第17話
「……な、なんですか? あれは……」
ポーションと【瞬間瞑想】、【調息】を使用してMPを回復していたカレンは、スノウの造り上げた幻影の軍勢を見てあぜんとした。
魔法の専門職として、魔法には詳しい彼女だが、これほどに大規模の幻影は見たことがなかった。
元来、イリュージョニストのサブクラスによって習得できるスキルは、扱いが難しいことで有名だ。
センスが要求される幻を造り出す【クリエイトイメージ】を筆頭に、回避判定を代行する【ミラーイメージ】。一ラウンドのみと短時間だけ回避にボーナスを得る【ブリンク】。姿を隠せるが移動等でそれが解除されてしまう【インビジブル】。味方を隠せるが他の味方からも視認できなくなる【カモフラージュ】などなど……。
高いレベルにならなければ効果が低かったり、地味だったり、デメリットが多かったり、簡単に無効化したりするようなものばかりだ。
なのに、今カレンの目の前で展開された幻の剣軍の見事さはどうだ。
剣身の輝きや、紋様。柄や鍔に施された、地味ながらも見事な細工。
そして圧倒的な存在感。
魔法職でもここまで精緻にしてリアリティの在る幻影を作れる者はそう多くはないと、断言できる。
しかもこの幻は、【マテリアライズイリュージョン】のスキルによって“実体化”しているのだ。
夢幻にして無限なる軍勢。
そんなものを造り上げたスノウに対し、カレンは戦慄を覚えた。
と、同時に伝説級の英雄の力に、深い畏敬の念を感じていた。
エルダーヴァンパイアドラゴンロード“ブレウザッハ”。
その討伐に際し、集められた英雄豪傑達の大半は、囮となることを求められた。
当然不満も多かった。
多くは世界に名だたるほどの英傑達だ。皆、自身の強さと技術に自信がある者達ばかりである。末席とはいえカレンも己の魔法の才覚と技術に自信があった。
それが名も知られぬ一介の冒険者パーティーが討伐のメインで、それ以外は脇役だと断じられれば思いの大小はあれ複雑な心境になるのは仕方ないと言えよう。
しかし。
カレンは今、語られなかったブレウザッハ討伐の伝説的な冒険者の力を目の当たりにした。
いかに魔法に高い適正を持つエルフ族とはいえ、スノウは戦士職だ。それが、魔法の専門職のトップクラスに並ぶ程の大魔法を操る姿は、衝撃的であっただろう。
カレンはどこか府に落ちたような納得した顔になっていた。
「……なるほど、伝説の肩書きに偽りはなかった訳ですわね」
ぽつりと漏らしたカレンは、表情を引き締め、ふたたびMPの回復に移った。
スノウが伝説級の冒険者だからとて、任せっきりにするつもりなどカレンには無い。
彼女も末席とはいえ百英傑に名前を連ねる英雄なのだ。
「わたくしも負けてはいられませんね」
強い意思を込めた言の葉を紡ぎ、カレンはみずからを奮い立たせた。
そんなカレンの思いなど露知らず、スノウ……いや由紀恵は自らが産み出した幻の剣軍の姿に、密かに感動していた。
「……すごい。あたしがイメージしていた通りだ……」
自然に零れた言葉が、由紀恵の思いを表していた。
“夢幻なる剣の軍勢”は、スノウのキャラクターを作った当初には無かったイメージだった。
だが、兄の影響で見ていたアニメの演出に惚れ込み、近いものを再現できないかと四苦八苦しながらスノウを育てた。
そして、いつしか再現を目指していたそれは、由紀恵のイメージの中で再構築され、彼女の心に思い描かれたそれは、剣の軍勢を従えた二刀流の女エルフ剣士の姿へと結実していき、これを作り上げるためにスノウを魔法戦士系に育てていったのだ。
魔法戦士は、魔法職と戦士職をメインクラスとサブクラスに据えて成長させていくものだ。
ルール的に魔法戦士というクラスは存在せず、クラスの組み合わせでつくるしかない。
当然、メインとサブを魔法系のみで固めた魔法職には魔法で敵うことはなく、同様に戦士系だけで固めたキャラクターには武器戦闘能力で劣る。
しかも、スキル枠を集中できないためメインとしたクラスも特化タイプには遥かに劣る成長しかできない。
また、能力値の成長も戦士系と魔法系の双方に振らなければならないため、集中成長させたキャラに比べれば一歩どころか二歩も三歩も劣る中途半端な成長となる。
成長の割り振りもシビアなものが求められるし、パーティ内でも一段から二段は弱いキャラとなり、周りからの理解がなければやっていけないキャラクターだ。
しかし、由紀恵は熱意を持ってスノウを使い続け、成長させ、イメージ通りに育て上げた。
長年の付き合いがあるメンバーが多かったことも有り、スノウというキャラクターは文字通り大器晩成型のキャラとして大成したのだ。
そして今、由紀恵は自分の分身であり、娘のように育ててきたキャラクターになっていた。
四年も掛けて育て上げたキャラクターのその勇姿。
イメージ通りに見渡す限りの剣の従者を従えたエルフの女剣士の姿だ。それが、現実を伴って目の前に現出しているのだ。
感慨深いものがあるのも当然だろう。
「……うん、スノウを作って……育ててきて……良かった」
込み上げる思いは四年分。それが長いか短いかはわからない。
ただ、スノウと共に歩んできた四年の結晶が今のこの光景だ。
それを考えれば、ゲームとはいえ、想像の産物とはいえ、その思い入れの深さは相当なものだろう。
そして、この剣軍が戦いとは無縁だった女子高生の心に勇気を与えたのも事実だ。
「……よし。いくよ!」
決然と言葉を紡ぎ、スノウは、由紀恵は強い意思を固めた。
そして、翠の魔剣を高々と振り上げ、スキュラクラーケンを剣先で指し示した。
「……全軍、前へ!」




