルメルの村に到着したのであった。
「無理させてごめんね?」
スノウは頑張ってくれた馬達を労ってからカレンと共に村長宅を訪ねた。ガラムは村の回りを見に行っている。
本来なら牧歌的なのんびりとした村なのだろうが、今は暗い雰囲気しか伝わってこない。
時おり聞こえてくるすすり泣くような声が、いっそうそれを際立たせていた。
あたりを見回し、見かけた村人へ声を掛ける。
「すいません、ゴブリンの件で依頼を受けた冒険者なんですが、村長さんのお宅はどちらに……」
「おおっ! お待ちしておりました!」
村人はスノウの声に振り向きながら喜びを顕にした。が、すぐにその表情が暗くなった。
「……じょ、嬢ちゃんたちが冒険者だって? はあ、ギルドはなに考えているんだか……」
「……」
これ見よがしに失望し、ため息を吐いた村人に、スノウは顔をしかめた。
村人は、若い女性であるスノウとカレンの姿に、がっかりしたようだ。
もっと分かりやすいゴツい冒険者であれば、安心できたのかもしれないが致し方ない。
「あの、村長さんのお宅を……」
「お嬢ちゃん。悪いことは言わない、家に帰んな。ゴブリンだけじゃねえ。オウガまで出るんだ。おら、若い娘が喰われるとこれなんざ見たくねえよ」
村人は純粋にスノウ達を案じているようだった。
だが、スノウとて仕事で来ているのだ。はいそうですかと引き下がることはできない。
「大丈夫ですよ。私たちはきちんと依頼を受けてやって来た冒険者ですから」
しかし、スノウが諦めずに説得すると、村人は不承不承ながらも村長宅を教えてくれた。




