第32話
「……見ない顔だな?」
赤毛の女性はカウンターまでやって来たスノウ達を見て首をかしげた。
「今日この町に着いたばかりですので」
カレンが代表して答え、スノウとガラムも頷いた。
「そうか。じゃあ登録もまだか」
「ですね」
赤毛の女性がアゴをさすりながら言うと、スノウが首肯した。
女性はひとつ頷くと、笑みを浮かべる。
「なら、うち《赤い鱗亭》で登録していけ。そうすりゃ規定の報酬も出るし、宿代もサービスしてやる。どうだ?」
彼女の提案に、スノウ達三人は顔を見合わせた。
長逗留するつもりはなかったが、情報を集めるなら拠点は欲しいところだ。
ガラムとカレンが頷くのを見て、スノウも頷いた。
「わかりました。こちらで登録させてもらいます。ただ、依頼の方は内容を聞かないと受けるかどうかは判断できません」
女性に向き直ったスノウはそう告げて、彼女の目を見た。
女性は楽しげな顔になった。
「……良い面構えだな。腕前もかなりのもんだろう。わかった。受ける受けないはお前達が決めて良い。あたしが保証しよう」
「サンディさん、それは……」
赤毛のドラグーン族女性、サンディの言葉に、ギルドの使いだと言う男が顔をしかめた。
勝手な約束をされては困るのだろう。
「悪いなダンカン。だが、ギルドの回してくる仕事を、どの冒険者に割り振るかは各冒険者の店に任されているはずだ。そのためにあたしらはあんた達と契約して金を払ってる。違うか?」
冒険者の店や冒険者の宿は、冒険者ギルドと提携して依頼を確保している。各店に所属している冒険者の実力と所在に応じてギルドは依頼を配布するのだ。
その依頼をどの冒険者に託すかは、その店の主が決定できることになっている。そして、その正否によって生ずる利益と負債に対する責任を負うことになっている。そのため自分の店に所属する冒険者を把握しなければならない。
この情報を、冒険者ギルドは各店から提出して貰い、冒険者を管理している。
冒険者ギルドは世界中に支部を構えてはいるが、それでも命のやり取りが多いゆえに増減の激しい冒険者の管理は簡単ではない。
これを効率化するための冒険者の店なのだ。
ゆえに、冒険者の店の方針に、ギルドは基本的に口を出せない。
「……違いません。わかりましたよ。はあ……」
諦め気味にため息を吐いたダンカンに、サンディは声を挙げて笑った。
「がっはっはっはっ! 男が情けねえ顔すんなって。嫁が逃げるぜ?」
「……失礼な。妻とはラブラブです」
豪快に笑うサンディをジト目で見上げるダンカン。その様子にスノウ達は苦笑いを浮かべた。
そんなやり取りの後、スノウ達は契約の書にサインをした。
契約の書は、冒険者ギルドが秘匿している秘技によって作られた魔道具だ。
露骨な契約違反をすれば、それが即座にギルドに伝わる。
拘束力は高く無いが、冒険者としてやっていく事は難しくなるだろう。
これは、冒険者による犯罪を抑制する目的で作られている。
その昔、冒険者ギルドがまだ大した規模ではなかった頃、冒険者は一攫千金を狙う山師のような存在だった。しかし、そう簡単に儲かるわけでは無く、食い詰めて山賊や野盗の類いになってしまうのがオチだ。
しかも、それなりに戦う術に通じているのが厄介で、始末に悪い。
後年、各国が対獣魔の一環として神具捜索の共同大発令を出すまでは、冒険者の身分も保証されていなかった。
修行中の騎士から、町のゴロツキまで、冒険者と言う存在は様々だったのだ。
これを是正すべく、ギルドは冒険者の登録、管理を推進していったのだが、ピンから錐まである冒険者をすべて管理するには、決定的にマンパワーが不足していたのだ。
さらに、前述の対獣魔神具捜索の共同大発令によって冒険者を国が支援し、身分が保証されるようになると、冒険者の人口は爆発的に増えた。
そして、ギルドによる登録管理は破綻したのだ。
これに対して国々はギルドに資金援助をするが焼け石に水となってしまう。
元々、神具捜索の大発令は獣魔に対抗せんために国々が強力な魔法具や神具を欲したために生じたものだ。
当初は各国が自前の軍隊を派遣していたのだが、獣魔による被害への対応と神具捜索にかかる人員と費用は莫大なものとなり、深刻な問題であった。
それを補うために、国の戦力の外にある“戦力”を利用するための大発令だったのだ。
しかし、人々がこれに飛び付いた結果、別の費用がかかるようになり、さらに実力の無い素人の無茶による犠牲の拡大といった問題が次々に浮上。
社会問題と化してしまったのだ。
これを解消するために、ギルドの負担軽減と冒険者に対する公式の制度がアムルディア大陸に存在する七つの大国を中心に作られた。
この法整備により、一時混乱はあったものの、次第に冒険者は人々に受け入れられるようになっていったのだ。
これが、百年ほど前の事になる。
現在では、さらに制度が充実しつつも、冒険者の自由度を損ねない配慮がなされている。
それが、冒険者の養成学校であり、冒険者のランク登録制度であり、冒険者の店の存在である。
「ふむ。スノウに、ガラム、カレンの三人か。カンパニー登録はするのか?」
「そうですね……」
スノウは一瞬悩んだ。
カンパニーと言うのは、冒険者が集まったグループの事だ。
複数の冒険者パーティーが集まって構成されるため、冒険者カンパニー《集団》と呼称される。
便宜上集団とは言うが、単純に一パーティーのみでもカンパニー登録は可能であり、サンディはそうするかを聞いているのだ。
このカンパニー登録には、特典が付くため、登録しない手はない。
蒼穹の探索者もカンパニー登録はしているが、現状では機能していないも同然である。
また、複数のカンパニーに所属することも可能なので、ここで新たなカンパニーを立ち上げること自体は問題ない。
スノウはカレンとガラムを見やった。
ふたりは笑いながら頷く。
それに後押しされるようにして、スノウはサンディに告げた。
「この三人で、カンパニー登録します」




