第23話
時間を少しだけ巻き戻そう。
繁みに分け入ったスノウは、“ヘスペリアの戦鎧”の腰回りに手を回し、スカートの中に突っ込んだ。
最初はホットパンツを履いていたのだが、用を足そうと下帯と共にこれを下ろした直後に襲撃され、慌てて引っ張り上げようとして転んでしまうという失態を演じてしまい、それ以来所持品の中にある普段着からスカートを選んで履いていた。
スノウの所持品は、コンテナバッグと呼ばれる魔法のアイテムに仕舞われており、某四次元ポッケのようにアイテムを取り出せる。
TRPGでは、重量制限が厳しいことが多く、持ち物が増える高レベルキャラにとってこの手の収納系魔法具は必須と言っても良いほど重要になる。
長い冒険を経たキャラクターは、希少な魔法具を持ちきれないほど入手することも少なくない。
不要だと判断できれば売却も出来るが、由紀恵はもったいない精神で溜め込んでしまう癖があった。
彼女のキャラクター、スノウが所持するコンテナバッグは、収納系魔法具では最高性能と言っても良い性能の魔法具だ。
バッグの口はアクセサリー扱いで装備可能でかさ張らないし、収納した装備や道具類の重量はすべて無視される。
出し入れは持ち主の意思に反応して行われるため、意図せずに入れてしまったり、取り出されたりもしないという優れものだ。
とまあ、そんな中に普段着をいくつも仕舞ってあるのは、やはり由紀恵も多感な少女ということである。
しかしながら、このゲームにおいては、下着にバリエーションは少ない。
ブラジャーに相当する胸覆いという下着に、ショーツに当たる下帯。
これに素材の差が有るくらいである。
どちらも布製で裏地やデリケートゾーンへの配慮などは現実世界の下着と比べるべくもない。
現実世界の下着に慣れた由紀恵にしてみれば、肌触りの良い絹のような最高級品ですら違和感のような不快さを感じるほどだ。
とはいえ、これらを着けなければ下は丸見えになりかねないし、上は鎧に擦れてしまう。
そんな変態ちっくな趣味を持たない由紀恵は、ある程度我慢しながらそれらを身に着けていた。
下帯を降ろしてしゃがみこむと、安堵の息を吐き、次いでため息を吐いた。
「……うぅ、野ションなんかに馴れたく無かったよ……」
避難行の初期には抵抗があったが、すっかり馴れてしまって複雑な心境のようだ。生理現象なのだから仕方ないとはいえ、現代っ子の由紀恵にしてみれば躊躇して当然だろう。
しかし、しないわけにもいかず、スノウの知識に沿って一度用を足してからは開き直るしか無かった。
「……おっきい方にも馴れちゃったし」
自らの下から聞こえる水音を聞き流しながらぼやくスノウ。
トイレが無いという状況に、精神的な打撃を受けつつも順応せざる終えない事に、男勝りとはいえ十代の乙女心には十分堪えた。
なんとは無しに上を見れば丸い月が彼女を照らしていた。
そんな月明かりの下で下半身丸出しにならなければならないことに情けなさを感じつつも、それがこの世界での冒険の一般的な事であると、スノウの知識で由紀恵は知っていた。
「……テーブルトークやってた時は、こんな苦労があるなんて思わなかったなあ。……ん」
ふたたび息を漏らして呟き、小さく震えた。
大にしろ小にしろ、その臭いは動物や魔物を引き寄せる。
それを防ぐ意味でも自身の排泄物は土に埋める事になる。
本来なら先にそのための穴を軽く掘って、事後に埋めるのだが、スノウには魔剣があった。
黄色い魔剣で少量の土を動かす程度なら、簡単に出来る。
由紀恵はスノウの冒険者経験の知識から、拭くにはその辺の葉を使ったり、ボロ切れを用意して拭いた後一緒に埋めるという知識も得ていたが、蒼い魔剣や翠の魔剣も駆使して清潔にしていた。
魔剣様々である。
また、入浴できないことも地味にストレスだったのだが、魔剣で作った綺麗な水で流して乾かす事で我慢していた。
長期間野外活動する冒険者達は、近くに水場が無ければろくに身体を拭うことも出来ないことも多々ある。
神官が同行していれば【浄化】という汚れたモノを綺麗にする魔法を使用するという応用も利かせられるのだが、いない以上ほかの工夫で乗りきるしかない。
こういった苦労もまた冒険者ならではだ。
そんな訳で、用を足し終えたスノウは後始末をしようと下帯に手を掛けながら腰を浮かせた。
その時。
「誰かいるのか?」
スノウの目の前に、繁みを掻き分けて一人の小柄な少年が顔を出した。硬質そうな黒い短髪に太い眉の少年だ。
「ひゃっ?!」
「うおっ?!」
突然のことにスノウが声を挙げ、少年も驚いて目を丸くした。その少年の顔があまりに近かったのでスノウは思わず距離を取ろうとしてしまった。
が、下帯が中途半端な高さまでしか上がっていない。
「あっ?! きゃんっ!?」
そのため足がもつれて尻餅を着くように後ろへ倒れてしまう。
丸出しの下半身が、月明かりに照らされた。
時が止まったかのように、ふたりとも凝固した。
「……」
「……」
息をするのも忘れ、長いような短いような時間がふたりの間を過ぎていく。
そして。
「……綺麗な金色だ」
「ッ?!」
少年の感嘆するような小さな呟きを、スノウの尖り耳がしっかり聞き付けた。彼女の頭が瞬時に沸騰し、白い肌が耳まで真っ赤に染まった。
「い……」
たちまち蒼い瞳が潤んでいく。
同時に、無数の剣が宙空に出現した。
「……え?」
突然の事態に少年の顔が引きつった。
次の瞬間。
『いやああああああぁぁぁぁぁぁああああっっっっ?!?!?!?!』
絹を裂くような乙女の悲鳴と共にスノウの手が振られ、彼女の忠実なる軍勢である無数の剣が、少年に向かって襲いかかっていった。




