第34話
「では、依頼の件に入りましょう」
少し暗めの部屋でダンカンがそう告げた。
ここは赤い鱗亭の奥に存在する密談用の部屋だ。
周りに漏れてはまずい話や依頼の話をするのに使われる。
冒険者は基本的に自由な存在だ。そして自由でありながらも、高い戦闘単位として、優れた探索者として様々な人々から頼られる。
その能力の高さゆえに、国や貴族などから秘匿性を求められる仕事が回ってくることもある。
そのため、こういった冒険者の店には、このような防諜性の高い部屋がひとつはある。
特に魔法に対する防諜性は必須であり、かなりお金のかかっている部屋だ。
そこにダンカン、スノウ、カレン、ガラムの四人が居た。
サンディやレムは、店の方だ。
「まず、依頼内容ですが、この町の南方に、馬車で四日ほど行ったところにカルメルという村があるのですが、ここでゴブリンの襲撃が起きました」
「ゴブリン?」
ゴブリンとは、魔物の一種だ。ある程度の知性を備えた小柄な人型の魔物で、道具を使い、群れて行動する特徴がある。
一個体あたりの強さは何て事はなく、武器を持った大人の男ならなんとか一対一で倒せるという程度の力しか持っていない。だが、ゴブリンの強みはその数だ。繁殖力が異様に高く、あっという間に増える。
だが、数が多いだけで適切に対処すれば、駆け出しの冒険者であっても二、三十匹駆逐するのも容易な相手だ。
そこまで深刻になる魔物ではない。
「……つーと、数がむちゃくちゃ多いのか? 百匹以上いるとか……」
ガラムが面倒なと言わんばかりにぼやく。だが、ダンカンは首を振った。
「それほどの数ならば、件の町に避難指示を出していますよ」
ダンカンの言葉にスノウが首をかしげた。
「……なら、ゴブリンのロード種がいるとか?」
続けてスノウが問い掛けた。だが、ダンカンはまたも首を振った。
「いえ、シャーマン種は確認されたようですが……」
頭を掻く彼に、スノウ達は顔を見合わせた。
ならば一体なんだというのだろうか?
スノウの中で、由紀恵は考えた。
これがTRPGのシナリオであるなら、ある程度話の展開は予想は出来る。
が、今の由紀恵にとってこれは現実だ。
どんな事が起きるのか? 簡単には予想できない。
そう、由紀恵にとって現実に冒険者として依頼を受けるのは、初めての事になるのだ。
それを踏まえながらも、由紀恵は色々な展開を想定していく。
ゲーム的に考えれば、高レベルキャラに来る依頼は、相応に難易度が高く難しいものだ。
とっかかりがレベル1のゴブリンの群れだったとしても、最終的に凶悪なモンスターが出現したりするのが常道である。
しかしながら、今由紀恵が居る世界においては、GMもシナリオも無い。
すべてが現実である。
となれば想定できる状況は多岐に渡る。
「……安易に決め打ちしてしまうと足元をすくわれるかな?」
ポツリと漏らしたスノウにダンカンがおや? となった。
「どうされました?」
「! いえ、なんでもないです。続けてください」
スノウは慌ててごまかし、話を進めるようダンカンに促した。
「そうですね。それでゴブリンによる襲撃なのですが……はじめはゴブリンが数匹程度だったそうですが、いまではオウガが混じっているそうなんです」
「え?」
ダンカンの言葉に、三人はポカンとなった。
無理もない。
オウガは、一メルク半《約三メートル》もの身長と、圧倒的な筋肉量を誇る人型の魔物だ。
知能は低く頭に角を持っており、凶暴だ。
レベルは5~30と広いレベル帯にバリエーションがあり、最大レベルのオウガチャンピオンともなればスノウでも油断は出来ない。
そして最悪なことに人を喰らう。エルフなどサラダ感覚で食べるなどと言われており、食人鬼とも呼ばれて恐れられる存在がオウガだ。
だが、オウガは基本的に群れない。
オウガは自分の強さに自負を持っており、他者に屈服することを嫌う。
ましてやゴブリンごときと一緒に行動するなどあり得ない。
オウガにとっては人間だろうがゴブリンだろうが飯に過ぎないのだから。
「……ゴブリンがオウガに追われてるんじゃなくて?」
「はい。村からの使いからはそう言われてます」
「って、オウガに襲われて村が残ってるのっ?!」
スノウは思わず声を上げた。
最低レベルの5レベルオウガだとしても、一匹出ただけで駆け出し冒険者パーティーが全滅し、ちょっとした村が滅ぶと言われている。
「ええ、そうなんです。不思議なことにゴブリンとオウガは、村の家畜を拐っていったとか……」
その先を言いよどむ。それに気づいたカレンが目を鋭く細めた。
「……被害はそれだけ?」
訊ねたカレンにダンカンは表情を暗くし、観念したように息をはいた。
「……いえ、他に年頃の女性が数人連れていかれたようです。そのときに抵抗した男衆が何人か犠牲に……」
「なっ!?」
スノウは息を呑んだ。と同時に疑問に思った。
ゴブリンやオウガに、人間の雌を拐うような習性は無い。
ゴブリンは他種族の女性をどうこうしようとはしないはずだし、オウガにしてみれば飯の一種に過ぎない。
それよりは人間の子供や赤ん坊の方が食料としてさらわれることが多いくらいだ。
どちらにしても女性をどうこうするような種族ではないのだ。
それが、拐ったという辺りに、不穏なものを感じてしまう。
「すぐに助けに行こう」
スノウは即断した。
ともあれ、拐われた人がいるならば、助けないわけにはいかない。
カレンとガラムも頷いた。
「引き受けてくださいますか!」
ダンカンは嬉しそうに声を上げた。ゴブリンだけならともかく、オウガまで居るとなれば生半可な冒険者には頼めない。
冒険者ギルドの職員として、多くの冒険者を見てきたダンカンの目から見ても、目の前の三人の力量は群を抜いていると言えるだろう。
「では、細かいところと報酬の話を詰めましょう」
ダンカンは暗かった顔に安堵の表情を滲ませながら、スノウ達にそう切り出した。




