第21話
「やったっ!」
「……やりましたか」
スノウが快采を挙げ、カレンがホッと息を吐いた。
そして、スノウがそのまま海へと落ちていった。
そう、彼女はまだ空中に居たのだ。
はでな音ともに水柱が立ち、スノウの姿が見えなくなる。
「ちょっ?!」
あまりにもあっさり落ちたことに驚くカレン。だが、スノウは何事もなかったかのように海面に浮いてきた。
「ぷはあっ! あー……疲れたぁ……」
そのまま脱力して波間を漂い始めるエルフの少女に、カレンはホッと息を吐いてから、やれやれと言わんばかりに腰に手をやり、彼女を見やった。
のんびりと漂いながら空を見上げるスノウの姿にカレンはようやく戦いが終わったことを実感した。
それから、スキュラクラーケンの巨体をスノウとカレンの二人がかりで処理する。
沖合いならともかく、海岸に近い位置だ。放置するわけにもいかない。しかし、小山程の大きさのある獣魔である。
解体するにしても一苦労だ。
なので、MP回復ポーションをがぶ飲みしたカレンの火炎魔法と、スノウの魔剣で焼き尽くした。
それでも作業自体はさらに三日はかかった。
その間に、生き残っていたギルマン達は海中へと逃げ去り、村人達の準備も整った。
彼らは村を放棄することに決めたそうだ。
ギルマンも全滅出来たわけではないし、村の被害も酷い。
なにより海上で燃えているスキュラクラーケンも問題だった。
大半はスノウとカレンが焼き尽くしはしたものの、これだけの獣魔が暴れたのだ。その影響は大きい。沖合いまで小魚一匹たりとも見えなくなってしまったのだ。
おそらく、スキュラクラーケンの脅威を感じて逃げ出したのだろう。
それが戻ってくるまでどれだけ時間がかかるか分からない。
沿岸漁業で生計を立てているこの村にとっては致命的だ。
また、カレンが治療した怪我人も本格的に治療してもらう必要もある。
そのため、一番近い町へと皆で避難することになったのだ。
「……そっか。村を捨てちゃうんだ」
「仕方ないことです。村へ魚を買い付けに来る行商人に売る魚が採れなければ、彼らは生活出来ませんしね。自給自足も難しいでしょうし」
やるせない表情で呟くスノウにカレンが答えた。
それに、生き残ったギルマンの脅威もある。
ロード種はスキュラクラーケンに食われて死んだようだが、相応の数のギルマンが生き残っているはずだ。
しばらくはおとなしいだろうが、将来どうなるかわからない。狩り尽くすにもスノウとカレンの二人だけでは手も足りないし、スノウにはやらなければならないこともある。
長々と留まってはいられないのだ。
由紀恵はスノウとの対話で、彼女が『あたし達』と言った事に気付いていた。
つまり、この世界に飛ばされてきたのは由紀恵だけではない。他のメンバーも由紀恵のように自身のキャラクターの身体を借りてこちらに来ているかもしれないのだ。
一刻も早く彼らと合流し、この世界に顕れたという邪神を倒さねばならない。
そうでなければ、元の世界に戻ることも出来ないだろう。
特に兄の拓也なら、アールシア戦記TRPGの世界にも詳しく、頭も良い。兄と合流できれば何かしら打開策が立てられるかもしれない。
「……みんな、無事だと良いけど」
「どうしました?」
スノウの呟きが聞こえたか、カレンがそう訊ねる。だが、スノウは苦笑しながら何でもないよと頭を振った。
そして、広がる海と空、山々とそれを覆う緑樹を眺めた。
スノウの顔が少し楽しげになった。
そう、皆の事は心配だし、邪神との戦いは怖い。
自分や兄達が消えて心配しているであろう両親達のいる元の世界にも帰りたい。
しかしだ。
スノウは……由紀恵はワクワクしていた。
想像の中だけであったアールシア世界。そこに、借り物の身体とはいえ実際に土を踏みしめて立っている。
その事実に、由紀恵はどうしようもなく高揚していた。
頭の中で想うだけだった冒険が、今始まろうとしているのだ。
「……うん。楽しみだ♪」
バカみたいなポジティブさを以て、由紀恵は歩き出した。
この先、どんな苦難が待ち受けているかもわからずに。
『あー、スキュラクラーケンはやられちまったみてーだなー。まさかたった二人で倒しちまうたあなあ。……伝説は伊達じゃあ無いってか?』
『……』
『わぁーてるって。俺っちの担当はこの東の海。まだまだ完全制圧にはほど遠いしな』
『……』
『……まあ、スキュラクラーケンが倒されたのは想定外だったけどよ。伝説の冒険者の実力が確認出来……』
『……』
『……すいません。調子こきました。戦力が足りないので貸してください』
『……』
『わかったわかったって。それに最大戦力のひとつ潰されてんだからちょっかい出す余裕なんてねーよ』
『……』
『だあーっ?! ねちねちしつけーぞっ!? お前の担当はどうなんだよっ?!』
『……』
『……ああそう。相変わらず優秀でいらっしゃる……』
『……』
『わぁーった。わぁーったって。ったく……。しゃーねーなあ。伝説と戦り合いたいところだったが、我慢するかあ。あのボインエルフ、揉みしだきたかったんだが……』
『……』
『カカカっ、妬くな妬くないくら自分が絶壁だからって……』
『……?』
『あ、やべ』
『……!!』
『お、落ち着けって。ほら珍しいじゃねーか、ボインエルフなんてよ』
『……!!』
『ちょっ?! まっ?!』
『……!!』
『それはしゃ、しゃれになんねーってっ!? ギャアアアァァァアアッ!?』
「? なんの音?」
「雷ですわね? こんな晴れの日に珍しい」
海の向こうから聞こえた音に、首をかしげたスノウにカレンが答えた。
だが、スノウは眉を寄せたままだ。
「……悲鳴みたいなのが混じってたような……? ま、いっか」
「どうしました?」
訝しげなスノウにカレンが訊ねた。が、スノウは笑ってごまかした。
「何でもない。さ、行こ?」
そう言ってスノウはカレンを促し、歩き始めた。




