第25話
「…………」
丸い月に照らされながら、激オコ状態のエルフ少女が、腰に手をやり大きな果実をふたつ実らせた胸を反らして太めの大木を見上げていた。
「ほんとすんません。堪忍してください」
その大木から謝罪の声が降ってくる。
見れば顔面をボコボコにされたドワーフの神官ガラムがスノウの幻剣で固定され、木に吊るされていた。
さすがに刺したり切ったりはしなかったようだが、剣の腹や柄で散々殴られていた。
それでも顔面が腫れてるだけでそれ以外にダメージらしいダメージが無さそうな辺り、頑丈なドワーフ族らしくはある。
とはいえ、未だにスノウの剣群が彼を取り囲んでいた。木に吊るされたまま包囲されては如何に力の強く、タフなドワーフとはいえどうしようも無かった。
「ほんとにご免なさい。もうしませんから……」
「……」
吊るされたまま謝り続けるガラムの姿に、スノウは軽く息を吐くと軽く手を振った。
するとすべての幻剣がパッと消えて無くなってしまう。
「おわっ?! げふっ!?」
ガラムを大木に縫い留めていた剣も消え去り、ドワーフの少年は地面に落ちて腰をしたたかに打ってしまう。
「イテテ……もっと優しく降ろせよ。これだからエルフは……」
「あ゛っ?」
「イエナンデモナイデス……」
腰をさすりながら悪態をついたガラムだったが、ドスを利かせたスノウの周りに剣が四本現れるのを見て顔を青くした。
そうとうに懲りたらしい。
「……はあ。もうセクハラ発言なんてしないでよね?」
ため息を吐いてスノウは幻剣を消した。が、ガラムはキョトンとした顔だ。
「は? せく……なんだって?」
「あなたねえ…… ?」
ガラムの言葉に、スノウは再び柳眉を逆立てる。
が、ガラムが変な顔をしているのに気づいた。
本当に解らないようだ。
「……あ」
スノウは唐突に、セクハラという言葉が、現実世界のみのものだと思い至った。
「……女の子が嫌がる事をしたり言ったりすることだよ。もうしないって約束してくれるなら許してあげる……なに?」
「……」
スノウは簡単にセクハラの説明をして、条件を出した。
が、それを聞いたガラムがぽかんとなっているのを見て、訝しげになった。
そんなスノウの様子に、ガラムは口を閉じて頭を掻いた。
「……お前、変なエルフだな?」
ガラムがひねり出した言葉に、スノウがムッとなる。
「……また怒らせたいの?」
「ちげーよ。褒めてんだ」
ガラムが苦笑しながら言うとスノウは困惑したように首を傾げた。
ガラムは肩をすくめて続ける。
「俺の知ってるエルフ連中ってのは、大抵が高慢ちきで鼻持ちならないやつらだ。特にドワーフの弱味なんざ握りゃ毎日のようにケチつけてくる」
「……」
ガラムが土を払いながら立ち上がりつつ言うとスノウはなんとも言えない顔になった。
確かに一般的にエルフとドワーフは仲が悪く、暇さえあれば角突き合わせるような関係だ。
しかし、スノウ……由紀恵にはそんな含むところは無い。
単純に恥ずかしい思いをさせられたことや彼のデリカシーの無さに怒っただけだ。
それがエルフらしくないと、ガラムは指摘しているのだ。
「……まあ、エルフにだって色々いるわよ」
「かもな。……よし決めた」
スノウが誤魔化すように言うと、ガラムはそれで納得したようにうなずいた。
そして、表情を引き締める。
「手伝ってやる」
「え?」
ドワーフの少年の唐突な言葉に、スノウは目を瞬かせた。
そんなスノウを見ながら、少年はニッと笑って見せる。
「俺はお前が気に入った。だから手伝ってやるって言ったんだ」
「はあ?」
ガラムの宣言に、スノウが深い困惑の声を挙げた。だが、ドワーフの少年は気にした様子も無く、歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
さすがに虚を衝かれたスノウは慌てて彼を追いかけた。
「……つー訳で、俺はあいつの手伝いをすることに決めた」
「…………」
だが、すでにガラムはサーチ魔法で周辺警戒のための結界構築をしていたカレンに宣言してしまっていた。
ガラムのその言葉に、カレンは言葉を失い、スノウの方を見た。
だが、エルフ少女はわたわたしているだけだ。
「……スノウ」
「な、なに?」
半眼で声をかけてきたカレンに、スノウがびくりと身を震わせた。
「……ドワーフをタラシ込むなんて……」
「ちっがーうっ?!」
カレンの言葉にスノウは思わず声を挙げた。
はっきり言ってスノウにとっても由紀恵にとっても心外な評価だ。
スノウ本人は、ドワーフを毛嫌いしてはいないがエルフらしい感性の持ち主だし、由紀恵にしてもドワーフに思うところはない。
むしろ、ストライクゾーン的には大暴投の範疇だ。
「あたしの好みは線が細くて、もっと理知的で物静かなタイプ! 間違ってもこんな筋肉ダルマを好きになったりしないわよっ!?」
「……冗談よ?」
思わず自らの趣味を口走ったスノウにカレンがイタズラっぽく笑う。それを見たスノウは自分が口走った言葉に、顔を朱に染めながら口をパクパクさせるしかなかった。
そして筋肉ダルマと評されたガラムはというと……。
「筋肉ダルマか。いいじゃねえか!」
スノウの評にとても喜んでいた。
そうやって騒いでる様子を見て、村人達に小さな笑いが起きていく。
村を捨て、慣れぬ長距離移動を強いられて消沈していた彼らにとって、その笑いの波紋は清涼剤となったようだった。
そんなこととは露知らず、スノウはカレンにからかわれ、ガラムのボケに突っ込み、周囲に笑みを産み出していった。
結局、ガラムもこの一団に同道することになった。
こう見えて彼は光明神の信徒だ。
正義感が強く、彼らのような弱っている人達を見捨てることなどできはしない。
そんなわけで、スノウ達は心強い(?)仲間を得たのだった。




