第18話
スノウの号令に、剣軍が応えた。
すなわち、主が示した敵へとすべての剣が剣先を向けたのだ。
スキュラクラーケンが本能的に危険を感知したのかスノウと彼女の軍勢から距離を取った。
まるで、怯えたかのように。
そこへ向けて、何十何百もの剣群が襲いかかった。
それを、スキュラクラーケンが巨大な鋏を振り回して迎え撃つ。
何本もの剣が鋏によって砕かれるが、それに倍する数の刃がスキュラクラーケンの甲殻へとその切っ先で切り着け、突き刺していく。
無論、堅固な外殻は簡単には砕けない。
しかし、確実に甲殻に傷が刻まれていく。
この剣軍は、幻で作られた集団戦用の戦闘部隊として扱われている。
そして、戦将であるスノウは集団戦において配下となる部隊総てに、攻撃や防御などの戦闘ボーナスを与えることができる。
しかも。
「陣形選択、【破砕突破】!」
戦闘部隊を指揮運用する為のスキルすら使用できる。
【破砕突破】は、防衛堅固な城塞へと攻撃する際に使用するスキルで、対象部隊は攻撃目標の防御力を低下させられるようになる。
しかも一時的なものではなく、戦闘中はずっと継続し、低下させる効果は累積適用される。
つまり、攻撃を受ければ受けるほど、スキュラクラーケンの防御力は低下していくことになる。
さらに。
「【抜剣突撃】【鶴翼之陣】!」
刀剣を使用する部隊に移動しつつ攻撃する指示と、鶴翼の陣と呼ばれる半包囲挟撃の陣形を組ませる指示を出す。
すると左右に控えていた剣軍がスキュラクラーケンを半包囲するように飛翔し、そのまま左右から押し包んでいく。
たちまちのうちに、この獣魔の巨体を剣の群れが覆い尽くす。
一本一本はその巨大さに対して小さいかもしれないが、それが数百という数ともなれば話は変わる。
スキュラクラーケンの本体を守るアンモナイトのような殻が、瞬く間にひび割れていく。
「【ブラストイリュージョン】!」
そして続いたスノウの命に従い、剣の群れが光輝いたかと思うと、剣達は爆散した。
“ファンタズムブレイドアーミーズ”は、実体化している剣の軍勢とは言っても、所詮はその存在は幻であり、その正体はスノウ自身の編み上げた魔力の固まりにすぎない。
それを攻撃エネルギーに変換し、爆発させてダメージを与えるのが【ブラストイリュージョン】なスキルだ。
本来なら、クリエイトイメージによって作り出された幻影に騙されて、これに近づいた敵に対し、幻影を爆発させてダメージを与えるスキルだが、こういう応用を利かせることもできるのだ。
炸裂音が次々に響き、スキュラクラーケンの甲殻や鋏が爆炎に包まれていく。
それは、【破砕突破】の効果も受けて、ダメージを与えつつスキュラクラーケンの防御力を削ぎ落としていた。
だが、スノウの手勢たる剣軍も、その数を減らした。
スキュラクラーケンもそう思ったに違いないだろう。
しかし、それは浅はかな判断だ。
【リピートプロジェクション】により、スノウの周辺にふたたび幻の剣軍が出現していく。
極めた幻影使い《イリュージョニスト》ならではのスキル運用だ。
それを眼にしたスキュラクラーケンはおののくように身をよじり、本体を持ち上げてクチバシのような口を曝した。
そこからまたもや水流が撃ち放たれた。
ウォーターブレスだ。
巨大な城壁すら楽々撃ち抜くだろう水圧の掛かった水流が、スノウを襲う。
しかし、彼女は冷静にスキルを宣言した。
「【鉄剣城塞】【方陣防御】!」
ザッと剣軍が密集し、その水流を阻む。
複数の剣を以て攻撃を防御する【鉄剣城塞】に、部隊に防御陣形をとらせる【方陣防御】の陣形指示スキル。
このふたつのスキルにより、水流は剣軍に受け止められてしまう。
それでも完全には防ぎきれず、小さな水弾がスノウを襲う。
が、これは翠の魔剣から吹き出した突風が阻んだ。
スキルと武器による多重防御により、スノウは傷ひとつ着かなかった。
恐ろしいほどの防御力である。
そして、スキュラクラーケンがスノウに気を取られている間に、今一人は準備を終えていたのだ。
「……わたくしを無視するなど、良い度胸です! 【インフェルノストーム】!」
カレンの言葉と共に二丁の銃杖から炎の嵐が吹き荒れ、スキュラクラーケンへと襲いかかった。
MPが回復しきっていないため、単発の攻撃魔法を使ったのだ。
とは言っても、魔法攻撃を強化する事前準備系の魔法補助スキルをいくつも使用しており、その威力は通常の数倍にも及ぶ威力となる。
これらの補助スキルは、手間も時間もかかり、一回の魔法使用にしか効果がないため、戦闘中に使用するには、大きな隙を伴う。
しかし、スキュラクラーケンはスノウの剣軍の脅威に気をとられてしまい、カレンを完全にフリーにしてしまったのだ。
レベル的にスノウより低いとはいってもカレンもまた十分高レベルキャラであり、魔法攻撃の専門職だ。
フリーにした際のリスクは大きい。
スキュラクラーケンは、そのリスクに対する対価を支払うはめになった。
強化された【インフェルノストーム】の炎が、スキュラクラーケンを飲み込んだ。
小山をひとつ飲み込むほどの巨大な火炎の嵐を見たことの有る人間はそうはいないだろう。
その大スペクタルを見て、スノウは……由紀恵は驚きを隠せない。
「……実物の迫力って……凄い……」
つぶやくスノウの目の前で炎に焼かれたスキュラクラーケンが身悶える。
やがて、散らされるようにして火炎の嵐が消え去ると、砕けて甲殻をボロボロにしたスキュラクラーケンが姿を現した。
「よし、【抜剣突撃】【紡錘之陣】! 突撃ぃっ!」
陣形を整え指示を出したスノウが声をあげて突撃する。
サーフボードで海上を滑るように疾走する彼女に従い、剣軍も飛翔し、突撃した。




