第29話
「よし、それじゃあまずは……」
スノウが音頭を取ろうとしたところで、きゅうぅ~っと可愛らしい音がした。
ガラムがカレンを見て、カレンもまたガラムを見る。
互いに聞きたいことが一致して、答えも分かった。
そしてふたりが同時にエルフ少女を見た。
剣の軍勢を従えるエルフの少女戦将は、耳まで真っ赤になっていた。
「……食事にしましょうか」
「……んだな」
カレンの提案にガラムが頷いた。うつむきながら小刻みに震えるスノウから目を逸らしつつ。
「……笑うなりなんなりしてよっ?! スルーが一番恥ずかしいよっ!?」
吠えるスノウに、ふたりが小さく吹き出してしまった。
そんな三人の様子を小さなネズミが眺めていることにも気づかないくらいに、彼らのやりとりは続いた。
その後、一行はいくつかある酒場を兼業している冒険者の宿のうち一軒の扉をくぐった。
その看板には“赤い鱗”亭とあった。
「いらっしゃいっ♪」
中へ入ると元気な声が掛かった。
木製のトレーを手にした給仕服の少女がぱたぱたと駆けてくる。
少し小柄で尖った耳にウェーブの入った碧髪をポニーテールにした、ニクシー族の可愛らしい少女だ。
ニクシー族は水穣神レーネアによって産み出された種族だ。
三アルク(約百五十センチメートル)の身長に、尖った耳とウェーブした青系の髪。そして指の間にある水掻きが特徴だ。
小柄ではあるが持久力に優れる種族でもある。
そして最大の特徴は水穣神であるレーネアの祝福により、水中においてはギルマンにも勝るとも劣らない力を発揮する。
「三人で。食事をお願い」
「はいっ! 三名様お食事ですねっ♪ こちらへどうぞ!」
スノウが言うと少女は元気良く案内を始めた。
木造の店内は広く、しっかりした数本の柱や梁が見えており天井は高い。
上の方にいくつか大きめの窓が有り、そこから採光しているようで、外の天気も良いことから店内は天然の照明で意外と明るかった。
見れば柱にはランプがいくつも掛かっている。夜にはこれに火が灯されるのだろう。
正面にカウンター。向かって左には階段があり、右端には簡易ステージのようなものがある。開けた場所には大きめなテーブルが全部で六つ。間は広く採られており、ひとつのテーブルには椅子が六個並べられていて六人掛けだと思われた。
店の端には予備の椅子や組立式のテーブルが山積みになっており、最盛期には相当な人数が詰め込まれると予想できた。
「……はあ~」
そんな酒場の内装を眺めてスノウ《由紀恵》は感嘆の息を漏らしていた。
彼女にはありきたりの光景だが、彼女《由紀恵》には実物を見るのは初めてとなる光景だ。
「なんでえ、おっきめの冒険者の店なんざ珍しくないだろう?」
そんなスノウの様子にガラムが不思議そうに声を掛けた。カレンも首をかしげている。
「ん? ああ、最近は野宿が多かったから久しぶりだなって」
スノウは内心の焦りを隠しながら誤魔化し、案内された席に着いた。その隣にカレン。スノウの対面にガラムが座る。
今のところスノウ達以外にお客はいないようで、店内は結構静かだ。
「ご注文は何にしましょう?」
ニクシーの少女に訊ねられ、スノウはメニューの書かれた紙を張り付けた板を手に取った。
「……読めるか」
ポツリと漏らして安堵した。
由紀恵には見たことの無い文字だったが、スノウ自身にはありふれたアムルディア共通交易語だ。
スノウがメニューを見ている間にも、ガラムは適当に注文している。
「エールになんか肉の料理持ってきてくれ」
「私は軽い食事と蜂蜜酒を」
さらにはカレンも簡単に曖昧な注文をするが、ニクシーの少女は気にした様子も無く頷いていた。
そんな適当な注文でも良いのかっ?! とスノウ《由紀恵》は愕然となるが、待たせるわけにもいかない。
「……ふっくらパンにサラダとフルーツの盛り合わせ。あとリンドの実のジュースで」
慌てて斜め読みしたメニューの中から、スノウの好みに合わせて注文を口にした。
「それで、これからのことだけど……」
運ばれてきた料理をつつきながらスノウが口を開いた。
「蒼穹の探索者のメンバーをお探しになるのですよね?」
カレンの答えにスノウが頷いた。
「……うん。簡単には見つからないかもしれないけど」
「ふーん」
気の無い返事をするガラムを、スノウが睨む。
「……嫌なら抜けてもらっても良いんだけど?」
「いや、そーじゃなくてよ。俺はその蒼穹の探索者のメンバーを全く知らないんだが?」
それでどんな反応をしろと? と言わんばかりにガラムが肩をすくめた。
それを見てスノウは確かにと納得してしまう。
スノウ達の冒険者パーティー“蒼穹の探索者”は、幾度か世界を救った伝説的な冒険者だ。
だがそれは、“語られぬ”伝説だ。
TRPG時代に、有名になりそうにはなった彼らだが、様々な手段を講じてそれを隠蔽してきた。
成り上がって責任ある立場になるより、一介の冒険者であることを選択した結果だ。
そのため、蒼穹の探索者の事は、驚くほど世間に知られていない。
無論、冒険者ギルドや神殿、魔術師ギルドに盗賊ギルドのトップや、その周辺。あるいは国家の中枢などには周知の存在だ。
そういった偉い人々の協力は得やすいが、世間的には実力のある冒険者位にしか思われていない。
そしてそれが、彼らの行方を追うことを困難にしていた。
「……そう、だね。まずはみんなの事を説明しようか」
スノウはひとつ頷いて、話し始めた。




