第33話
「了解だ。ほれ、カンパニーの登録用魔法紙だ」
渡されて、スノウは驚いた。
ゲームをプレイしているときには、ゲーム用のるカンパニー記録用紙に書き込むだけだったが、実際にはこんな登録用の魔法紙が必要だったらしい。
冒険者の店に登録するのは、兄が口頭で細かく描写してくれたのだが、これは知らなかった。
「ん? どうした?」
そんなスノウの様子に、サンディが眉を跳ねさせた。
スノウはハッとなって笑みを浮かべると、用紙に必要な事項を書き込んでいった。
羽ペンの先が用紙を滑る度に、魔力の光がうっすらと浮かぶ。
さらに、ガラムとカレンが自分達の名前を記入した。
そして。
「カンパニーオーナーはスノウで良いですわね?」
「そうだな」
「えっ?!」
カレンの言葉にガラムが同意して、スノウが慌て始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたし、そんなのやったこと無いよっ?!」
「誰にでも初めてはあるものです」
抗議の声をあげるスノウをカレンが一蹴する。
「け、けど、あたしなんかより落ち着いているカレンの方が……」
「わたくしは一介の魔導師にすぎません。代表となりよりは、その代表を支える立場の方が性にあってますし、適切です」
確かに、魔法使いは冒険者パーティーやカンパニーの知恵袋的な存在であることが多い。
「むしろ、戦将であるあなたが代表にならなくてどうするんです?」
「……ぁう」
カレンに指摘されてスノウはなにも言い返せない。
戦将という上位クラスは、集団を統率する能力に優れた戦士の称号でもある。
であれば、カンパニーの頭に据えない手はない。無論、他に候補が居るならば、一考の余地はあるだろうが、現在のところスノウ達は三人という小勢に過ぎない。ガラムのクラス、聖騎士も多少は団体を率いる能力はあるが、統率に優れた戦将などと比べるべくもない。
ならば唯一の戦将をカンパニーオーナー《主》に据えるのは理に叶う。
スノウ自身、そう答えを出して納得できてしまう人選だ。
「……はあ。わかった。あたしがやるよ。それでカンパニー名はどうするの?」
観念したように肺から空気を吐き出し、スノウは不承不承ながらもカンパニーオーナーを引き受け、カレン達に訊ねた。
ふたりは軽く思案すると、いくつか提案してきた。
「鉄人兵団」
「なによそれ?」
「居眠り猫」
「居眠りって……」
「鉄腕戦隊」
「却下」
「花とお昼寝」
「ほのぼの過ぎないっ?!」
どれも妙な名前ばかりだ。スノウは深く息を吐くと軽く思案した。
「……蒼穹への道程……なんてどうかな?」
彼女の口から出た名前は蒼穹への道を探すような名前でありながら、スノウの目的である“蒼穹の探索者”を探すことにも取れる。
そんな名前だ。
それを感じてかカレンとガラムは笑みを浮かべて頷いた。
「良いのではないでしょうか」
「そうだな」
ふたりの承諾を得て、スノウがはにかむように笑った。その様子を見ていたサンディは面白そうな顔つきだ。
スノウはカンパニーネームを記入し、オーナー名に自らの名前を書き込んだ。そして魔法用紙の上の方にある紋様に触れる。
スノウの持つ魔法の知識からどうすれば良いのか検索し、該当する呪文を唱えた。
「“我、ここに誓う。流れ行くものとして、蒼天の太陽と宵闇の月に恥じぬ道を行かんことを。我ら蒼穹の道程の行く道に、ゼオスの光の名の元に”」
呪を唱え終わると、スノウの足元に魔法陣が出現した。
そして、スノウから用紙へと魔力が流れ行き、契約が完了した。
それを見届けたサンディが用紙を手に取り、頷いた。
「よし、これで登録完了だな」
そう言って用紙を丸めると紐を掛けた。
そして奥へと持っていってしまう。
用紙を専用の保管庫へとしまうのだ。重要な書類であるのでサンディ以外には開けられない魔法がかかっているだろう。
戻ってきた彼女は、スノウ達に赤い鱗を差し出した。
鱗にはドラゴンの横顔が透かし彫りされており、端に紐を通す穴が開いていた。
「これがうちの店の冒険者だって表すエンブレムだ」
エンブレム。
どの冒険者の店に所属しているかを示す証の品であり、冒険者の身分を示す魔法道具でもある。
それは店によって様々な違いがあるものだが、共通して魔法回路も焼き付けてあり、完全な複製は難しいものだ。
そして、これを身に付けていることで、冒険者は特殊な加護を得る。
カンパニーサポートと呼ばれるもので、カンパニーのランクに応じて様々な効果がある加護を得られる。
“蒼穹の道程”は結成したばかりで実績は無いため、現在は最低ランクだが、実績を積めばランクは上昇する。
「加護はどうする?」
サンディに訊ねられて、スノウはカレンとガラムに相談した。
最低ランクで得られる加護はひとつだけだ。
すべての店やギルドで選択できる共通の加護から、店固有のものまで。
エンブレムに触れることでどんなものがあるかは判るが、一度決定すると変更は効かない。
慎重に検討する必要があった。
しばらく三人で話し合い、レムがあくびをしてダンカンが焦れ始めた頃にそれは決定された。
「じゃあ“慈悲の泉”で良いね?」
「ええ」
「おう」
スノウの宣言に、二人が頷いた。
「決まったか」
サンディが言うと、レムが楽しそうな顔になり、ダンカンが安堵の表情を浮かべた。
ギルドとしては急ぎでもあるので、他の店に行っても良かったのだが、今日は空振る可能性が高い。
それにダンカンの目から見てもスノウ達の実力は計り知れないほど高いことが解っていた。
他の店で十把一絡げの冒険者を雇うより、彼らを説得して受けて貰った方がこの依頼が達成される可能性が高いと、ダンカンは判断したのだ。
そして、彼は新たなカンパニー蒼穹の道程との依頼交渉に入った。




