第26話
「……つー訳でよ? 俺は師匠の言いつけで修行の旅をしてるんだわ」
森の中を抜ける街道を行く一団の最後尾で、ガラムはカレンに自分があの場に居た理由を説明していた。
スノウは先頭に立って村人らを先導しているが、翠の魔剣によってその会話の内容を拾ったりして、話に参加していた。
ガラムの参加自体はスノウ以外には特に問題なく一団に受け入れられた。
やはり光明神の神官であることは大きく、村人らにはほとんど無条件で信用されていた。
これは、彼が重傷者の治療に治癒の奇跡などを使ったことも信頼を得られた要因だろう。
聖印の偽造は出来ても治癒の奇跡は神の加護の証だ。
それを偽ることなど出来はしないのだ。 そして、ガラム自身はより強くなるため。さらなる光明神の加護を得る為、師である神官長の言いつけで旅をしているのだそうだ。
「つってもあっちこっち見て回ってるだけだけどな?」
そう言って笑うガラムだが、その身のこなしや装備品や所持品の擦れ具合を見れば、楽な旅はしていないことがわかる。 そんな彼に対して、スノウは複雑な心境なようだ。
彼が悪い人間ではないことは、この短期間でも分かる。
人当たりは良く、村人たちのこともしっかり見ており、常に全体に気を配っている。
また、戦いにおいても頼りになるのが、ちょっとした遭遇戦で分かっていた。
ガラムのメインクラスは神官系上位職の聖騎士なのだ。
神官の援護魔法や防御魔法を使い、自らも折り畳み式の斧槍を振り回して魔物を打ち倒していた。
特に防御の魔法は、村人の列に不意を打たれた時などにも十二分に役立っており、ガラムの株はうなぎ登りだ。
また、サブクラスが製産者という珍しいクラスで、ちょっとした小物や道具をたいした手間もかけずに作り上げていた。
聞けば彼の武器である折り畳み式斧槍も自分で作ったらしい。
そんなガラムを見て、スノウはすこし納得がいかない気分であった。
ガラムが皆の役に立っていることは良いことのはずだが、スノウにとっては第一印象が悪すぎた。
あんな奴が。という思いがぬぐえないのだ。
カレンにからかわれた事もあったせいか、スノウとしては複雑な気分なのだ。
「…………自分がこんなに狭量だったなんて、思わなかったな」
ぽつりと呟く
皆に受け入れられているガラムを、自分は受け入れられていない。
それが、スノウ《由紀恵》にはもどかしく、悩ましかった。
小さく息を吐いた瞬間に、スノウの右手が素早く上がり、人差し指と中指で飛来物を挟んで止めた。
矢だ。
蒼い瞳が矢が飛んできた方を見る。 森の奥に弓を手にした人影が潜んでいる。
が、森林でエルフの眼から隠れようなどというのは、おこがましい。
森の中はエルフの独壇場なのだ。
「……盗賊?」
スノウは眉をひそめる。
エルフの高い知覚力とスノウの高いレベルが組み合って、こちらをうかがう盗賊とおぼしき者達はすべて把握できていた。
が、スノウ《由紀恵》は躊躇してしまう。
と、そこへ。
『スノウ! 敵よ!』
『こいつら盗賊かっ!?』
後方から掛かった声にハッとなる。
今は護るべき者たちがいる。
スノウは表情を固くしながらも走り出した。
盗賊の一団とスノウたち三人の戦闘は、あっさりと終了した。
まさに鎧袖一触。十五人居た盗賊達は一人残らず捕縛されていた。
こちらの損害は全く無しだ。
盗賊は大したレベルでは無かったらしい。
スノウは盗賊をひとりも殺めなかったことに密かに安堵の息を吐いていた。
人の身体を斬り付ける感触には慣れないが、少なくとも対峙して動けないということは無かった。
おそらく、スノウの能力値のお陰だろう。
スノウのデータは、戦士がメインではあるが、魔法も扱うため知力と精神力にもかなり成長ボーナスを振っているため精神的な強さを獲得できているのだろう。
でなければ、普通の女子高生である由紀恵の心には大きなダメージがあったはずである。
それでも。
「……斬ることが出来ちゃったなあ」
憂鬱な気分にもなる。
由紀恵としては人を斬ることに抵抗がないと言うのは異常なことだと認識してしまう。
「……慣れたく……無いなあ……」
鬱々とした気分で息を吐き出す。
ゲームで相対した時はあまり気にしなかったことだが、人を斬るというのは、精神的な負担がかなり大きい。
回数をこなせば慣れるのであろうが、そんなことには出来ればなりたくない。
「……はあ」
だが、TRPGの冒険者をやっていくならば、人間タイプの敵などいくらでも出てくる。
強力なボスキャラは人間であることも少なくない。
胸に溜まっていく重いもの吐き出すようにして、スノウはため息をついた。
「どしたい、辛気臭い顔しやがって」
不意に声を掛けられてスノウはそちらを見た。
「あんたか……。別に? なんでもないよ」
近づいてきたガラムにスノウはふたたび息を吐いた。
「なんだよ冷てーなあ」
スノウの反応にガラムは不満そうに言う。
だが、口で言うほどには不満がってはいなかった。
おそらくスノウの様子に気付いて声を掛けてきたのだろう。
ガラムはこういった気配りの出来る少年であった。
そして、それは由紀恵に彼を思い起こさせた。
「……ほんとに何でもないの。ほっといてくれる?」
だからか、スノウは少し強めに拒絶した。
ガラムは小さく息を吐いて肩をすくめると、
「なんか相談事があんなら言えよー?」と言って後ろに戻っていった。
その後ろ姿に視線を走らせてスノウは嘆息した。
「……全然……似てないのに……そのはずなのに……」
彼が心配して声をかけてきた事は承知していた。
だけども、そんな風に気を配る彼の姿が、由紀恵の知る別な人物と重なって見えた。
「…………あたし……嫌なヤツだ……」
去っていくガラムの背中を見ながらスノウ《由紀恵》は後悔するようにそう呟いていた。




