第24話
さすがに幻剣で針ネズミのようにしてしまうわけにもいかず、カレンは慌ててスノウを止めた。
そして、少年は覗きの下手人としてカレンの目の前で正座させられていた。
「……」
そして被害者であるスノウはカレンの後ろに隠れるようにしながら涙目で少年を睨んでいた。
そんな二人を前に、少年は身じろぎひとつしない。
いや、させてもらえなかった。
少年の周囲には、数十本もの実体化した幻剣が浮かんでおり、その切っ先は彼の肌に触れるか否かの状態だ。
リアル針のむしろならぬ剣のむしろである。
「……あー、ふたりとも落ち着いてくれ? これは不幸な事故なんだ」
弁解する少年に、しかしスノウの視線は冷たいままだ。さらにカレンも疑いの眼差しを向けている。
そんなふたりの様子に少年は頬をひきつらせた。
「……いや、ほんとに偶然なんだ。聖印と光明神アルスゼオスの名に掛けて誓おう」
光明神アルスゼオス。主神であり騎士神としても知られる光の神である。
法と正義の神であり、邪悪を許さない。
その信徒の証である槍と盾と陽光をあしらった聖印が、少年の胸元に輝いていた。
「……確かに、その聖印は本物のようですが」
その手の知識に通じているカレンがそう返しながら頷いた。
「そうだろう?」
少年は小さく安堵しつつ頷こうとして、剣達に阻まれた。
少年は、ほぼ全身を覆う板金鎧に身を包んでいるのだが、その隙間や、ヘルムの無い頭部を中心にちくちくやられている。
この板金鎧、不思議なことに金属の擦れる音やぶつかる音がまるでしない上に、見た通り問題なく正座が出来るほどに間接などの自由度が高い。
おそらく魔法銀製の魔法鎧なのだろう。
“アールシア戦記TRPG”には魔法金や金剛鋼。緋色金に波紋鋼とさまざまな金属による武器防具がある。
その中で魔法銀……ミスリル銀製のモノは軽量で丈夫であり、魔力が馴染みやすいという特性を備えている。
種族的に金属を苦手とするスノウ達エルフ族も、このミスリル銀だけは全く問題なく使用できる為、エルフの戦士にとっては重要な素材と言えよう。
それをふんだんに使った板金鎧ともなれば、相当に高額な魔法鎧であることは確かだ。
となれば、その所持者であるこの少年は相当に稼いでいるか、あるいはこれほどのモノが安置された遺跡などを踏破できる実力を備えた熟練の冒険者であろう。
「……あなた、ドワーフ族ですよね?」
カレンの言葉に、少年が固まり、スノウが目を丸くした。
ドワーフ族。
金剛神マグヌスの祝福を受けて世界に産み出された山と鋼の種族だ。
身長は二アルク半から三アルク(おおよそ125センチから150センチほど)で、ガッシリとした体格をしている種族で、頑健な肉体と精神を持つ。
体色も濃い色になりやすく、男女ともに体毛も濃いのが特徴である。
また、非常に細かい作業を黙々と続けられるほど凝り性であり、彼らが作る品々は高い機能性と芸術性を兼ね備えているという。
「……よくわかったな。俺は髭が生えにくくて“ヒゲ無し”なんてあだ名が付いてるほどなんだが……」
表情を苦くして少年が告げた。
髭が無いドワーフは十代前半くらいの人間族にも見える。そのためスノウは彼が人間族だと思っていた。
そして、ドワーフの男にとって髭は自身の誇りと言っても良いものだ。
ドワーフの女性は髭が生えないことが多々あるため、“ヒゲ無し”などというのはあだ名というより蔑称に近い。
人間で言えば、“カマ野郎”とか“タマ無し”と揶揄されるのと同義だ。
それを少年はしっかりと告げたのだ。
剣群が、彼から距離を取る。
スノウが彼に対して敵対心を下げた証拠だ。
ドワーフの少年は、今度こそ深い安堵の息を吐いた。
「……ありがとよ。俺はガラム。ガラム・ガラハットだ。見ての通りドワーフの神官戦士で、光明神アルスゼオス様を信仰している。それから……」
ガラムは表情を引き締めて両手を地に着いて頭を下げた。
「すまなかった。偶然とはいえ覗きも同然の事をしてしまったのは間違いない。この通り、謝罪する」
真摯に頭を下げるガラムに、スノウは目を逸らした。
「……もう良いです。あたしも無警戒すぎたと思いますし……」
スノウがそう言うと、ガラムはバッと顔を上げた。
「ほ、本当に? 本当に許してくれるのか?」
「……うん、まあ……」
確認するガラムに、スノウは歯切れ悪く頷いた。
「そっかそっか。いやエルフが簡単に許してくれるとは思わなかったぜ」
「? ああ、そういう」
ガラムの言葉にスノウは首を傾げ掛けたが、すぐに得心したような顔になった。
ドワーフとエルフ。
このふたつの種族は、すこぶる仲が悪い。
明確な理由は定かではないが、冒険者パーティを組んでいても憎まれ口を叩き合い、口喧嘩程度なら日常茶飯事と言われるほどだ。
だからドワーフ族のガラムにとって、エルフ族のスノウがあっさり許してくれたのは、驚きの出来事であったのだ。
「いやあ、ねちねち嫌味を言われるかと思ったが、お前さん良い奴だな! エルフにしとくにゃあもったいないぜ」
だからか、ガラムは口を滑らせた。
「乳もでけーし、下の毛の美しさも芸術品みた……。あ。」
ドワーフの少年の下ネタに、涙目なスノウの顔がまたもや朱に染まり、さらなる剣群が姿を現した。
ガラムの顔から血の気が引き、カレンが処置無しとばかりに首を振った。
「やっぱり死ねぇっ!!」
スノウの叫びと少年の悲鳴が辺りに木霊した。
『なんだか楽しそうね? あの人達』
『ちゅう』
『そうねえ。でももう少し様子を見ましょうか? 見てて面白いしね』




