第16話
「凄っ」
スノウはその圧倒的な迫力に思わず声を漏らしていた。
【ハイドラバースト】は、カレンのメインクラスである魔導師の火属性攻撃魔法最強の攻撃魔法だ。
その火力の高さはアールシア戦記譚TRPGのルールブックに記載されているデータから知っていたが、リアルにそれを目にした迫力とインパクトは、実物のスキュラクラーケンを目にしたときと遜色無いほどだ。
炎で出来た龍の群れが、スキュラクラーケンへと襲いかかる。
さながら怪獣大戦争の様相を呈しながら、炎が巨大獣魔を包み込んだ。
だが、それすら砕いて散らすように振りほどき、スキュラクラーケンがその巨体を炎の中から現した。
残っていた二本の蛇頭は、大きく傷つき、力無くうなだれている。
そこへ、スノウが切り込んでいく。
小山のようなその巨体へ向けてサーフボードを滑らせる。それに気付いてか、蛇頭の一本が彼女を迎え撃った。
「キシャァア!」
蛇特有の長い二本の牙を見せつけるように大口を開き、スノウに迫る。
スノウはそれを空中で避けて見せた。
右手の翠の魔剣から吹き出した風に乗り木の葉が手を避けるようにしてエルフの少女は身を躱したのだ。
そして左手の紅い魔剣を巨大な蛇頭の横顔に突き込んだ。
剣先は、大きな蛇眼を貫いていた。
さらに焔が刀身から溢れて眼が破裂する。
「ギシャアアアッ?!」
悲鳴をあげる蛇頭へ、間髪を入れずに左腕の周囲に展開している幻剣を続けて撃ち込んだ。
ひどく損傷した眼窩へさらに剣群が突き刺さり、次々に炸裂する。
声すら上げられず、蛇頭が力無く崩れ落ち、海面を叩いた。
盛大に水しぶきをあげて、沈みゆく。
すでにカレンの攻撃魔法で大ダメージを負っていた為か、ひどくあっさり蛇頭は倒れた。
同時に、カレンが残り少ない魔力を練り上げて叩き込んだ中位の攻撃魔法スキルを受けて、もう一本も海中へ没した。
「よしっ!」
快采を上げながら着水したスノウは、左手の幻剣を解除した。
本体を攻撃するとなれば、連射性より、一撃の威力を重視しなければスキュラクラーケンの固い殻は破れそうに無い。さきほど鋏を攻撃した感触からスノウはそう判断したようだ。
一方で、カレンは魔力が枯渇していた。
通常グレードのMP回復ポーションを飲み干してMPを回復させるが、先ほどのポーションとは効果に差が有りすぎ、最大値の十パーセントも回復しない。
MMOなどのリアルタイムに進むRPGでは、戦闘中であってもMPが自然回復するゲームがあるが、TRPGでは戦闘中にMPが自然回復するようなことはほぼ無い。
人間がデータ管理する以上、負担は少しでも軽い方が良いのだ。
従って、戦闘中にMPを回復するならば、MP譲渡の魔法を使うか、ポーションなどのアイテムを使用して回復する。あるいはMP回復専用のスキルを使用するかしかない。
MP譲渡は神官系の魔法なため、この場では使えない。
ポーションは低グレードのものしか無いため、手間が掛かりすぎる。
そして、カレンは切り札というべきMPを回復するスキルを使用することにした。
【瞬間瞑想】と【調息】というスキルだ。どちらもメイジ系の重要スキルである。
前者は、一シナリオ中一回しか使えず、回復量も多くはないが、使用を決定した瞬間に使えるため利便性が高いスキルだ。
後者は自身の行動を使用して使えるスキルで、回復量はそこそこで、一シナリオ中にスキルのレベル回だけ使えるスキルだ。
この、一シナリオ制限というスキルの縛りは、本来TRPGの一エピソードが一シナリオであることから、強力なものが多い。
現実となった今では、シナリオという区分は無くなったが、大体十日ほどインターバルを置かなければ再使用できないスキルということになっている。
緊急時に使用する類いのスキルでもあるが、使用を惜しんで命を落としてしまっては元も子もない。
使う際には思いきり良く使うべきだろう。
そして、スノウもまた、切り札というべきシナリオ制限スキルを使用するべく準備を開始していた。
「“我が眼前に在るは虚ろなる現実にして幻実”」
スノウの言霊に応じて、彼女の足元に魔法陣が展開し、ゆっくりと回転しはじめた。
「“我が意を込めたりて、我が紡ぐは無数の剣群にして剣軍”」
両手にある紅と翠の魔剣。そしてサーフボードと化している蒼い魔剣から魔力が溢れ、スノウの魔法を補助する。
良く見れば、黄色の魔剣も彼女の左腰に出現し、同じくサポートをしていた。
「“虚と実と幻を織り、我はここに我が軍勢を想像せん”」
スノウを中心に渦巻く魔力が、そこに幻《現》実を造り上げる。
それは、“剣”。
【クリエイトイメージ】で作り上げた幻剣と同じ剣が、次々に姿を顕し始めた。
本来なら、【クリエイトイメージ】の上限である七本までしか作り出せない幻剣が、しかし今はその制限を越えて出現していく。
一シナリオ中一回しか使用できない魔法スキル【ファンタズマワールド】の効果だ。
これは、幻剣のように小規模な幻影ではなく、大規模の幻影を作り出すスキルだ。その上で、【幻影たる軍勢】という、幻影の軍勢を造り出すスキルを使用している。無論、これも一シナリオに一回しか使えない切り札系スキルだ。
このふたつが組み合わさったことで、スノウは幻でありながらも強大な軍勢でもある幻影の軍団を創造したのだ。
彼女の背後に、横に、前に整然と並ぶ剣の群れ、群れ、群れ。
それは、スノウにだけ従う剣の軍団。彼女だけの、エルフの戦将スノウが率いる、幻実の軍団だ。
これこそが、由紀恵が三年かけて想像し、構築し、育て上げたスノウの切り札中の切り札。
「“夢幻なる剣の軍勢”」
スノウのくちびるが、その銘を紡いだ。




